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カクテル・ヒストリア第19回『日本と世界、人気カクテルはなぜ違う』

100年前、欧州の人気カクテルは……

20世紀初頭、欧米での人気カクテルと言えば、ミントジュレップ、シャンパン・カクテル、フレンチ75、アヴィエーション、オールド・ファッションド、サゼラック、ギムレット、ラモス・ジンフィズ、サイドカー、ロブロイ等々だった。それから間もなく、米国は禁酒法施行(1920年)で「暗黒の時代」を迎える。もぐり酒場はあるとは言え、酒好きの人間にはその後13年間もつらい日々が続くことになった。

しかし欧州では、米国から海を渡ってきた腕利きのバーテンダーたちのお蔭で、20年代、カクテルの黄金時代が幕を開けた。「アメリカン(American)」は、ロンドンやパリでは「最新流行の」を意味する流行語になり、米国仕込みのカクテルが楽しめる酒場は、「アメリカン・バー」と呼ばれ、紳士淑女の社交場として賑わうことになった。

1911年当時のパリのハリーズ・バー

辛口系・クラシックが今もなお

約半世紀後の1976年。米国内でつくられた「最新人気カクテル(Recipes for the new “in” drinks)」という小冊子を見る。15種類のカクテルが紹介されているが、人気ランキング順で1~10位を紹介すると、マティーニ、マンハッタン、ウイスキー・サワ―、ブラディ・メアリー、ギムレット、ダイキリ、トム・コリンズ、オールド・ファッションド、マルガリータ、スクリュードライバー。1940~50年代に生まれた新しいカクテルも登場しているが、基本はそう変わっていない。

1970年代の米国での人気カクテルを映す小冊子

その後の人気ランキングはどうだろうか。様々な調査結果があるが、この5年ほど欧米での1位~3位はほとんどがオールド・ファッションド、ネグローニ、マティーニである。ベスト10を見ても、コープスリバイバー、クローバークラブ、アヴィエーション、マンハッタン、ミントジュレップ、マルチネス・カクテル、サゼラックといった、日本のバーではほとんど注文されることのない、アルコール度数の高い、辛口系クラシック・カクテルだ。

2000年以降は、クラシック再評価ブーム

海外、とくに欧米では2000年以降、クラシックなカクテルが再評価されるトレンドが起きている。「トレンド」には2つの流れがあって、現代の素材でクラシック・カクテルをできるだけ忠実に再現する試みと、クラシックなレシピを元に21世紀風のアレンジを加える「ツイスト・カクテル」へのチャレンジであるが、どちらも賑やかだ。

例えばオールド・ファッションドは、19世紀末に誕生した代表的なクラシック。ライ・ウイスキー(またはバーボン・ウイスキー)をベースに、アロマチック・ビターズ、角砂糖、氷、オレンジ・スライスなどというシンプルなレシピだから、アレンジもしやすい。ネグローニも、ジン、カンパリ、スイート・ベルモットという3つの材料のコンビネーションなので、バーテンダーの「ひと工夫」の余地が大きい。マティーニも、近年ではフルーツ系材料との組み合わせや、エスプレッソ・マティーニなど進化系が人気だ。

昔も今も不動の人気を誇るOld Fashioned

ほぼ半世紀、ランキングに変化ない日本

一方、日本はどうかと言えば、ここ30年ほど人気ランキングにほとんど変化はない。ベスト10では、ジン・トニック、ジン・リッキー、カシス・オレンジ、ソルティドッグ、ギムレット、モスコーミュール、マティーニ、アレキサンダー、マルガリータ、カルア・ミルク、サイドカー……は常連。スクリュードライバー、ジャックローズ、ブラディ・メアリー、レッドアイ、スプモーニ、モヒート、チャイナブルーなども時々顔を見せるが、20位くらいまでを見ると、基本ランキングに毎年ほとんど変化はない。

「30年ほど」と書いたが、1960年での調査(出典:「洋酒天国」第40号)でもほぼ似たような顔ぶれで、この半世紀以上、日本人のカクテルの嗜好は驚くほど変わっていない。カクテル名を見て分かるのは、アルコール度数も軽めで飲みやすいものが目立つことだ。

毎年、国内の数々のコンクールで星の数ほど創作カクテルが誕生しているが、残念ながら甘口系しかほぼ勝ち上がれない。優勝してもバーで定着することなく、数年で忘れ去られてしまう。戦後国内で生まれた創作カクテルで、今なお全国のバーで飲み継がれているのは、雪国、ソルクバーノ、キングスバリー、オーガスタセブンなど数えるほどしかない。

国際化とWEB情報の充実で変化の兆し

なぜ海外と日本でこれほど人気が異なるのか? 欧米では元々、クラシック・カクテル志向が強く、禁酒法という逆風もありながら、19世紀末から20世紀初頭に生まれたカクテルは根強く飲み継がれてきた。背景には、アルコール耐性が強い欧米人は度数の高い、辛口系カクテルも好むということもある。バーの現場では、歴史や先人の遺産を受け継いでいこうという文化がある。

米禁酒法時代の欧州で1922年に刊行された『Cocktails:How To Mix Them』(Robert Vermeire著)

一方で日本のバー業界では従来から、「カクテルは主に女性客が頼むので、甘口系で軽い方が喜ばれる」「そもそも、アルコールに強くない日本人には外国人が好む強いカクテルは向かない」という先入観もあった。なので、バーテンダーも客に軽くて甘口系のものを勧めがちだった(実際のバーの現場では辛口系を好む客の方が多いにもかかわらず……)。

そもそも、日本では第二次大戦中の空白もあり、1940年代以前のカクテルを紹介する文献が出回るようになったのは、戦後の60~70年代以降。クラシック・カクテルについての歴史的知識やレシピ情報が決定的に不足していた。

1950~60年代に出版された日本のカクテルブック

しかし近年は、古い時代の文献情報にも接しやすくなった。海外のバーテンダーとの交流も活発となり、海外でのカクテルコンペに挑戦する日本人も多くなった。インターネットの普及で、海外でのクラシック回帰の流れを伝える専門のWEBマガジンを直接読める機会も格段に増えた。おそらくは、日本の人気カクテル・ランキングも今後、様変わりしていくだろうが、欧米との「違い」が縮まっていくのか、それとも日本独自の変化を遂げていくのか、それはそれでとても興味深い。

この記事を書いた人

荒川 英二
荒川 英二https://plaza.rakuten.co.jp/pianobarez/
1954年生まれ。大阪・北新地のバーUK・オーナーバーテンダー、バー・エッセイスト。新聞社在職中から全国のバーを巡りながら、2004年以来、バー文化について自身のブログで発信。クラシック・カクテルの研究もライフワークとしてきた。2014年 の定年退職と同時に、長年の夢であった自らのバーをオープン。切り絵作家の故・成田一徹氏没後に出版されたバー切り絵作品集『NARITA ITTETSU to the BAR』では編者をつとめた。
荒川 英二
荒川 英二https://plaza.rakuten.co.jp/pianobarez/
1954年生まれ。大阪・北新地のバーUK・オーナーバーテンダー、バー・エッセイスト。新聞社在職中から全国のバーを巡りながら、2004年以来、バー文化について自身のブログで発信。クラシック・カクテルの研究もライフワークとしてきた。2014年 の定年退職と同時に、長年の夢であった自らのバーをオープン。切り絵作家の故・成田一徹氏没後に出版されたバー切り絵作品集『NARITA ITTETSU to the BAR』では編者をつとめた。