シングルモルトウイスキーにおける有名銘柄と言えば、マッカラン、グレンフィディック、グレンリベットといったスペイサイド地域の蒸留所がまず候補にあり、後はラフロイグやボウモアといったアイラモルトが加わる感じでしょうか。
こうした有名銘柄に共通するのは、世界を代表する酒類メーカーの傘下にあって、販路が世界中に広がっていることです。しかし同様の境遇にあり、その味が愛好家から評価されているにも関わらず、一般的にはほとんど無名という不遇な銘柄もあります。
今回取り上げるダルウィニー15年は、まさにその代表格だと言えます。
トップノートは華やかなオーク香と蜂蜜のアロマ。合わせて麦芽の白い部分や、すりおろした林檎を思わせる品の良いフルーティーさ、微かに柑橘系のアクセント。口当たりは柔らかく、とろりとした粘性があり、香り同様にオーキーな含み香と麦芽風味、蜂蜜を思わせる甘みが主体となって広がる。この辺りがダルウィニーのハウススタイルと言われている個性ですね。 余韻は微かにピーティーでほろ苦い。ドライなウッディさと軽やかな刺激を伴って長く続く。軽やかなオーク香とワクシーな麦芽風味は、ワイングラスに氷を入れてステアするフレグランススタイルで飲むことで一層引き立つのもポイント。勿論、ハイボールも悪くありません。まさにハイランドモルトの代表的キャラクターの一つであり、味だけで言えば有名銘柄を凌ぐクオリティがあることにも異論はないでしょう。
ダルウィニー蒸溜所の創業は1897年と、100年を超える歴史がある密造時代を経た蒸留所の一つです。1926年からはDCL社傘下のJames Buchananがライセンスを有し、ブラック&ホワイト、ブキャナンズ、ロイヤルハウスホールドら、現代でも愛されるブレンデッドウイスキーのキーモルトとして活用されてきました。
長らくブレンデッドウイスキー向けの蒸留所であったため、シングルモルトの発売は遅く1980年代に入ってから。当時、イギリスではウイスキーの需要が減ったことで原酒の余剰が発生しており、シングルモルトをリリースする蒸留所が増えてきていました。 1988年からはDCL社を買収した旧UD社(現・ディアジオ社)のクラシックモルト6蒸留所に位置付けられ、現代まで続くシングルモルトブランドとして定着しますが、ブレンデッドウイスキーへの供給が優先されているためか、モルトウイスキーのPRは控えめで、知名度も上述の通り。シングルモルトとしての出荷量は、生産量全体の数%程度とも言われています。
(1980年代に発売されたダルウィニー・シングルモルトのファーストリリースと、現行品の15年。初期デザインのボトルは日本国内に全く流通していなかったため、海外から買い付ける以外に手はない。愛好家垂涎の1本である。)
一方で、ダルウィニー蒸溜所を語る上で外せないのが“ワームタブ”の存在です。
ダルウィニー蒸溜所のシングルモルトリリース開始と時をほぼ同じくして、1986年に蒸留所のリニューアルが行われていました。その際蒸留行程で冷却に使用されるワームタブが取り除かれ、シェル&チューブ式コンデンサー等の最新設備が導入されたわけですが、これによって原酒の味が変わってしまい、1995年には再び旧式のワームタブと取り換えられたというものです。
一般的なワームタブの構造については説明を割愛しますが、ダルウィニー蒸溜所はイギリス国内で最も寒冷(年間平均気温6度)と言われる高地にあり、この環境下で蒸留後の冷却がゆっくり行われることが、ワクシーで重く、麦芽風味と蜂蜜のような甘みのある酒質に繋がっていると言われています。
これを変えて近代的に制御しようとしたところ、味が変わってしまったというわけですが、そこに気づくのに何年もかかるのか、そして何年も操業させ続けるのかと言う疑問は残ります。
(ダルウィニー蒸溜所外観。1995年に設置されたワームタブが存在感を放つ。なお、1986年以前は鋳鉄製のタンクだったが木製に変更されている。)
時系列で整理すると。
1986年 蒸留所近代化のための工事を実施。ワームタブ→シェル&チューブ式コンデンサーへ。
1988年 クラシックモルト発売。
1991年 ビジターセンターがオープン。
1992年~1995年 蒸留所を閉鎖し大規模改修工事を実施。シェル&チューブ式コンデンサー→ワームタブへ。
シェル&チューブ式コンデンサーの代わりに導入されたワームタブは、一般的な蒸留設備の配置ではなく、上の写真のように蒸留所の正面に、観光スポットが如く設置されたこと(これによってワームタブまでの距離や水流が変わり、設備の交換だけでは味が戻らなかったという話も)を考えると、どうも純粋に味を復元しようとしただけではなく、様々な思惑が絡み合った結果「ワームタブ」という蒸留所の象徴の一つが選択されたようにも見えてきます。
実際、設備の影響があったとされる時期の蒸留ロットであるダルウィニー15年(2001年~2009年出荷)をテイスティングし、その前後のロットと飲み比べても、特段酒質が崩れていたようには思えませんでした。 勿論、全く効果が無いとは考えにくく、特に近年のダルウィニーにある“洗練されつつもハウススタイルを維持した味わい”を見れば、意味がなかったとも言い切れませんが、仮に設備がそのままで現代に至っていたとして……いやこれは神のみぞ知るところですね。
歴史考察はこのくらいにして、最後にダルウィニーというウイスキーが、なぜ愛好家から好まれているのかについて自分の感想をまとめます。
スコッチウイスキー全体を見たとき、銘柄、蒸留所ごとに個性はあるものの、好ましいとされるフレーバーには共通点があります。どちらが鶏で、どちらが卵かはわかりませんが、長い歴史の中でそうしたフレーバーが認知され、それを目指すウイスキー造りが行われることで、各蒸留所のハウススタイルが形成されていったと考えられます。また、現在ほど物流が安定していない時代にあっては、地域ごとに入手できた原料、樽、そして気候の違いもまた、個性に繋がっていったのでしょう。
ダルウィニーはハイランドの代表的なスタイルとも言える、牧歌的な麦芽風味主体の味わいを、シングルモルトがリリースさた1980年代から現行品まで崩していない銘柄の一つです。それは長い歴史の中で形成されたキャラクターの一つであり、我々がスコッチウイスキーに求めている味わいの一つなのです。 メーカーPRが控えめであるため一般的に知られていませんが、結果、ダルウィニーが愛好家御用達の隠れた銘酒となりえ、いい意味での地味さとなって愛される要因にも繋がっています。まさに本コラム、Re-オフィシャルスタンダードテイスティングにうってつけの銘柄でしたね。