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カクテル・ヒストリア第35回『レシピは揺れても、生き残った 「ブルー・ムーン」』

「ブルー・ムーン(Blue Moon)」は、1910年代の米国のカクテルブックにはすでに登場する長い歴史を持つカクテル。現代の日本のオーセンティック・バーでも根強い人気を持つ。だが、誕生の経緯を巡る信憑性のあるストーリーはほとんど伝わっていない。

欧米の専門サイトでは、「欧州でのヴァイオレット・リキュール人気に目をつけて、1890年代、米国のメーカーが新たに、ニオイスミレを使った<クレーム・イヴェット(Crème Yvette)>という名のリキュールを発売。このリキュールを使った創作カクテルとして考案された」、あるいは「マンハッタンのレストラン・バー(あるいはホテル内のバー)で誕生した」などという説を紹介しているが、残念ながら裏付け資料は示されておらず、決定的なものではない。

「Blue Moon」とは、大気の状態で「ごく稀に月が青く見えること」を指し、転じて、英語では、「めったに起こらない」「きわめて稀な」ことの例えとして使われる。しかし、これが直接カクテル名の由来になったのかはよく分からない。

現在、日本での標準的なレシピは、「ジン(40ml)、ヴァイオレット・リキュール(15ml)、レモン・ジュース(15ml)、シェイク」と紹介されることが多いが、欧米のレシピは、誕生時から今日に至るまで揺れ続け、今なお様々なバージョンが登場している(※ヴァイオレット・リキュールは「クレーム・ド・ヴァイオレット、クレーム・イヴェットまたはパルフェ・タムール」という名で商品化されている)。

「ブルー・ムーン」のレシピが確認できる一番初期のものは、米国で1916年に出版された『Recipes for Mixed Drinks』(ヒューゴ・エンスリン=Hugo Ensslin著)というカクテルブック。そのレシピは「ジン(40)、フレンチ(ドライ)・ベルモット(20)、オレンジ・ビターズ1dash、クレーム・イヴェット1dash」で、ベルモットを使っている点など現代のレシピとは微妙に違う。

Recipes for Mixed-Drinks

欧米では、このエンスリンのレシピが一定の割合で受け継がれ、今なお採用するカクテルブックも少なくない。しかし一方で、以下のような様々なバージョンが、「現れては消え、消えては現れ」を繰り返している(単位はml)。

1.ジン、アニゼット(ハーブ系リキュール)、ペパーミント・リキュール(1920年代から)
【例】ジン(30)、アニゼット・リキュール(5)、ペパーミント・リキュール(5)(William Boothby著『World Drinks and How To Mix Them』 1934年刊)

2.ジン、ヴァイオレット・リキュール、レモン・ピール(1930年代から)
【例】ジン(45)、クレーム・イヴェット(23)、レモン・ピールしてそのまま沈める(『Mr. Boston Bartender’s Guide』 1935年刊)

3.ジン、マラスキーノ(サクランボのリキュール)、卵白(1940年代から)
【例】ジン(45)、マラスキーノ(15)、卵白(1個分)(Patrick G. Duffy著『The Official Mixer’s Manual』 1948年刊)

4.ジン、ブルー・キュラソー、レモン・ピール(1970年代後半から)
【例】ジン(45)、ブルー・キュラソー(23)、レモン・ピール(『Mr. Boston Bartender’s Guide』 1978年版)

5.ブルー・キュラソー、テキーラ、ウオッカ、レモネード(1980年代から)
【例】ブルー・キュラソー(40)、テキーラ(30)、ウオッカ(30)、レモネード適量(Hilary Walden著『Cocktails』 1983年刊)

日本での標準的なレシピとほぼ同じものが欧米のカクテルブックに登場するのは、確認した限りでは、1948年に出た『The Fine Art of Mixing Drinks』(デヴィッド・エンベリー<David Embury>著)が最初だ。同著でのレシピは分量比表記なので、「ml換算」してみると、「ジン80ml、ヴァイオレット・リキュール10ml、レモン・ジュース20ml」というもの(なお、エンベリーは「卵白を加えることもある」と付記している)。

