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カクテル・ヒストリア第31回『3つの世紀をまたぎ 愛されるジャック・ローズ』

ジャック・ローズと言えば、現代のバーでも不動の人気を誇るクラシック・カクテルの一つ。カルバドス(アップル・ブランデー)、ライム・ジュース、グレナディン・シロップという極めてシンプルな組み合わせだが、酸味と甘味のバランス、美しい色合いなどどこをとっても、ほぼ完成されたドリンクである。

100年以上も愛され続けるカクテル「ジャック・ローズ(Jack-Rose)」

諸説入り乱れる誕生の逸話

ジャック・ローズが誕生したのは19世紀末~20世紀初頭と言われ、1900年代後半の米国のカクテルブックにすでに登場していることから、この頃には欧米・大都市のバーでは、かなり認知されていたことは間違いない。しかし、誕生や経緯・由来については、これまで以下のような諸説が入り乱れてきた。

(1)18世紀半ばからニュージャージー州で造られていたアップル・ブランデー「レアード・アップルジャック(Laird Apple Jack)」を使ったドリンクが発展し、その後19世紀末頃、そのバラ色の色合いから「ジャック・ローズ」と呼ばれるようになった。(なお、「Jack」は人名ではなく、「アルコール度数を増す」という意味のスラング(動詞)に由来する)(出典:Mainespirits.com<2019年>ほか)。

ジャック・ローズ誕生のきっかけとなったと言われるアップル・ブランデーの銘柄「Apple-Jack」

(2)1899年4月28日付の「New York Press」という新聞記事では、「ニューヨークのエバーリンズ・バー(Eberlin’s Bar)で働いていたフランク・ハース(Frank Haas)というバーテンダーが、オーナーのために(「アップルジャック」を使った)このカクテルを考案し、店で提供して人気を集めている」という話題が紹介されている(出典:「Americanprohibitionmuseum」「Oxford Companion to Spirits and Cocktails」など複数のカクテル専門サイト)。
※ちなみに、このハースが提供していた「ジャック・ローズ」は、グレナディン・シロップではなくラズベリー・シロップを、ライム・ジュースの代わりにレモン・ジュースを使うレシピ(残念ながら、「ジャック・ローズ」の名の由来については触れていない)。

近年、考案者として最も有力視されているフランク・ハースの似顔絵

 (3)1905年4月22日付の「National Police Gazette」という新聞記事では、「ニュージャージーのバーテンダー、フランク・メイ(Frank J. May)が考案した。カクテル名は、彼自身のニックネームだった」と紹介するが、なぜメイがジャック・ローズと呼ばれていたのか、その根拠については触れていない(Wikipedia英語版ほか)。

(4)1900年代の後半に、ニューヨークで誕生した(考案者は不詳)。カクテル名は、当時の著名な暗黒街のボス、ジェイコブ・ローゼンワイヒ(Jacob Rosenzweig 1876~1947)のニックネーム「ボールド・ジャック・ローズ(Bald<ハゲの> Jack Rose)」にちなんで、名付けられた(同上)。
※この「ローゼンワイヒ説」は以前、多くの人から支持されていた。しかし、彼が暗黒街に登場する以前から「ジャック・ローズ」は普及していたことから、現在、その信憑性は否定されている。

(5)ウォルドルフアストリア・ホテルの著名なバーテンダー、アルバート・クロケットは、1931年に出版された著書で、「このカクテルの名前は、ジャック・ミノ(Jacque Minot)という名のバラの花の色がローズピンクだったことに由来する(考案者や誕生の時期には触れず)」と書いている(出典:アルバート・クロケットの回想録「Waldorf Bar Days」から, 1931年刊)。

(6)ニュージャージー州のレストラン経営者、ジョセフ・ローズ(Joseph Rose)が1910~20年代に考案し、自らの名前から名付けた(出典:Wikipedia英語版ほか)。

