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カクテル・ヒストリア第16回 名著『コクテール』が残した謎

日本で初めての体系的かつ実用的なカクテルブック『コクテール』を著したのは、前田米吉氏(1897~1939)である。今から96年前、1924年(大正13年)のこと。今なおバーテンダーの教科書とも言われる『サヴォイ・カクテルブック(The Savoy Cocktail Book)』(ハリー・クラドック著)が出版されるよりも6年も前だった。

日本で最初の実用的カクテルブックを著した前田米吉氏

『コクテール』には、287種のカクテルが紹介されているが、それまでのカクテルブックが文章だけでレシピを表現していたのに対して、前田氏は「***2分の1、***3分の1」というように、今風の分かりやすい分量表記で示したのが画期的だった。

あの『サヴォイ……』よりも進んだ内容

1924年に出版された『コクテール』の表紙

不思議なことに『コクテール』には、『サヴォイ・カクテルブック』で欧米に初めて紹介されたカクテルがいち早く、約30数種類(末尾【注】ご参照)も登場している。その中には著者クラドックのオリジナルも含まれている。『サヴォイ……』出版より6年も前に、遠い東洋の日本で、どのように最新カクテルのレシピを知り得たのか? 大きな謎であり、カクテル史を学ぶ私のみならず、非常に興味をそそられるだろう。

私は、数年前に復刻版『コクテール』と題して、その全内容をブログ上で現代語訳にて紹介したが、その際、「(前田氏は)日本で働いていた外国人バーテンダーを通じて、あるいはカフェ・ラインを訪れていた来日外国人客から直接、サヴォイ・ホテルのバーで1920年代につくられていたカクテルについて最新情報を得ていたのではないか」などと記したが、これはあくまで想像でしかない。

ご子孫から予期せぬ嬉しい連絡

前田氏は著書刊行当時、東京・四谷の「カフェ・ライン」という店に勤めるバーテンダーということ以外、経歴等がまったく不明の謎の人物だった。私はご遺族と連絡をとって、前田氏のことをもっと知りたいとずっと願ってきた。

ところが2017年のある日、予期せぬ、大変な幸運が巡ってきた。ブログを見たという前田米吉氏のご子孫が、私が働くバーUKにまで直接ご連絡をくださったのだ。そして、直系のご遺族ではなかったが、米吉氏の姪に当たる女性(当時76)と、そのご長男(同46)が、それぞれ東京と栃木からわざわざ大阪の店までお越しくださったのだ。

御二人からは、故・前田氏の経歴や親族に伝わっている人柄について、興味深いお話(情報・データも含め)がたくさん聞けた。嬉しいことに、貴重な未公開の写真も何枚か頂けたうえ、ご持参してくださった戸籍謄本や死亡届の写しからは、前田氏の生没年が正確に判明した。

若干27歳で『コクテール』を著し、酒類ビジネスも

明治30年(1897年)生まれで、「コクテール」刊行時はまだ27歳の若さ。そして、亡くなったのは昭和14年(1939年)11月。42歳という夭折だった。鹿児島県の出身。四男三女の三男として生まれた。実家は造園業だった。23歳の時、2歳年上のユワという名の女性と結婚。戸籍を見ると子供が一人いたことが分かるが、すぐに亡くなっている。少なくとも直系の子孫はいないという。

上京した正確な時期は分からない。しかし、『コクテール』の前書きにも、「多年コクテールの研究者」だったと記されていることからも、結婚後まもない時期(少なくとも1921年までには)には東京でバーテンダーとして働いていたことは間違いない。上京後、前田氏は「カフェ・ライン」で職を得てカクテルの研鑽につとめ、その成果は数年後に『コクテール』という本に結実する。

「カフェ・ライン」を退職後、昭和の初め、銀座に自らの酒類販売店を興した。洋酒だけでなく、瓶詰めのカクテルも販売し、1925年当時の新聞に広告を出すなどビジネスは順調だったことが伺える。しかし残念ながら御二人の話には、前田氏がなぜ、1924年の時点で海外のカクテルについて、あれほど詳しい情報(レシピなど)を入手できたのか? という長年の疑問に対する正確な答えはなかった。

昭和初め、酒類販売ビジネスに乗り出した頃の前田氏

海軍から感謝状、欧州訪問に同行か?

しかし、持参された未公開写真の一つに、その答えにつながるかもしれない驚きのヒントがあった。おしゃれな白っぽいスーツを着た前田氏が、なにやら額入りの感謝状のようなものを自慢げに手にした記念写真だが、その写真には旧海軍の軍艦が映っている。大正末期か昭和初期か時期は不明だが、この頃、海軍は欧州に「親善訪問」という名目で艦隊をたびたび派遣している。

海軍からの感謝状を手にする前田氏

このような感謝状をもらうということは、前田氏はひょっとしてこの艦に乗船して、料理や酒を振る舞う仕事をしたのではないか。そして欧州にまで同行したのではないか。そして、寄港した欧州各地で最新カクテルの情報を入手したという可能性があったとしても決しておかしくない。

日本のカクテル史の空白を埋める作業はまだ道半ばであるが、近い将来ひょっとして、どこからか前田氏の貴重なカクテルノート等が発見されることを、今は心から願っている。

【注】『コクテール』で6年早く登場する『サヴォイ……』収録のカクテル(29種):London Cocktail、Rosington Cocktail、Palmetto Cocktail、Nick’s Own Cocktail、White Cocktail(クラドックのオリジナル)、Trocadero Cocktail、Thistle Cocktail、Tipperary Cocktail、Chocolate Cocktail、Olivet Cocktail、Wax Cocktail、Raymond Hatch Cocktail、Racquet Club Cocktail、Whizz-Bang Cocktail、Velocity Cocktail、Vanderbilt Cocktail、Coopers Town Cocktail、Fairbank Cocktail、Froupe Cocktail、Coronation Cocktail、HPW Cocktail、Diabolo Cocktail、RAC Cocktail、Irish Cocktail、Sunshine Cocktail、Chicago Cocktail、Morning Cocktail、Monkey Gland Cocktail、September Morn Cocktail

※写真は、『コクテール』の表紙以外は、ご子孫の前田英樹氏提供(無断転載・使用はお断りします)。

この記事を書いた人

荒川 英二
荒川 英二https://plaza.rakuten.co.jp/pianobarez/
1954年生まれ。大阪・北新地のバーUK・オーナーバーテンダー、バー・エッセイスト。新聞社在職中から全国のバーを巡りながら、2004年以来、バー文化について自身のブログで発信。クラシック・カクテルの研究もライフワークとしてきた。2014年 の定年退職と同時に、長年の夢であった自らのバーをオープン。切り絵作家の故・成田一徹氏没後に出版されたバー切り絵作品集『NARITA ITTETSU to the BAR』では編者をつとめた。
荒川 英二
荒川 英二https://plaza.rakuten.co.jp/pianobarez/
1954年生まれ。大阪・北新地のバーUK・オーナーバーテンダー、バー・エッセイスト。新聞社在職中から全国のバーを巡りながら、2004年以来、バー文化について自身のブログで発信。クラシック・カクテルの研究もライフワークとしてきた。2014年 の定年退職と同時に、長年の夢であった自らのバーをオープン。切り絵作家の故・成田一徹氏没後に出版されたバー切り絵作品集『NARITA ITTETSU to the BAR』では編者をつとめた。