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カクテル・ヒストリア第9回『マティーニだけじゃなかったジェームズ・ボンド』

「マティーニ」好きな有名人は数多いが、映画や小説の主人公ジェームズ・ボンドは、なかでもナンバー1かもしれない。

ボンドのマティーニと言えば、シェイクスタイルの「ウオッカ・マティーニ」と、ウオッカ、ジン、キナ・リレ(フランス産のヴェルモット)を使う「ヴェスパー(Vesper)」という名のマティーニが有名だ。

かのお決まりのセリフ

「Shaken, not stirred(ステアでなく、シェイクしてくれ)」

は通常、ボンドが前者のマティーニを注文する際、口にするものだ。

「ヴェスパー」は、1953年に出版されたボンド・シリーズの処女作「カジノ・ロワイヤル」の中で初登場。その名はボンドの恋人役、ヴェスパー・リンド(Vesper Lynd)に由来する。原作者のイアン・フレミングが考案したとよく紹介されるが、実際に具体的なアイデアを提供したのはフレミングの友人でもあるバーテンダーだったという。

意外かもしれないが、スクリーン上でのヴェスパー初お目見えは、通常のボンド・シリーズではなく、1967年、ピーター・セラーズ主演で制作されたコメディ版のボンド映画だった。このセラーズ版ボンド映画は“色物”的な扱いを受けたので、当初、ヴェスパー自体もあまり話題にならなかった。

しかし2006年、ダニエル・クレイグ主演で再度映画化された「カジノ・ロワイヤル」にヴェスパーが再登場したことで、大ブレイクする。カジノでのシーン。ボンドはレシピを細かく指示する。

「メジャーカップでゴードン(ジン)を3杯、ウオッカを1杯、キナ・リレを半杯。キンキンに冷えるまでシェイクして、薄くスライスした大きめのレモンピールも添えてくれ」

(なお、「ヴェスパー」に欠かせないキナ・リレだが、残念ながら現在は製造中止で、昨今バーの現場では、復刻版として商品化された「リレ・ブラン」が代用されることが多い)。

この映画の中の別シーンで、バーテンダーから「シェイクしますか?それともステア?」と尋ねられたボンドの答えも面白い。

「そんなこと、私がこだわるように見えるかい?(Do I look like I give a damn?)」

ちなみに、映画でのボンドはウオッカ・ベースのマティーニしか飲まないが、小説の中では、合計19杯もジン・マティーニを飲んでいるという事実を調べあげた奇特な方もいるから、ボンド・マティーニの話題は尽きることはない(出典:「the Spruce Eats」という専門サイト)。

なお、2015年に出版された『BOND COCKTAILS』という洋書には、ボンドお気に入りのマティーニを始め、フレミングの原作やボンド映画に登場したカクテルが20種類以上登場する。

サゼラック、ネグローニ、スティンガー、サイドカー、モスコー・ミュール、モヒート、ミント・ジュレップ、アメリカーノ、キューバ・リブレ、シンガポール・スリング、オールド・ファッションド、ブラック・ベルベット、ピンク・ジン等々が紹介されており、見ているだけでも楽しい。

ボンド好きの方には超お勧めの本である。

この記事を書いた人

荒川 英二
荒川 英二https://plaza.rakuten.co.jp/pianobarez/
1954年生まれ。大阪・北新地のバーUK・オーナーバーテンダー、バー・エッセイスト。新聞社在職中から全国のバーを巡りながら、2004年以来、バー文化について自身のブログで発信。クラシック・カクテルの研究もライフワークとしてきた。2014年 の定年退職と同時に、長年の夢であった自らのバーをオープン。切り絵作家の故・成田一徹氏没後に出版されたバー切り絵作品集『NARITA ITTETSU to the BAR』では編者をつとめた。
荒川 英二
荒川 英二https://plaza.rakuten.co.jp/pianobarez/
1954年生まれ。大阪・北新地のバーUK・オーナーバーテンダー、バー・エッセイスト。新聞社在職中から全国のバーを巡りながら、2004年以来、バー文化について自身のブログで発信。クラシック・カクテルの研究もライフワークとしてきた。2014年 の定年退職と同時に、長年の夢であった自らのバーをオープン。切り絵作家の故・成田一徹氏没後に出版されたバー切り絵作品集『NARITA ITTETSU to the BAR』では編者をつとめた。