(7)ワシントンDCの「ハーヴェイズ(Harvey’s Famous Restaurant)」=営業期間1858~1991年=は、ジャック・ローズは自らの店のオリジナルだと主張している(同上)。

近年の研究や発見で「ハース説」が有力に

以上のように、ジャック・ローズの起源を巡ってはこれまで定説はなかった。しかし、この5年ほどの間に、「2」に挙げた「フランク・ハース説」が、その根拠を裏付ける一次資料が明らかになったこともあり、専門家・研究者の間では主流になりつつある。

ちなみに、 「ジャック・ローズ」が欧米のカクテルブックで初めて活字になったのは、現時点で確認できた限りでは、1908年に米国で出版されたジャック・グロフスコ(Jack Grohusko)の「Jack’s Manual」と、ウィリアム・T・ブースビー(William T. Boothby)の「World Drinks and How To Mix Them」の2冊。

前者は「アップルジャックをベースに、ライム・ジュース、ラズベリー・シロップ、レモン・ジュース、オレンジ・ジュースを使う」レシピ、後者は「アップルジャック(またはブランデー)をベースに、グレナディン・シロップ、レモン・ジュースでつくる」シンプルなレシピとなっている。

ジャック・ローズが初めて活字となったJack-Grohuskoの「Jacks-Manual」(1908年刊)とWilliam-Boothbyの「World-Drinks」(同)

「クラシック・カクテル再評価」の流れで再び

これまで書いてきたように、ジャック・ローズは100年以上の歴史を持つカクテルだが、米国内では2度の不幸に見舞われた。一つは、1912年に前述の暗黒街のボス、ローゼンライヒが世間を騒がせた抗争事件。4人のギャングが射殺されたという暗いイメージもあって、一時はカクテル名を「ロイヤル・スマイル」に変えられたことも。

もう一つの不幸は、米国の禁酒法(1920年~33年)だ。アップル・ブランデーを造る蒸留所はほとんどが解体、縮小を余儀なくさせられ、この影響は禁酒法廃止後も1970年代くらいまで残り、バーでジャック・ローズを頼む人は大幅に減少したという。

ジャック・ローズが再び注目されるようになるのは1990年代以降に起こった「クラフト・カクテル」ブームだった。2000年以降には、「クラシック・カクテル」を再評価しようというトレンドを受けて、「アップルジャック」の製造元「レアード」社も息を吹き返し、ジャック・ローズは再び脚光を浴びるようになった。

ちなみに、「ジャック・ローズ」は、日本には1920年代にいち早く伝わり、1924年に前田米吉が著した日本初の実用的カクテルブック『コクテール』にも登場。日本でも今なお、バーの人気カクテルの一つとなっている。

この記事を書いた人

荒川 英二
荒川 英二https://plaza.rakuten.co.jp/pianobarez/
1954年生まれ。大阪・北新地のバーUK・オーナーバーテンダー、バー・エッセイスト。新聞社在職中から全国のバーを巡りながら、2004年以来、バー文化について自身のブログで発信。クラシック・カクテルの研究もライフワークとしてきた。2014年 の定年退職と同時に、長年の夢であった自らのバーをオープン。切り絵作家の故・成田一徹氏没後に出版されたバー切り絵作品集『NARITA ITTETSU to the BAR』では編者をつとめた。
荒川 英二
荒川 英二https://plaza.rakuten.co.jp/pianobarez/
1954年生まれ。大阪・北新地のバーUK・オーナーバーテンダー、バー・エッセイスト。新聞社在職中から全国のバーを巡りながら、2004年以来、バー文化について自身のブログで発信。クラシック・カクテルの研究もライフワークとしてきた。2014年 の定年退職と同時に、長年の夢であった自らのバーをオープン。切り絵作家の故・成田一徹氏没後に出版されたバー切り絵作品集『NARITA ITTETSU to the BAR』では編者をつとめた。