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カクテル・ヒストリア第36回『似て非なるミリオン・ダラーとミリオネア』

「ミリオン・ダラー(Million Dollar)」 と 「ミリオネア(Millionaire)」。共に100~130年ほど前に誕生したと伝えられる有名なクラシック・カクテルだが、誕生の経緯について確実な記録は伝わっていない。そして、プロのバーテンダーでも時々、レシピを混同してしまう紛らわしいカクテルでもある。

共に卵白を使うレシピが主流に

まずは、この2つのカクテルの「現代の標準的なレシピ」を見てみよう(容量単位はml。スタイルはシェイク)。

Million Dollar=左=と Millionaire

【ミリオン・ダラー】ジン(45)、スイート・ベルモット(15)、パイナップル・ジュース(15)、グレナディン・シロップ2tsp、卵白1個分

【ミリオネア】は、ベースが違う3種類(ウイスキー・ベース、ラム・ベース、ジン・ベース)のものが伝わっている。

  • レシピ1=バーボン(またはライ)・ウイスキー(60)、ホワイト・キュラソー2dash、グレナディン・シロップ4dash、卵白1個分
  • レシピ2=ラム(15)、スロー・ジン(15)、アプリコット・ブランデー(15)、ライム・ジュース(15)、グレナディン・シロップ1dash
  • レシピ3=ジン(40)、ペルノー(またはアブサン)(20)、アニゼット1dash、卵白1個分

裏付ける一次資料が乏しい誕生の起源

「ミリオン・ダラー」については、「1894年頃、横浜・外国人居留地にあった横浜グランドホテルのバーで誕生した。考案者はカクテル『バンブー』を考案したことで知られる同ホテルの支配人&バーテンダー、ルイス・エッピンガー(Louis Eppinger)」というエピソードが紹介されることも多い。これを裏付ける文献史料は伝わっていないのだが、現代では、海外も含めて「エッピンガー考案説」を支持する見解がなぜか多数派だ。

Louis-Eppinger, 1900年頃?

一方、「百万長者」というめでたい名前を持つ「ミリオネア」も、「20世紀初め(1900~1910年代)に、英国で誕生した」と伝わる代表的な古典的なカクテルの一つだ。

著名なカクテル研究家のデヴィッド・ワンドリッチ(David Wondrich)氏は、「1925年までのある時期に(ロンドンの)リッツ・ホテル内のバーで考案された」(出典:http://www.esquire.com/food-drink/drinks/recipes/a3759/millionaire-drink-recipe/)と書いている。

The bar of Ritz Hotel, London

ワンドリッチ氏の見解については、パリの「ハリーズ・バー」の創業者、ハリー・マッケルホーン(Harry MacElhone)氏が自著『ABC of Mixing Cocktails』(1919年刊)のミリオネアの項で、「ロンドンのリッツ・ホテルのバーのレシピ(ウイスキー・ベース)が基になった」と付記していることからも、おそらくは、このリッツ・ホテルが誕生に深く関わっていたことはほぼ間違いない。後で紹介する欧米での初出文献が1908年であることからも、少なくとも1900年代後半には登場していたと考えるのが自然だろう。

ミリオン・ダラーもミリオネアも、外国航路の客船のバーテンダーや乗客などを通じて、少なくとも1920年代には、欧米やアジアなど幅広い地域でそれなりに普及した。

早い時期に幅広い地域で普及

エッピンガーが1894年に考案したというミリオン・ダラーのレシピは、残念ながら、ジンの銘柄や分量比なども含め伝わっていない。

現時点で確認できる、最も早い時期に活字となったミリオン・ダラーは、「1922年に、フィリピン・マニラの弁護士、J.A.ウォルフソン氏が地元紙に紹介した記事」(出典:英国のカクテル専門サイトDifford’s. Guide)で、レシピは、「ゴードン・ジン4分の3glass、パイナップル・ジュース6分の1glass、グレナディン・シロップ6分の1glass、卵白1個分」だという。

一方、「ミリオネア」は、米国で1908年に出版されたカクテルブック『Jack’s Manual』(ヤコブ・グロフスコ<Jacob Grohusko>著)で初めて活字となった。レシピはウイスキー・ベースで、「ライ・ウイスキー4分の3ジガー、キュラソー6dash、グレナディン・シロップ2dash、オレンジ・ビターズ1dash、卵白1個分」だ。

Jack’s Manual

しかしその後、ミリオネアはご存知のように、1910~30年代から、ウイスキー・ベース以外にも、ラム・ベースや、ジン・ベースなど複数の違うベースで創作されるようになる。なぜ様々なバリエーションが生まれていったのか、その理由はよく分からない(今後の私の研究課題だ)。

3つのベースが今なお共存するミリオネア

ご参考までに、ミリオン・ダラーとミリオネアについて、その後のレシピの変遷を欧米のカクテルブック上で少し見ておこう。

【ミリオン・ダラー】使っている材料の分量比は変われども、その後も、現代に至るまで「ジン、スイート・ベルモット、パイナップル・ジュース、グレナディン・シロップ、卵白」という5つの材料を使うという点では同じだ(唯一、1934年にフランスで出版された『The Artistry of Mixing Drinks』=フランク・マイヤー著=は、スイート・ベルモット抜きのレシピとなっている)。

