恋は、遠い日の花火ではない―――。今回ご紹介するサントリー・オールドがどのようなウイスキーか、素性は改めて説明する必要はないかもしれませんが、コラムの本筋にも関わるので少し前置きをさせて頂きます。
サントリー・オールドは、1950年にサントリーの前身である寿屋・ウイスキーのハイエンドブランドとして誕生しました。最初にスポットライトが当たったのは、1970年代から1980年代初頭にかけて。日本に第一次洋酒ブームが起こり、好景気が消費を後押しした時代。今まで手が届かなかった嗜好品の数々が身近になった時代であり、同銘柄もまた徐々にその敷居を低くしていきました。
当時の販売量は、1981年に1年間で1000万ケース(約1億3000万本)とも言われています。これは2020年の販売量と比較すると、ハイボールブームであれだけ飲まれている角瓶が約500万ケース。世界規模で消費されているジョニーウォーカーが約1800万ケース。オールド単独で、それもほぼ国内で1000万ケースというのは途方もない数字です。 ちなみに、当時の日本の人口は約1億2000万人でしたから、20歳以上の国民1人が1本以上オールドを飲んでいたことになります。
様々なキャッチコピーと消費低迷
このように、サントリー・オールドは当時サントリーの収益を支える大黒柱と言える銘柄であったことから、1970年代から2000年代にかけて、新聞、雑誌、TV等で、積極的に広告が展開され、様々なキャッチコピーに彩られたウイスキーとなっていきます。
「10年前は熱燗で一杯やったものですが。」
「人間らしくやりたいな。」
「深く、こく、やわらかい。」
「人生おいしくなってきた。」
「恋は、遠い日の花火ではない。」
……などなど。特にTVCMでは「夜がくる」をBGMに、様々な人間ドラマが描かれているのも印象的でした。そうした経緯もあって、サントリー・オールドは現在第二の人生を歩む方々から、ウイスキーを飲み始めようという若い世代にまで、広く知られている銘柄であり、サントリー・オールドと聞いて連想するキャッチコピーで世代がわかる、と言っても過言ではないかもしれません。
しかし1980年代後半以降は、輸入洋酒の台頭や、ウイスキー消費量の低下等から販売量は下降し続けていただけでなく、一時期あまりに売れすぎたことから「ある種の疑惑」も……。現代ではちょっと調べれば、真偽不明な様々な情報がヒットします。まさに清濁含めて合わせ飲む、“オトナ”な銘柄となっていきました。
ジャパニーズウイスキー・サントリーオールド
さて、今から約10年前、ハイボールブームが起こり、ウイスキー消費量に回復の兆しが見えた時。サントリーが大々的に打ち出したのは角ハイでした。角ハイと絡めて酒屋で推される上位は山崎、白州、知多。下位はトリス。ハイボールブームからジャパニーズウイスキーブームへと繋がった後も、ブームの光がサントリー・オールドを照らすことはなく、かつての大黒柱はひっそりと、一部のファンに愛される大衆酒という位置づけになっていたと言えます。
ところが、2021年に流れが変わる出来事が起こります。 同年2月、日本洋酒酒造組合から“ジャパニーズウイスキーの基準”が発表されたことを受け、2021年4月以降「ジャパニーズウイスキー」及びそれを連想させることが出来るラベル表記が、同基準を満たす銘柄に限定されることとなりました。
同日付のメディア情報によれば、サントリーウイスキーの既存ブランドで「ジャパニーズウイスキー」を名乗れるとされたのは、山崎、白州、知多ら単一蒸溜所銘柄に加えて、ブレンデッドでは響、季、ローヤル、リザーブ、そしてオールドのみ。理由は不明ですが、角瓶以下のグレードはジャパニーズウイスキーのカテゴリーではないとされています。
先に触れたサントリー・オールドにおける「疑惑」には、未熟成の甲類アルコールや添加物をブレンドしているという噂がありました。実際、古い時代のものを手に入れて飲むと、その疑惑を肯定したくなるような味がするのも事実。一方で、ジャパニーズウイスキーの基準では、3年という最低熟成年数に加えて添加物はカラメルのみと整理されており、約40年の時を経て疑惑が晴れることとなったのです。
サントリー・オールドの楽しみ方
先の基準に照らしてみれば、現存するウイスキーブランドの中で、サントリー・オールドはジャパニーズウイスキーとして最も長い歴史を持ち、本記事掲載時点では最も安価なウイスキーとも位置付けられることとなりました(メーカー希望小売価格:1880円(税別))。
サントリーの販売戦略や、市場の動きはこれから見ていかなければなりませんが、ジャパニーズウイスキーの入門銘柄として紹介されることも増えてくるでしょう。
実は今回のコラム記事は、本来別のスコッチ銘柄を紹介するつもりでした。ですが一連の動きを受けて、本当に久々にサントリー・オールドを飲んでみたところ、あれ? こんなに美味しかったっけ? と。
ストレートでは多少物足りない部分もありますが、山崎原酒を思わせる甘くウッディな香りがちゃんとあり、味わいも穏やかにまとまっている。それ以上にロック、そして水割りで真価を発揮するのです。
香味にあった多少の粗さ、ともすれば若干あざとくも感じる甘さがきれいに伸びて、熟成した原酒のニュアンスがふわりと香る心地よさ。ハイボールでさっぱりとさせる楽しみ方とは違う、酒の味が料理の味に馴染んでいく、落ち着きのある味わいと言いますか。こうして飲むものだと位置づければ、なかなかどうして安ウイスキーとは侮れない完成度です。
かつてサントリー・オールドの販売戦略には、同銘柄を一般家庭のみならず、日本料亭や寿司屋など和食を扱う飲食店に売り込む“二本箸作戦”があり、販売数を伸ばす一手となりました。またその際、ブレンドは和食に合うだけでなく、水割りやロックといった、日本の酒文化に浸透する飲み方を意識して造られたとされています。
現代のサントリー・オールドは、そのルーツを受け継ぎつつ、当時よりも増えた原酒の種類、幅をもって、さらに進化しているのではないかとも感じます。ラベルに書かれた「A TASTE of The Japanese Tradition (日本伝統の味)」は、ウイスキー単体を指すものだけではないのかもしれません。どうでしょう、今日の終わりはハイボールではなく、水割りで1杯、なんて。