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蒸溜所探訪 Vol.1「スコットランド・ウルフバーン蒸溜所」

ここ数年来の世界的なクラフト蒸溜所ブームで、数多くの蒸溜所が新設・再建されています。スコットランドでも大小合わせて20を超える蒸溜所が誕生しています。その中で最も成功している蒸溜所のひとつが、メインランドの最北端の町・サーソーで2012年に創業したウルフバーンWolfburn蒸溜所です。

本島最北の蒸溜所

北緯58度35分。日本では樺太を越え、ロシア・カムチャッカ半島のつけ根辺り、アラスカ・アンカレッジ(61度)よりは少し南という位置です。風は強いですが、暖流の影響かその割には暖かく、11月でも普通のコートで問題なく過ごせます。

スコットランドの首都・エディンバラから車に乗り、多少寄り道をしてスペイサイドで一泊、翌夕方、ようやくサーソーの町に到着。実際は、12時間程度のドライブでした。道中はハイランド特有のワインディングロードですが、北海の素晴らしい景色を堪能でき、インスタ映えポイントも多く、それほど長時間とは感じません。

サーソーの町はロンドンから続く電車の終着駅で、まさに「最果ての地」と言えます。

ここからさらに車で10分ほど進むと、ウルフバーン蒸溜所が見えてきます。ここからはオークニー諸島をはっきりと望むことができ、島への玄関口であるスクラブスター港も眼下に見下ろすことができます。

すべてを手作業で

蒸溜所の施設は、一つの建物の中に集約されています。大変コンパクトで、日本の秩父蒸溜所に近い印象です。ほぼすべての設備はフォーサイス社製で、モルトミルはアラン・ルドック・エンジニアリング社製です。

1バッチの仕込は、大麦麦芽1.1tを使用しています。ステンレス製の発酵槽に得られた麦汁5100ℓ・ドライイースト5㎏を加え、平均75時間かけてアルコール分8~9%のもろみを得ます。発酵槽は4基あり、週の仕込回数は6~8回です。ストレート型の初溜釜5500ℓのキャパに対して5100ℓのもろみを投入し、4時間かけてアルコール21%の初溜液を得ます。バルジ型の再溜釜3600ℓのキャパに2900ℓを張り込み、本留分としてアルコール度数74~61%を取り出し、69.5~70.0%の本溜液を得ます。この際のカットは数字だけではなく、官能でも行っています。

ウルフバーン蒸溜所の年間生産量は、12万ℓ/PAと他の蒸溜所と比べて大変小規模です。最大規模であるマッカラン蒸溜所が1500万ℓ/PA、多くの蒸溜所が数百万ℓ/PAであることからもその規模が伺えます。これはすべてを手作業で行いたいとの考えからで、創業からの6年間、同じように生産し続けています。

明確なヴィジョンと強い意志

ウルフバーン蒸溜所のオーナーはアンドリュー・トンプソン氏。蒸溜所のあるサーソーの隣町・ウィック出身です。前職は変化が激しいテクノロジー関係の業界だったので、自分で全てを決められ(my decision)、伝統的な方法(traditional way)で、20年から30年後を見据えられる(longtime brand)仕事をしたいという思いから、地元でウイスキー造りを決心。そこには、町おこしや地元の雇用拡大などの考えも含まれています。

多くの新規蒸溜所が、ジン製造やボトラーズなどへの樽売りでランニングコストを稼いでいる中、シングルモルトのみを造り、販売して蒸溜所を維持・拡大していることに驚きを隠せません。それだけ当初からの計画がしっかりとなされていることの証といえるでしょう。実際、スタート時点からウイスキーと呼べるようになる3年後に商品として評価されるようなものを目指していたと思われます。

運命的な出会い

ウイスキー造りについては素人だったアンドリュー氏。全てを信頼して任せられる人物を探していたところ、グレンファークラス蒸溜所でマネージャーをしていたシェーン・フレーザー氏と出会います。グレンファークラス蒸溜所は数少ない家族経営の蒸溜所ですが、一日24時間・週7日フル稼働していたため、その生活に疲れていた時でした。新規の蒸溜所で新しいスタイル、自身が目指すウイスキーを造れる環境に惹かれ、シェーン氏は転職を決意。未知の土地に移り住みますが、ウイスキーを造ることには変わらないので不安はなかったようです。

「ウイスキーは簡単に造れそうだが、お金と経験者・知識knowledgeが必要」と自身の仕事に強い自信と信念を持っているシェーン氏。大手の蒸溜所が製造についてコンピューター管理しているのに対して、その日その時の状況を踏まえ、五感を駆使して造っています。まさに「traditional way」。氏は休みの日も含めて毎朝蒸溜所に来て、樽をチェックしています。「このウイスキーはわが子だから、当然だろ!」と、以前は車で10分程度のところに住んでいましたが、今は歩いてすぐのところに転居しています。

アンドリュー氏とシェーン氏の出会いがなければ、ここまでウルフバーンはうまくいっていなかったのではないでしょうか。お互いが求めていた条件に合った人物・仕事とタイミングよく出会う、奇跡的な出会いです。日本では鳥井さんと竹鶴さんの出会いが日本のウイスキー産業の礎となり、今日の世界的な評価へと続いています。約90年の月日が流れて、同じような出会いがあったのは大変興味深いですね。

FORTUNE FAVOURS THE BRAVE

ウルフバーンのモットー「勝利は勇敢な者にのみ訪れる」ですが、まさにアンドリュー氏そのものを指しています。ウイスキー産業は莫大な経費もかかり、また時間的にもリスクが多く、歴史的に多くの蒸溜所が短期間で閉鎖・休止に追い込まれています。ただブームで儲かりそうだと思って安易に参入すると痛い目にあう中、正確なヴィジョンと冷静な判断で任務を遂行する姿は、まさに「the brave」。今後もその強い意志と情熱で、素晴らしいウイスキーをリリースし続けてくれることでしょう。

今年、2019年のスコットランドツアーは「ハイランド・オークニー編」です。今回のレポートに登場したウルフバーン蒸溜所も訪問する予定です。こちらでは、今回のツアー用に特別ボトリングのウイスキーをご用意していただいております。ご興味がありましたら、是非ご一緒しませんか?

この記事を書いた人

谷嶋 元宏
谷嶋 元宏https://shuiku.jp/
1966年京都府生まれ。早稲田大学理工学部在学中よりカクテルや日本酒、モルトウイスキーに興味を持ち、バーや酒屋、蒸留所などを巡る。化粧品メーカー研究員、高校教員を経て、東京・神楽坂にバー「Fingal」を開店。2016年、日本の洋酒文化・バーライフの普及・啓蒙を推進する「酒育の会」を設立、現在に至る。JSA日本ソムリエ協会認定ソムリエ。
谷嶋 元宏
谷嶋 元宏https://shuiku.jp/
1966年京都府生まれ。早稲田大学理工学部在学中よりカクテルや日本酒、モルトウイスキーに興味を持ち、バーや酒屋、蒸留所などを巡る。化粧品メーカー研究員、高校教員を経て、東京・神楽坂にバー「Fingal」を開店。2016年、日本の洋酒文化・バーライフの普及・啓蒙を推進する「酒育の会」を設立、現在に至る。JSA日本ソムリエ協会認定ソムリエ。