「The Scotch」と称される、ブレンデッドスコッチウイスキーの王道、バランタイン17年。
フルーティーでマイルド。誰が飲んでも美味しいと感じられるだろう整った味わいに加え、ウイスキーを飲まない人でも知っている、絶対的な知名度と流通量。ですがウイスキーの楽しさに目覚め、様々なボトルを飲むようになると、この銘柄の現行品をあえてテイスティングしようという人は限られている印象があります。
いつでも飲めるからこそ後回しにしてしまう“ウイスキー愛好家あるある”。しかし、様々なウイスキーを飲んだ経験値があってこそ理解できる、奥深さ、面白さを持っているのが、バランタインというウイスキーでもあるのです。
バランタイン17年のキャラクター
個人的にバランタインに持っている印象は、ブレンデッドスコッチウイスキー随一の“繊細なバランス”です。繊細というとライトで香味の弱い銘柄を連想するかもしれませんが、繊細なのはバランスであって香味ではありません。軸になる香味と、混ざり合う原酒の個性が樽感や加水等で潰されておらず、それぞれ感じ取ることが出来る。いわば、“ブレンダーの技”を感じられる点にあります。
これはオールドボトルの時代から現代に至るまで、ラインナップとしてはファイネストから30年まで一貫しているスタイルと言えますが、現行品の中でその特徴を明確に備えているのは、17年以上のグレードだと感じています。
香りはアメリカンホワイトオークに由来する華やかなフルーティーさとバニラ香や、ナッツを思わせる要素がトップノートにあり、奥には微かなスモーキーさも。口当たりはスムーズでマイルド。スペイサイドモルトの洋梨やすりおろした林檎の果肉、微かにオレンジのニュアンス。ハイランドモルトの熟成感のある品の良い麦芽の甘みと柔らかさ。徐々にグレーンのメロウな甘みと、穀物由来のフレーバーが華やかなオーク香と麦芽風味に混じり、ほのかなピートフレーバーを伴う心地よくドライな余韻へと繋がっていく……。ブレンダーによって造られた、バランスや透明感を感じる香味の造形は、さながらガラス細工を連想させるようでもあります。
こうした香味は、樽感が主張しすぎず、それでいて熟成を経た原酒が絶妙なバランスでブレンドされて生み出されるものです。
それはブレンダーの技量もさることながら、他の国のメーカーでは真似できない味わいでもあります。例えば、スコットランドに隣接するアイルランドのウイスキーは酒質の傾向が異なり、日本をはじめアジア地域は温暖な気候故に短期間で樽感が強くなりすぎてしまう。バランタインの味わいは、スコットランドの環境で時間と技術があってこそ造り出せるものであり、バランタイン17年を指して“The Scotch”とは、言い得て妙なのです。
魔法の7柱の謎
さて、バランタイン17年と言えば、“The Scotch”以外にもう一つ、“魔法の7柱”(Ballantine’s magnificent seven)とする構成原酒に纏わる通称があり、様々なメディアで語られていることから、日本においてはこちらのほうが有名かもしれません。
これは同銘柄が誕生した際、構成原酒に用いられたとされる7つの蒸留所(アードベッグ、グレンカダム、グレンバーギー、スキャパ、バルブレア、プルトニー、ミルトンダフ)を指すもので、誕生以来レシピはほとんど変わっていないと紹介されているケースもあります。
しかし、これらの原酒でバランタイン17年が誕生したかどうかは考察の余地が残されており、構成原酒についても時代ごとで変化してきたと考えられるのです。
例えば、 “魔法の7柱”を構成する蒸留所で、
バルブレア 1911年~1948年
プルトニー 1930年~1951年
グレンバーギー 1925年~1934年
これら3蒸留所は、上記の期間、操業を休止していたとされています。
バランタイン17年の発売は1937年。単純に熟成年数で逆算すると、各蒸留所は1920年以前から稼働している必要があります。プルトニーやグレンバーギー蒸溜所は、ストックを考えれば一定期間原酒を使うことは出来ますが、バルブレア蒸溜所に関しては、原酒が使えるようになるのは1948年プラス17年で1965年以降です。1911年の休止前に造られた原酒については、1932年に最後の原酒が熟成庫から払い出されたとする公式記録があることから、発売にあたって原酒を用いることが出来たかは疑問が残ります。
では“魔法の7柱”とは何か。謎を解く鍵は、ブランドを保有していたカナダのハイラムウォーカー社にあると考えています。
