ここ数年でジンを取り巻く環境は大きく変わりました。
従来、ジンは大手メーカー製のものがほとんどで、主としてカクテルのベーススピリッツとして楽しまれていました。
クラフト蒸留所ブーム とジン
最近のクラフト蒸留所ブームによって新しい蒸留所が世界各地で創業し、その多くがジンをリリースするようになりました。これらはローカルなボタニカルを使用することで、その土地の特徴を表現した個性豊かなジンです。もちろんカクテルベースとしても楽しまれていますが、ウイスキーのようにロックやソーダ割りなどそのものを味わっても楽しめるものが多くリリースされています。
その品質の高さから、それまで比較的安価だったジンがスタンダードクラスのモルトウイスキーと同価格帯でも受け入れられ始め、各メーカーもコストをかけてでもより個性的で高品質のジンを造るようになりました。この流れにより、今日のクラフトジンのムーヴメントの定着につながっていくこととなります。
一方で、そのコストパフォーマンスや使い勝手の良さから、従来のスタンダードなジンの良さも再認識されるようになりました。
ここでは、クラフトジンも踏まえながら、ジンの特徴などについてみてまいりましょう。
ジンって、どんなお酒?
11世紀頃、イタリアではすでにジュニパーベリーの香味を主体とした蒸留酒が造られていたとされています。現在のジンの起源とされるのは、17世紀半ばにオランダで造られた解熱・利尿作用のある薬用酒です。その後イギリスに伝わり、一般に普及してジンと呼ばれるようになりました。
1. ジンの規定
EUでは、ジンの規定について以下のように定められています。
- ジュニパーベリーの香りを主とする
- 農作物由来のアルコールをベーススピリッツとする
- 瓶詰アルコール度数は37.5%以上
さらに、3つのカテゴリー 「ジン Gin」 「ディスティルドジン Distilled gin 」 「ロンドンジンLondon gin 」に分けられています。下のカテゴリーに行くほど、徐々にその条件が厳しくなっています。
「ジン Gin」
- 蒸留による抽出が必要なく、浸漬のみでもかまわない
- 天然香料もしくは人工香料なども使用可
- コンパウンドジン Compound gin ともいわれる
「ディスティルドジン Distilled gin」
- アルコール度数96%以上の農作物由来エタノールを使用し、ジュニパーベリーやその他のボタニカルを伝統的なジン用蒸留器にて再蒸留したもの
- 天然香料もしくは人工香料にて香味を付加したスピリッツを別途添加してもよい
「ロンドンジン London gin 」
- 農作物由来の高品質エタノールを使用し、伝統的な蒸留器にて天然のボタニカルのみを使用して再蒸留する
- 留液のアルコール度数は70%以上
- ボトリングの際、少量の糖分の添加は可能だが、着色料は添加不可
- 「ロンドン」と謳っているが、産地の規定ではない
従来のスタンダードなジンは、ほとんどが「ロンドンジン」規格です。
クラフトジンでは、ローカルなボタニカルが多く使われています。これらは収穫時期が限られていたり、フレッシュな状態で仕込むことがあるため、他のボタニカルとは別に仕込むケースがあります。そのため「ロンドンジン」ではなく「ディスティルドジン」規格に当てはまることが多くなります。
これはあくまでEUの規定(2008年発布)ですので、アメリカや日本ではこれに当てはまらなくてもジンと名乗ることができます。またEU内でもクラフトジンの多様化によって様々なボタニカルが使われ、ジュニパーベリーの香りが主となっていないものも見られます。さらに規定の緩い「ジン」でも高品質なものがリリースされてきており、この規定自身の見直しも検討されています。
2. ジンを特徴づける要素
ジンは、香りの元となるボタニカルとベーススピリッツによって特徴づけられます。
①ボタニカル botanical
