現代のバーの人気カクテルの約8割は、1890~1930年代に誕生したクラシック・カクテルである。しかし、誕生当時のレシピがそのまま定着しているケースは極めて稀だ。なのに、現代の標準的なレシピが「昔のまま」と信じ込んでいる人も少なくない。
例えば、マティーニは、ジンとドライ・ベルモットでつくる辛口カクテルの代表格。しかし1930年以前のカクテルブックを見ていると、マティーニと言えば通常、ジンとスイート・ベルモットだった。ジン+ドライ・ベルモットのマティーニが主流になるのは、1930年代後半~40年代以降である。
また、ジンと生のライム・ジュースを使い、辛口カクテルの代表格でもあるギムレットだが、英国で誕生した1890年頃は、「甘口系のプリマス・ジン+ローズ社製のライム・コーディアル(甘口のライム・ジュース)」という材料でつくるのが普通だった。時代が進み、バーで生ライムが手に入り易くなると、ギムレットはベースのジンも含め徐々に辛口になり、甘口の“元祖”ギムレットはいつしか忘れ去られていった。
女性に人気があるアレクサンダーは「ブランデー+クレーム・ド・カカオ+生クリーム」というレシピだが、意外なことに、1930年以前は基本ジン・ベースで、ブランデー・ベースが主流になるのはそれ以降である。また、ソルティ・ドッグも現代では通常ウオッカ・ベースだが、1940年代後半の誕生当初から70年代前半まではジン・ベースが主流だった。ウオッカ・ベースが登場するのは70年代に入ってからである。 「最初はそんなレシピじゃなかった」という有名カクテルはまだ他にもある。「過去」を知る・学ぶことは、時には思わぬ発見、そして「次のヒント」にもつながるから面白い。