バランタイン17年は、同ブランドが1935年にハイラムウォーカー社の傘下となった後、開発された商品です。当時のアメリカ市場は禁酒法が撤廃され、酒類の需要が爆発的に増加しており、輸出拡大を狙った動きだったと言われています。
その後、1950年代に入るとバランタイン17年は日本を含む世界中に輸出されるようになり、バランタインがスコッチウイスキーの出荷量、世界3位のブランドに成長する一翼を担っていきます。
ハイラムウォーカー社が1930年代当時に傘下とした蒸留所は、グレンバーギーとミルトンダフでした。この2蒸留所は、現代でもバランタインにおける最重要原酒として位置づけられています。
一方で、ブレンドを量産するには原酒の安定調達が必要となるため、同社は輸出を拡大した1950年代に、次々と蒸留所を傘下としていきます。それがアードベッグ、グレンカダム、スキャパ、バルブレア、プルトニーの5蒸留所です。バルブレアに関しては、正式に傘下となるのは1970年ですが、1948年に蒸留所を取得して再稼働させたオーナーは、ハイラムウォーカー社と結びつきが強く、実質的に再稼働後は関連蒸留所であったと考えられます。
つまり“魔法の7柱”全てがバランタインに結び付くのは、1950年代に入ってからであり、17年熟成した原酒が揃うという条件なら、バルブレア蒸溜所の原酒だけでなく、1951年に操業を再開したプルトニー蒸溜所の原酒が熟成する1968年以降を待たなければならなかったのです。
以上の経緯から、バランタイン17年“魔法の7柱”は、ブランドが誕生した当時のものではなく、例えば「ハイラムウォーカー社の関連蒸留所として紹介されたものが、ブランドルーツとして誤って伝わってしまった」など、1950年代以降における輸出時のPRが独り歩きしてしまった結果なのではないかと推測しています。実際、“魔法の7柱”は日本以外(特に欧米)の市場だと、あまり見ない表現でもあります。
(魔法の7柱が使われたと考えられる、ハイラムウォーカー社時代のバランタイン17年のラベル遍歴。左から1960年代、1970年代3種、1980年代前半。一番右の1980年代後半流通時代は、ハイラムウォーカー社からアライド社にブランドが移行しており、ブレンドの傾向も異なる。写真提供:&BAR Old⇔Craft)
バランタイン17年の変化と魅力
バランタインブランドは2009年からペルノリカール社傘下となり、主要原酒もグレンバーギー、ミルトンダフ、グレントファース、スキャパの4蒸留所と変更されています(勿論、スコッチウイスキー業界では原酒の売買が活発であるため、“魔法の7柱”に該当する原酒が継続して使われている可能性も残されています)。
その香味は、オーキーでフルーティー、現代のスコッチウイスキーの中で王道であり、基本の一つと言っても過言ではないキャラクターです。一方、1960年代流通品まで遡ると、熟成した内陸系モルトのフルーティーな香味が軸にあることは変わらないものの、時代によってはシェリー樽由来の甘みが強かったり、スモーキーフレーバーを強く感じたり、はたまた全く異なる個性を感じたりと、明らかな変化も伴ってきました。
我々は時に不変であることを美とする傾向がありますが、世界において不変であるものなどなく、様々な要因から大なり小なり変化を重ねているものです。
バランタインについても同様です。バランタイン17年は、17年表記をつけたウイスキーとしては、現存する最古のブランドとされ、80年以上の歴史を持つブランドでありながら、変化がないように語られることもしばしばあります。しかし大事なことは与えられた条件の中で、可能な限り良いものを造ろうとすること。今求められているものを造ろうとすること。バランタイン17年は、そのキャラクターの枠を壊すことなく、求められる味わいへと変化を重ねてきたのではないかと感じます。
それを実現しているブレンダーの仕事の大半は、得てして目立たない、縁の下にあるものだったりします。シングルモルトの個性を探るのも楽しいものですが、ウイスキーを飲みなれた愛好家だからこそ、ブレンデッドウイスキーの表面に見える味わいだけでなく、その裏にあるものに視点を向けてみる。例えるなら本音と建て前。本音の部分を探っていくことで見えてくるブレンドの奥深さが、ウイスキーを飲む楽しさに新しい視点を気づかせてくれるのです。
ロックやハイボールも良いですが、じっくりストレートでテイスティングしてみてください。
余談:バランタイン17年以上のグレードは、2020年にボトルデザインチェンジが行われている。香味の変化はほとんどないと感じるが、キャップ部分はスクリューキャップとコルクキャップを合体させたような、これまでにない新しい仕様が採用されている。