ボタニカルとは、元々「植物の」という意味です。ジンでは、植物由来のハーブやスパイスなど、香味づけするものを指します。植物の葉・根・樹皮・種子・花・実など、フレッシュなものから乾燥したものなど様々に使います。また、クラフトジンではその土地のボタニカルを使用することで個性的な香味を付加させ、ローカルな独自性を表現しています。
ジンの定義にも挙げましたが、すべてのジンにジュニパーベリーは使用されており、その他に5、6から20種類程度のボタニカルを組み合わせています。
以下に代表的なボタニカルを挙げます。
*ジュニパーベリー
フレッシュでウッディな甘さのある松葉様のハーバルな香り
*レモン・ピール
軽やかでフレッシュ、かつ甘さのあるシトラスの香り
*オレンジ・ピール
甘さとフレッシュ感があるフルーティーなシトラスの香り
*アンジェリカ・ルート
スパイシーなムスク様のハーバル・ウッディな香り
*コリアンダー・シード
甘くてウッディ、スパイシーなキャンディ様のアロマチックな香り
*カルダモン・シード
カンファー様の清涼感の後、多少メディカル・バルサミック・ウッディ感のあるスパイスの香り
*オリス(イリス)・ルート
繊細で甘いフローラル感のあるウッディな香り
*ジンジャー
温かみはあるがフレッシュでウッディなスパイスの香り
*リコリス・ルート(甘草)
さわやかな清涼感のある甘くアロマチックな香り
*シナモン
甘くてしっかりとした温かみのあるスパイスの香り
②ベーススピリッツ
ベーススピリッツとは、ジンの元となるアルコール分のことで、ボタニカルの香味成分を抽出する溶媒のことです。
大手メーカーのジンでは、小麦やトウモロコシなどを原料としたアルコール度数96%程度のニュートラルスピリッツが用いられます。このアルコール度数では原料による違いはあまりありません。
クラフトジンの中には、その土地産の穀物や果実を原料としてベーススピリッツを造っているところもあります。例えばフランス産のジンでは、ブドウやリンゴを原料としたベーススピリッツを用いているものもあります。日本では、米焼酎を再蒸留したライススピリッツや、焼酎や泡盛を使用しているものもあります。
ジンはどのように造られるの?
ジンは、ベーススピリッツにボタニカルの香味を付加させることで造られます。
「ジン」については、蒸留を行わずにベーススピリッツにボタニカルを浸漬するだけで香味を付加させても構いません。そのため無色透明ではなく、多少色が付いたものもリリースされています。
「ディスティルドジン」「ロンドンジン」では、ボタニカルの抽出に関して、大きく2通りの方法が用いられています。それぞれの相違点や得られる留液の特徴は以下の通りです。
1. ジンの再蒸留方法
①浸漬法
蒸留器本体に、ボタニカルとアルコール度数60%程度に調整したベーススピリッツを投入し、1~数日程度浸漬、その後蒸留することで香味のついた留液を得る
↓
香ばしく力強いフレーバーのジンが得られる
ボタニカルがポットに焦げつきやすく、手入れに手間がかかる
ビーフィーター ジンなどが代表例として挙げられます。
②蒸気抽出法(ヴェイパーインフュージョン法)
蒸留器のヘッド部に金属製バスケットを設置して、その中にボタニカルを詰めておき、蒸留器本体に60%程度のスピリッツを投入する。これを蒸留したときに蒸気がボタニカルを通ることで、香味のついた留液を得る
↓
軽やかで華やかなフレーバーのジンが得られる
手入れが簡単
ボンベイサファイアなどが代表例として挙げられます。
*ミドルカットについて
ジンでは多くの場合、蒸留時にミドルカットを行います。
ミドルカットとは蒸留時に目的である酒質の留液(本留液)を取り出すことです。蒸留の最初に出てくる留液は、アルコール度数が90%以上と高く、メタノールなど有害な物質が多く含まれているため、ジンには使いません。一般的にアルコール度数80~70%程度を本留液として取り出します。それ以後の留液についてはボタニカルのオイル分などが多く抽出されているため、多くの場合ジンには使いません。
