十数年前、ウイスキーの蒸留所を巡るために訪れたスコットランドのパブで飲んだ一杯のサイダーが、その後の僕の「シードルを探求する旅」第一歩だったように思います。
それまでは日本で、イギリスのコマーシャルブランドのボトルサイダーしか口にしたことが無かった僕にとって、エールなどのタップがズラリと並ぶカウンターに、サイダーのタップがともに立つ姿がとても新鮮に映りました。その時飲んだサイダーの爽やかな味わいの淡い印象と、「りんごのお酒も色々あるんだなぁ……」程度の漠然とした想いが僕の中に残り、好奇心という名の小さな灯をともしました。
帰国後間もなくサイダーが飲める場所を探すもたいした情報がつかめない中で、フランスのシードルを提供しているレストランを知り、さっそくそこを訪ねました。
りんごを原料として造られるお酒が、フランスとイギリス、そしてスペインで呼び方が違うことを知ったのも恥ずかしながらこの頃で、スコットランドで飲んだパイントグラスになみなみと注がれた姿を期待していた僕の前に出されたのは、ワイングラスにうやうやしく少量注がれた一杯でした(今にして思えば決して少量だったわけでもなく、大きなワイングラスとレストランの醸し出す緊張感に圧倒されていたこと、パイントグラスのイメージとの懸隔、一瞬で飲みほしてしまう程渇いた僕の喉がそう思わせた要因であることは言い訳できないのですが……笑)。
今までに感じたことのない香り、独特の渋味と酸味に対する違和感、こういうものなのだろうか……というかすかな疑問は少しずつシードルへの興味に形を変え、手に入るシードルを可能なかぎりかき集めてはテイスティングを重ねるようになりました。
そして2015年、シードルとウイスキーのお店「Bar&Sidreria Eclipse first」を東京神田にオープンしました。それ以来、ヨーロッパや国内のシードル醸造所や果樹園を訪ね、生産者と交流を深めています。世界で最も多く栽培されている果物の一つであり、その殆どの地域で造られているシードルは土地の風土、歴史、文化や習慣、そして人々の営みに触れることができます。シードルを飲んで世界を旅したような、そんな気持ちに少しだけさせてくれるのです。
スコットランドのパブで出会った一杯のサイダーは、僕を世界のシードル産地を巡る旅へいざないました。
と、ここまで書いといてその一杯はなんだったのかというと、実は全く覚えていません。
書いているうちに思い出すかと思いましたが、思い出さないうちにどうやら文字制限のようです。劇的な出会いがあったわけでも、衝撃的な一杯を飲んだわけでもない、ほんの少しの好奇心。シードル産地を巡る旅の始まりはそれで充分でした。何かを始めるときは大抵そんなものかもしれませんね。
「The Long Cider journey」では、シードル産地を巡る旅のレポートやシードルについての様々な事をお伝えしていきたいと思います。
それではまた次回。