フランスやイギリスなどヨーロッパでは、発泡酒であるシードルをはじめ、蒸留酒であるアップル・ブランデー、甘いリキュールなどさまざまなリンゴのお酒が数多く造られています。ブドウのお酒に比べてカジュアルに楽しまれていますが、その甘美なアロマは人を魅了してやみません。
今回はそんなリンゴのお酒の魅力を探ってみましょう!
シードルとは
シードルは、林檎を原料とした醸造酒です。
搾った林檎の果汁に含まれる糖分が、酵母の働きによってアルコールとなり、シードルが造られます。発泡性があるものや無発泡のもの、甘口や辛口、独特な香りを持つものや酸味の強いものなど、地域や製法によって、その味わいは様々です。
林檎は世界の多くの地域で栽培されている果物で、それを原料とするシードルも、多くの地域で造られています。
シードルの起源
そもそも林檎はどこで生まれたのでしょうか?
林檎は世界で最も古い果物の一つとも言われ、その故郷は現在の中央アジア・カザフスタン辺りだと言われています。
一万年以上前に、その地に自生していた林檎の種が人や動物の移動と共に世界各地に広がっていきました。
4000年前の中国や3000年前の古代バビロニアで接木と呼ばれる林檎の栽培技術があったとされていることから、この古い時代にすでに人による管理の下で林檎が生産されていたことがうかがえます。そうした人々の生活に林檎が寄り添う中で、シードルがいつ生まれたのかについては明らかにはされていません。
林檎は搾ってジュースにすれば果皮などに付着した酵母により自然と発酵し、お酒となるため、収穫した林檎を果汁にして保存しておく過程ですでに生まれていたとも考えられています。
シードルの語源
語源については、ヘブライ語で果実酒を指す「シェカール」がラテン語の「シケラ」となり、9世紀頃のスペイン・アストゥリアスではリンゴ酒を指すものとして定着しました。スペインではシドラ、フランスではシードル、イギリスではサイダーと呼ばれ各地の文化と共に独自の発展を遂げていきました。
シードルの個性
シードルの最も大きな魅力の一つは、その一つ一つの個性的な味わいにあります。
一つのジャンルとして、ひとくくりにしてしまうのに抵抗を感じてしまうくらい、様々な味わいのものがあります。林檎と聞いて甘いものだと想像していた人が辛口を飲めば、そのギャップから、まったくの別物に感じるでしょうし、あっさりとした日本のシードルしか飲んだことがない人がノルマンディやブルターニュのシードルを飲めば、その複雑な味わいにきっと驚くでしょう。
それぞれの独特な味わいの中に、地域の文化や習慣、造り手の想いを膨らませて飲むと、より一層シードルを楽しめるのではないでしょうか。
シードルの製法
ここではシードルの製法ステップを見てみましょう。
STEP1. 収穫
に花を咲かせた林檎の実は、秋ごろから冬にかけて熟期を迎え収穫されます。品種が違えばその収穫期も違い、生産者はその実りを果実に委ね見極めます。
STEP2. 破砕
収穫された林檎は洗浄され破砕されます。そのままでは固く果汁を搾れない林檎を原料とするシードルにとって、なくてはならない工程です。
STEP3. 搾汁
破砕した果肉をプレスして果汁にします。昔ながらの製法では、麻布に包み木枠にはめて上から板で押しつぶす方法が用いられます。その他、油圧プレスや遠心分離式など様々な搾汁方法があり、搾り方によっても味わいに差がでます。
STEP4. 発酵
果汁をタンクや樽に移します。果汁に含まれる糖分を餌として酵母による発酵が始まります。何も加えない自然の酵母を利用する生産者や、意図した発酵を促すため白ワインやシャンパン用の酵母を用いて発酵を行う生産者など様々です。
STEP5. 瓶詰め
発酵が終わるタイミングを見極め、瓶詰めされます。
瓶詰めのタイミングは生産者や商品により異なり、発酵途中のものを瓶に詰め、続きを瓶内で行うことによって微炭酸を得る田舎方式や、発酵終了後に糖分と酵母を追加し瓶内二次発酵させ、デゴルジュマン(澱引き)を行うシャンパーニュ方式、発酵後に炭酸ガスを注入するフォースカーボネーションなど様々な方法で行われます。
瓶詰め後、生産者の熟成庫でしばらくの熟成期間を経てから出荷されるものもあります。
世界のシードル
シードルの本場はどこか?と、よく聞かれることがあります。
陶器の器でガレットと共に楽しまれているフランス?