モルトウイスキーやコニャックでは、本留液以外の留液も回収して、次ロットと合わせて再度蒸留します。しかし、ジンの場合はこのサイクルは多くの場合行わず、本留液以外は飲料として使用していません。
*留液の取り扱い方法について
ウイスキーやブランデーなど多くの蒸留酒では、蒸留によって得られた留液に対して水やいくつかの物質の添加が認められていますが、アルコールの添加は認められていません。醸造酒では、日本酒の本醸造や、シェリーやポートのような酒精強化ワインなどでは認められています。
ジンでは、「ロンドンジン」規格でもアルコールの添加が認められており、この方法をマルチショット蒸留といいます。それに対して、アルコール添加をしない方法をワンショット蒸留といいます。
ワンショット蒸留
- 蒸留で得られた留液に加水をして、そのまま製品とする
- いくつかの原酒を混ぜることなく、1回の蒸留のみで造られる
- 全アルコールについて、ミドルカットを行うことになるので不純物が少ない
マルチショット蒸留
- 留液にアルコールを加えることで抽出したエキス分を希釈し、その上で加水して製品とする
- 添加するアルコールにより、不純物が多くなる場合がある
- 小さい蒸留器でも生産量を上げることができ、コストも低く抑えられる
代表的なマルチショット蒸留ジン:ビーフィーター、ゴードン、ボンベイ
2. ジンで用いられる蒸留器
ジンではさまざまな蒸留器が用いられています。ここでは代表的な蒸留器について挙げます。
➀ポットスチル pot still
ポルトガル・ホヤ社製スチル
- 最も基本的な蒸留器
- 大手メーカーでは、モルトウイスキーで使われているのとほぼ同様の形状のものを使用しているところもある(ビーフィーターなど)
- クラフト系では、モルトウイスキーでも使用されているポルトガル・ホヤ社製のような小ぶりな蒸留器(容量100~1000リットル程度)を使用するところもある
- 1850年代ごろから使用されている伝統的なジン蒸留器として、ベネット型やカーターヘッド型などがある。ベネット型は浸漬法用、カーターヘッド型は蒸気抽出法用である。カーターヘッド型は、筒状のヘッド部に網状のバスケットがセットでき、ここにボタニカルを入れる仕組みになっている
➁ハイブリッドスチル hybrid still
- ポットスチルとコラムスチルを組み合わせた蒸留器
- 一度の蒸留で留液のアルコール度数を高められ、さらに度数の調整も可能
- 浸漬法で使うことも、蒸気抽出法で使うこともできる
- ドイツのホルスタイン社製やカール社製、イタリアのバリソン社製などが多く用いられている
➂カブト釜蒸留器
- アジアで伝統的に使われている単式蒸留器
- 日本では明治時代まで焼酎メーカーで使われていた蒸留器で、現在でもいくつかのメーカーで使われている
- ジンでは、岐阜県郡上八幡の辰巳蒸溜所が使用している
- 筒状の本体に金属製の円錐形カブトの角を下にしてかぶせ、水を張ることで冷却し、留液を本体の受け皿から外に取り出す装置
*減圧蒸留
通常の蒸留は大気圧下で行われますが、これを常圧蒸留といいます。蒸留中は揮発するアルコールなどによって、蒸留器内部の圧力が高くなります。
これに対して、蒸留器内を減圧して蒸留を行う方法を減圧蒸留といいます。焼酎メーカーでは、本格焼酎の蒸留にて一般的に用いられている方法です。減圧によってアルコールなどの沸点が低くなるので、加熱強度を低く抑えることができます。そのため、ボタニカルなどへのストレスが少なく、すっきりとした酒質の留液が得られる傾向にあります。特に、フレッシュな果実や花などの蒸留に用いられる場合があります。
より一層ジンを楽しもう!
ジンブーム到来から3年以上経ちますが、いまだにその勢いは衰えず、まだまだ新しいジンが多くリリースされています。その土地のボタニカルを用いることで、その土地のカラーやオリジナリティーを表現することができるのが他のお酒にはないジンならではの魅力でもあります。
皆さんもご自身のお好みのジンを見つけたり、またジン同士をブレンドしてカクテルを作るなど、より一層ジンをお楽しみいただければと思います。