Fine Art of Mixing Drinks

しかし、このエンベリーのレシピは日本とは違って、その後の欧米では「主流派」とはなり得ていない。1950年代以降のカクテルブックを見ても、採用されているのは数少ない(近年では、カクテル研究家のテッド・ヘイ氏の著書『Vintage Spirits and Forgotten Cocktails』=2009年刊=くらい)。現代の欧米では、「エンスリン・レシピ」「エンベリー・レシピ」「それ以外」の3種が群雄割拠している状態だ。

ちなみに、「それ以外」のレシピでは、

「テキーラ(20)、ブルー・キュラソー(10)、ガリアーノ(数dash)、生クリーム(40ml)」(Charles Schumann著 『American Bar』 2002年刊)、

「ウオッカ(20)、ブルー・キュラソー(15)、生クリーム(15)、ヴァニラ・シロップ(10)、オレンジ・ジュース(10)、コアントロー1tsp」(欧米の専門サイト「My Recipes.com」 2010年)などのように、奇抜で独創的なものが目立っている。

「ブルー・ムーン」は、日本には1920年代半ばに伝わったと考えられていて、1929年(昭和4年)に出版された秋山徳蔵氏(「天皇の料理番」として著名だった方)の2冊目の著書、『コクテール(混合酒調合法)』に初めて収録された。

しかし、そのレシピは初版では「ジン5分の3、ペパーミント・リキュール5分の2」、改訂版では「ジン10分の7、ヴァイオレット・リキュール10分の2、ペパーミント・リキュール10分の1」となっており、現代のものとは様相を異にしている(秋山氏が、欧米のどのカクテルブックを下敷きにしたのか、そのとも自ら考案したのかは分かっていない)。

25年後の1954年、『世界コクテール飲物辞典』(佐藤紅霞著)という本に再び「ブルー・ムーン」は登場したが、レシピはベルモットを使う「エンスリン・レシピ」だった。

現代の標準的なレシピがお目見えしたのは、1959年、間庭辰蔵氏が出版した『カクテルの本』が最初だ。そのレシピは「ドライジン2分の1、クレーム・ド・ヴァイオレット4分の1、レモン汁4分の1」と現代のレシピに近い。間庭氏がエンベリーの著書(1948年)を参考にしたことは間違いないだろう。 その後、このレシピは、木村与三男、今井清、福島勇三、浜田昌吾、福西英三ら日本カクテル界のそうそうたる重鎮たちの本でほぼ継承されてゆき、結果的に、日本では、この「エンベリー・レシピ」が定着することになった。

この記事を書いた人

荒川 英二
荒川 英二https://plaza.rakuten.co.jp/pianobarez/
1954年生まれ。大阪・北新地のバーUK・オーナーバーテンダー、バー・エッセイスト。新聞社在職中から全国のバーを巡りながら、2004年以来、バー文化について自身のブログで発信。クラシック・カクテルの研究もライフワークとしてきた。2014年 の定年退職と同時に、長年の夢であった自らのバーをオープン。切り絵作家の故・成田一徹氏没後に出版されたバー切り絵作品集『NARITA ITTETSU to the BAR』では編者をつとめた。
荒川 英二
荒川 英二https://plaza.rakuten.co.jp/pianobarez/
1954年生まれ。大阪・北新地のバーUK・オーナーバーテンダー、バー・エッセイスト。新聞社在職中から全国のバーを巡りながら、2004年以来、バー文化について自身のブログで発信。クラシック・カクテルの研究もライフワークとしてきた。2014年 の定年退職と同時に、長年の夢であった自らのバーをオープン。切り絵作家の故・成田一徹氏没後に出版されたバー切り絵作品集『NARITA ITTETSU to the BAR』では編者をつとめた。