【ミリオネア】現在に至るも、レシピはウイスキー・ベース派、ジン・ベース派、ラム・ベース派の3つに大きく分かれ、どれが主流という雰囲気ではない。カクテルブックによっては、複数のベースを収録しているものも少なくない。 

  • ウイスキー・ベース派 『ABC of Mixing Cocktail』(1919年刊)、『Mr. Boston Bartender’s Guide』(1940年刊)、『Booth’s Handbook of Cocktails』(1977年刊)、『The Bartender’s Bible』(1991年刊)ほか/・ジン・ベース派 『Waldorf-Astoria Bar Book』(1935年刊)/・ラム・ベース派 『How and When』(1937年刊)、『Vintage Spirits and Forgotten Cocktails』(2009年刊)
  • 2種収録(ジン・ベース、ラム・ベース) 『Recipes for Mixed Drinks』(1916年刊)、『The Savoy Cocktail Book』(1930年刊)ほか/(ウイスキー・ベース、ラム・ベース) 『Cocktail Bar』(1952年刊)ほか
  • 3種収録(ウイスキー・ベース、ジン・ベース、ラム・ベース) 『World Drinks and How To Mix Them』(1934年刊)、『Trader Vic’s Bartenders Guide』(1947年刊)、『Bartender’s Guide』(1970年刊)、『Complete World Bartender Guide』(2009年刊)ほか

以上のような歴史的な経緯もあって、欧米のバーでは現在でも、「ミリオネア」と言えば、この主な3種類のベースで提供されている。結局のところ、ミリオネアのレシピに関しては、どれが正しく、どれが間違いというものはなく、どの酒をベースにするかは、そのバーテンダーやお客様の好みによる部分が大きいのかもしれない。

日本におけるミリオン・ダラーとミリオネア

ミリオン・ダラーは、日本では1920年代にはすでにメジャーになっていたのか、当時のカクテルブックにも登場する(『カクテル製法秘訣』=中田政三著、1926年刊。レシピは、「ジン10分の2、パイナップル・ジュース10分の2、ホワイト・キュラソー10分の1、グレナディン・シロップ10分の1、ストロベリー・シロップ10分の1、卵白1個分」)。

『カクテル製法秘訣』でミリオン・ダラーが収録されたページ

中田氏はスイート・ベルモットを使わないレシピを採用しているが、日本ではその後はベルモットを使うレシピ、使わないレシピの二派に分かれるようになる。私の手元にある日本国内出版のカクテルブック約40冊で調べてみたら、約6割が「ベルモットを使う」、残り4割が「使わない」だったが、近年に絞ってみるとほぼ100%が「使う」派だった。

横浜グランドホテルは、1923年の関東大震災で大きな被害を受けたため廃業したが、同ホテル出身で、その後バー業界の重鎮となった浜田晶吾氏が、このミリオン・ダラーの普及に大いに貢献した。現在の横浜ニューグランド・ホテルは、直接横浜グランドホテルの流れをくむ訳ではないが、ホテル内のバーでは、ミリオン・ダラーは今日でもなお、定番の人気カクテルとなっている。

Yokohama Grand Hotel

一方、ミリオネアも日本には比較的早く、1920年代初めに伝わり、1924年<大正13年>刊の『コクテール』(前田米吉著)で早くも紹介された(レシピはウイスキー・ベースで、「ウイスキー3分の2オンス、グレナディン・シロップ3分の1オンス、キュラソー1dash、ガム・シロップ2dash、卵白1個分。シェイクした後、グラスに注ぎ、アブサン少々を加えてすすめる」)。

日本では当初、ウイスキー・ベースの方が主流だったが、現在のバー・シーンでは、ラム・ベースの方が比較的多くつくられているようだ(ただし、私のバーでは、米国で主流のウイスキー・ベースで提供している)。

この記事を書いた人

荒川 英二
荒川 英二https://plaza.rakuten.co.jp/pianobarez/
1954年生まれ。大阪・北新地のバーUK・オーナーバーテンダー、バー・エッセイスト。新聞社在職中から全国のバーを巡りながら、2004年以来、バー文化について自身のブログで発信。クラシック・カクテルの研究もライフワークとしてきた。2014年 の定年退職と同時に、長年の夢であった自らのバーをオープン。切り絵作家の故・成田一徹氏没後に出版されたバー切り絵作品集『NARITA ITTETSU to the BAR』では編者をつとめた。
荒川 英二
荒川 英二https://plaza.rakuten.co.jp/pianobarez/
1954年生まれ。大阪・北新地のバーUK・オーナーバーテンダー、バー・エッセイスト。新聞社在職中から全国のバーを巡りながら、2004年以来、バー文化について自身のブログで発信。クラシック・カクテルの研究もライフワークとしてきた。2014年 の定年退職と同時に、長年の夢であった自らのバーをオープン。切り絵作家の故・成田一徹氏没後に出版されたバー切り絵作品集『NARITA ITTETSU to the BAR』では編者をつとめた。