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カクテル・ヒストリア第14回『昔、CocktailはMixed Drinkの一部だった』

初めて活字になった「Cocktail」

今回は、知っていても知っていなくても、そんなにお得感のないトリビアですが、何卒ご容赦を。

「スピリッツにリキュールやジュース、シロップなどを混ぜたドリンク」は、現代では「カクテル(Cocktail)」と呼ばれる。このCocktailという言葉が初めて活字になったのは、Wikipedia英語版によれば、1806年5月13日付の週刊誌「バランス・アンド・コロンビアン・レポジトリー(The Balance and Columbian Repository)」の記事だったと言われている。

The Balance and Columbian Repository

記事中、「What is “Cocktail” ?」という質問に対して、編集長はこう答えている。「Cocktail is a stimulating liquor, composed of spirits of any kind, sugar, water, and bitters.(カクテルとは、お好きなスピリッツと砂糖、水、ビターズを混ぜた刺激的なお酒です)」。ただし、その後現代に至る様々なカクテルブックをみれば、この定義は厳密には守られてこなかったこともわかる。

細かく分類された「Mixed Drink」

冒頭に示したような「カクテルの定義」が定着したのは、意外かもしれないが、1950年代以降である。1940年代までは、カクテル=Cocktailはいわゆる「Mixed Drink」というお酒全体の1ジャンルでしかなかった。

例えば、1862年に世界で初めて出版されたJerry Thomas著の体系的なカクテルブック「Bartender’s Guide and How To Mix Drinks」では、約230余のドリンクが収録されているが、同書の中で「Cocktail」という項目に登場するのはわずか10数種類で、他のドリンクは、Punch, Egg Nogg, Julep, Smash, Cobbler, Crusta, Sangaree, Toddy, Sling, Fix, Sour, Flip, Negus, Shrub, Fancy Drinksという項目に分類されている。すなわち、CocktailはJulepなどと同格のMixed Drinkの一つとして扱われていたのである。

このような「分類・区分け」は、この約70年後に出版されたHarry Craddockの名著「The Savoy Cocktail Book」(1930年刊)でも基本的に同じで、Cocktailという独立した項のほか、SourやCooler, Collins, Fizz, RickyからCupまで約20種類のジャンルに分類している(ただし、この本が編まれた20年代になると、バーテンダーのオリジナルも次々と登場してきたため、Cocktailの項目は全体の約7割に増加している)。

Cocktail Books

ThomasやCraddockの時代は……

ここで分かることは、現代における「カクテルの定義」と、19世紀~20世紀初頭のバーテンダーが考えていた概念とは、明らかな「違い」があったということだ。

具体的に言えば、ThomasやCraddockの時代は、スピリッツやワイン、リキュール類、それにジュース類、シロップ、ビターズだけを使って、シェイクかステアでつくり、基本ショート・スタイルとして提供する場合をCocktailと呼んでいた。他の副材料(具体的にはソーダやジンジャー・エール、生フルーツ類など)を加えたり(または作り方を変えたりし)、ロング・スタイルで提供する場合は、それぞれ独自の名前で呼んでいた。

Brandy Crusta

例えば、Coolerとは「スピリッツ+柑橘系ジュース+砂糖(シロップなど)+ジンジャー・エール」でつくる場合、Sourとは「スピリッツ+レモン・ジュース+砂糖」だけでつくる場合、Smashとは「スピリッツ+シロップ+クラッシュド・アイス+生ミント(お好みで)」を小ぶりのグラスで提供する場合(大ぶりのグラスだとJulepという名に変わる)とか、細かい区別があったが、例えばFizzとCollinsとSlingなど実質的な違いがほとんどないものもあった。

時代とともに変質していったCocktailの概念

そして現代では、Mixed Drinkという言葉は、ほぼ死語になり、ジャンルを問わずCocktailと呼んでいる。いつ頃からCocktailに集約されるようになり、そのきっかけは何だったのだろうか?

今回、手元にある19世紀後半から1960年代までの欧米のカクテルブックを丹念に読み込んでいくと、以下のようないくつかの事実に気づく。

(1)Mixed Drinkは、昔はシェイクやステア、ビルド中心だった。その後、ブレンダーの普及やリキュールなど副材料の多種多様化などもあって、旧来のジャンル分けやグラスの違いでは説明できないような多彩なものが次々と誕生してきた

(2)様々なMixed DrinkがCocktailとして集約されるのは、戦後、ウオッカやテキーラなど新しいスピリッツがカクテルベースとして普及したのも一つのきっかけ。60年代以降は、多彩な創作カクテルが登場する一方で、レシピの世界標準化も進み、細かい分類が実態に合わなくなってきた

(3)時代が進み、新たな創作カクテルが「スタンダード」として定着していくにつれて、古典的な名前のMixed Drinkは人気を失い、バーの現場であまり作られないようになってきた

以上の事実を踏まえ、個人的な見解も交えて記せば・・・・・・

カクテルベースが多様化し、地球規模で様々なオリジナル・カクテルが毎年数多くつくられるようになり、相対的に、昔のような些細な違いに基づく区別はあまり意味をなさなくなった。結果として、Cocktail以外のMixed drinkはCocktailという言葉に集約され、古典的なスタイルのMixed Drinkは、次第にその名前自体が忘れられてしまうことになったのではないか。

70年代以降に出版されたカクテルブックでは、ご存知のように、Cocktailという大項目があるだけで、ほとんどはアルファベット順か、ベース別かで収録・紹介され、SourもFizzもRickyもJulepもすべて、Cocktailの一つとして掲載されている。 時代の流れや飲み手の嗜好に応じて今後も、自然に、かつ当然のこととして、Cocktailの定義や分類法も変わっていくだろう。21世紀は果たして、Cocktailはどう「進化」していくのか興味は尽きない。

この記事を書いた人

荒川 英二
荒川 英二https://plaza.rakuten.co.jp/pianobarez/
1954年生まれ。大阪・北新地のバーUK・オーナーバーテンダー、バー・エッセイスト。新聞社在職中から全国のバーを巡りながら、2004年以来、バー文化について自身のブログで発信。クラシック・カクテルの研究もライフワークとしてきた。2014年 の定年退職と同時に、長年の夢であった自らのバーをオープン。切り絵作家の故・成田一徹氏没後に出版されたバー切り絵作品集『NARITA ITTETSU to the BAR』では編者をつとめた。
荒川 英二
荒川 英二https://plaza.rakuten.co.jp/pianobarez/
1954年生まれ。大阪・北新地のバーUK・オーナーバーテンダー、バー・エッセイスト。新聞社在職中から全国のバーを巡りながら、2004年以来、バー文化について自身のブログで発信。クラシック・カクテルの研究もライフワークとしてきた。2014年 の定年退職と同時に、長年の夢であった自らのバーをオープン。切り絵作家の故・成田一徹氏没後に出版されたバー切り絵作品集『NARITA ITTETSU to the BAR』では編者をつとめた。