フォアローゼズ・シングルバレルの味わいと魅力
バーボンウイスキーで個人的に一押しの銘柄が、米国ケンタッキー州ローレンスバーグで造られている、フォアローゼズ・シングルバレルです。
シングルバレルには50%に度数調整された通常リリース品と、様々なレシピと共にバレルストレングスでリリースされる限定品のプライベートセレクションがあり、どちらも1樽から200本程度しかボトリングされない、リリースのタイミングを含めて厳選された1本です。本コラムでは通常リリース品について取り上げますが、機会があればプライベートセレクションも是非飲んで貰いたいです。
熟成期間は7年~9年。熟成のピークを迎えた原酒の香味は華やかでフルーティー。チェリーやカシス、あるいはりんご飴。バーボン特有の新樽熟成に由来するキャラメル等のメローな甘みに混じる甘酸っぱさとスパイシーな刺激、微かな香ばしさ。フォアローゼズは「棘の無い薔薇」とも例えられていますが、ことシングルバレルに感じられる刺激は、美しく咲く薔薇の棘といったところでしょうか。
また、濃厚でしっかりとした骨格があることから、ロックにしても崩れず、加水と温度の変化を合わせて楽しめます。焼き立てのパンケーキにアイスクリームを乗せて食べるような、特性の異なるもの同士が混ざりあうことで生まれる、堪らない美味しさがあります。
フォアローゼズの特徴と美味しく飲むための工夫
バーボンウイスキーは、チャーリングしたアメリカンホワイトオークの新樽で熟成させることを法律上義務付けられているため、樽の自由度が高いスコッチやジャパニーズ等に比べて、多くの銘柄で香味に共通点があります。また、スピリッツについても一般的な蒸留所は連続式蒸留機を用いているため、違いが出にくいこともその傾向を後押ししています。ですが、原料の比率や酵母が銘柄、蒸留所ごとに異なっており、香味に全く違いが無いわけではありません。
原料として代表的なものは、コーン、ライ麦、小麦、大麦麦芽。フォアローゼズは2パターンの原料比率と5種類の酵母を使い分けて原酒を蒸留し、これらをブレンドすることで各リリースを構成しています。一方、シングルバレルの通常リリース品の原料比率はコーン60%、ライ麦35%、大麦麦芽5%で、他のバーボンより高いライ麦比率が特徴(他は10~20%程度)。コーンの比率が高い原酒はプレーンな仕上がりとなる傾向があるのに対し、ライ麦比率の高い原酒は華やかでフルーティー、スパイシーな個性が感じられ、複雑な味わいも特徴と言えます。
なお、コアな愛好家の評価としては、近年のバーボンウイスキー(アメリカンウイスキー全般含む)は、香味がドライになっていると言われており、フォアローゼズも例外ではありません。
あくまで個人的な推測ですが、その要因は樽にあるのではないかと考えています。バーボンウイスキーの需要が増えたことで、樹齢が長く、長期間の乾燥を経た良質な樽材の供給が追い付かなくなり、機械乾燥や乾燥期間の短い木材を用いているため、同じ熟成期間では今までのような深みのある味わいが出てこないのではないかと……。
もし近年のバーボンを物足りないなと感じた方は、ウッドスティックを用いてチャーオークフレーバーを後付けすると、一昔前を彷彿とさせるメローで芳醇な味わいが楽しめるようになるのでお勧めです。素のシングルバレルも中々ですが、モノが良い原酒だけにひと手間加えるとさらに良くなります。
ブランドエピソードの諸説と花言葉
さて、フォアローゼズと言えば“創業者のプロポーズの返事に、4輪の薔薇のコサージュが使われた。創業者は愛が実った素晴らしい瞬間を、自らのウイスキーのブランド名とした”というロマンティックなエピソードで知られています。
実はこのエピソードは諸説があり、ブランドのルーツとなる酒造会社が立ち上がった当時の関係者4人の名前にRoseがついていたという説や、会社に関連する祭りでダンスを踊った女性4人が薔薇のコサージュを着けていたから、という説まであります。
これらの説は時系列的に合わないところもあるのですが、最も知られているプロポーズエピソードについても、ブランドの創始者ポール・ジョーンズJr氏が、実は“生涯独身”だったという事実があり、確たるルーツは不明とされているのです。
この疑問に対しては、2010年に現地で販売された冊子“Four Roses”に、関係者、血縁者への取材を経てまとめられた、ポール氏の甥にあたるローレンス・ラヴァッレ・ジョーンズ氏(後にポール氏の跡を継いで蒸留所のマネージャーとなる)をモデルとしているプロポーズ説が掲載されています。
時は1880年代中頃。意中の女性に対して5年以上アプローチを続けていたローレンス氏は、これが最後のプロポーズだと、12本の真紅の薔薇の花束と共に「プロポーズを受けてくれるなら薔薇のコサージュを着けて来てほしい」とカードを贈ったそうです。この結果は周知の通り、相手となる女性は“4つの真紅の薔薇”のコサージュを着けて舞踏会に現れ、その後二人は結ばれるのです。
ポール氏がフォアローゼズを商標登録するのは1888年。没年は1895年です。これだけ見れば、後に会社を継ぐ甥の結婚話を商標に用いたということで、時系列的に矛盾はなく。何よりプロポーズを受けて貰えたけれど結婚に至らなかった、という悲劇的展開にならないことも救いがあります。もっとも、同氏とローレンス氏の間には結婚を巡ってひと悶着あったようで、このエピソードの解釈を複雑なものにするのですが……。長くなるので別な機会にまとめます。
ウイスキーに限らず、ブランドエピソードは伝聞やその時々の販売戦略によって多少改変されることは珍しくありません。本件についても、プロポーズエピソードが広告として初めて登場するのは、調べた限り商標登録から約半世紀後、禁酒法の明けた1935年頃(上広告画像参照)です。商標を登録したブランド創始者のネームバリューが大きく、実際に結婚した人に置き換わってそのまま使われ続けた可能性は高いと考えられます。
一方で、なぜプロポーズの返事が“4輪の真紅の薔薇”のコサージュだったのでしょうか。
これに関しては、19世紀のアメリカではヴィクトリア朝時代の花言葉が流行しており、赤い薔薇の花言葉は「あなたを愛しています」、4輪の薔薇は「申し出への同意」や「生涯気持ちに変わりはないこと」、赤色は「愛と情熱」を意味していたとされています。現代のように感情を声に出すのはタブーとされた時代の男女間の距離。情熱的でありながら、奥ゆかしさも感じる話です。
※ちなみに、ローレンス氏が贈ったとされる12本の薔薇には「私と結婚してほしい」という意味があります。
以上のように、広く知られたフォアローゼズのプロポーズエピソードですが、“4輪の真紅の薔薇”に込められた本当の意味はちょっとしたトリビアですし、諸説がもたらす歴史考察的な面白さも残されています。どれが正しいということではなく、考察や議論の余地があることが重要。とってつけたものではない、長い時間を経たブランドエピソードは、ウイスキーをより美味しく、そして面白くしてくれるのです。