ボトルを高く掲げ、低く構えたグラスにダイナミックに注ぐ姿で知られるスペイン?
パブでビールのタップと並んで大きなパイントグラスに注がれているイギリス?
りんごが造られる多くの場所で古くから親しまれているシードルの本場を特定することは難しいかもしれません。しかし、その地の文化や歴史を反映するシードルは、それぞれがそのシードルの本場と言えるのではないでしょうか。
その国がどんな国か、どんな食べ物があるのか、どんな人達が住んでいるのだろうか、どんな歴史を歩んできたのか。素晴らしいシードルに出会ったとき、きっとその国の事がもっともっと知りたくなるはずです。
シードルの飲み方と各国の特徴
シードルに決まった飲み方はありません。
食前や乾杯の時でも、食事と一緒でも、食後のデザートやシードルだけでも、いつでも飲める気軽で人懐こいお酒がシードルです。とはいえ、国ごとにでも大まかな特徴をとらえておくとシードルを選ぶ際の参考になるでしょう。
◆フランス
北西部ブルターニュ地方とノルマンディ地方で主に生産されています。
キーヴィングという独自の製法により酵母の働きを抑制し、程よい甘さを残した果実味と果皮の渋さを感じさせるものが多いです。過熟した果肉の様なクセのあるシードルもチーズなどと相性が良いです。
◆スペイン
アストゥリアス、バスク、ガリシアなどスペインの北部で造られます。キレのあるビネガーの様な酸味をもつシドラ・ナチュラルを中心に、シャンパンの様にきめ細かな泡立ちのシドラ・スパークリング、りんごが濃縮された味わいのアイスシドラなど多彩。
熟練のエスカンシアドールと呼ばれる注ぎ手によって、高く掲げたボトルから勢いよくグラスに注がれ持ち味を引き出されたシドラは、煮込み料理や肉料理と最高の組み合わせ。
◆イギリス
世界最大のサイダー(シードル)マーケット。
イングランド南部のサマセット州やヘレフォード州、サフォーク州、ウェールズなどで造られます。ドライで爽やかな酸味、心地いい喉越しが特徴。ビールと並び、町場のパブなどで語らいのお供として親しまれます。揚げ物も良く合います。
◆アメリカ
17世紀頃のイギリス等からの移民によってリンゴが伝えられたと言われるアメリカのサイダーはドライでキレのある味わい。食用りんごも使用したフレッシュな味わいのものや、ベリーやアプリコット、ホップなども使用したユニークなスタイルが多いのもアメリカのサイダーの特徴。
◆日本
日本のシードルの歴史は浅く、明治初期に食用りんごがアメリカより伝わった後、青森の酒蔵によって初めて造られたと言われています。
その後幾度かシードルが市場に現れたものの強く根付くことはありませんでしたが、近年再び、りんごの名産地である長野や青森を中心に農家発信でワイナリーに醸造を委託したシードルや、ブリュワリーで造られたもの、そしてシードル専門の醸造所なども立ち上がり100を超えるブランドが誕生しています。
食用りんごを使用したフレッシュで清涼感のある繊細な国産シードルは料理を引き立てる最高のパートナーです。
現在日本では、200種以上の国内外のシードルを飲むことができます。それらはどれも個性的で素晴らしいものばかりです。それでも世界の数あるシードルのほんの一部にすぎません。
きっと、もっと驚くシードルとの出会いが私達を待っているでしょう。
奥深く、気さくなシードルの世界へようこそ。
文・藤井達郎
1980年群馬県生まれ。20代半ば、スコットランドの蒸留所を巡った際に、現地のパブでサイダーに出会ったことにより林檎のお酒に魅了される。2015年東京・神田にシードルとウイスキーの店「Eclipse first」を開店。フランスやスペイン、長野県や青森県などシードルの産地を巡り生産者との交流を深めている。