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カクテル・ヒストリア第13回『カクテル「マウント・フジ」の誕生背景と3つのレシピ+欧米レシピ?』

「マウント・フジ」はもちろん日本を代表する名峰。海外でも知名度は抜群だ。そして、その名も「マウント・フジ」という国内ではそこそこ有名なカクテルがあるが、なぜか1920~30年代に誕生したという3つのレシピが現在伝わっている。

マウント・フジ

帝国ホテル インペリアル・バーでのレシピ

一番有名なのは、帝国ホテルのインペリアル・バーで誕生したもので、現在でも同ホテルの看板カクテルだ。

旧帝国ホテル(開業当時の絵はがき)

レシピは

  • ジン(45ml)
  • レモン・ジュース(15ml)
  • マラスキーノ・リキュール1teaspoon(以下tspと略)
  • パイナップル・ジュース1tsp
  • シロップ1tsp
  • 卵白(1個分)
  • 生クリーム2tsp
  • マラスキーノ・チェリー(飾り)

という複雑な材料からなる。

同ホテルのHPでは、「1924年(大正13年)、当時増えてきた日本を訪れる外国人観光客をもてなすために考案された」と紹介されているが、近年の研究で、誕生時期は少し遡り1922~23年頃で、考案者については、当時帝国ホテルの支配人から依頼されたチーフ・バーテンダーの大阪登章氏だったことが分かってきた

出典:洋酒文化の歴史的考察「帝国ホテルのマウント・フジ」=WEBマガジン「Food Watch Japan」=https://www.foodwatch.jp =での石倉一雄氏による連載

日本バーテンダー協会のレシピ

もう一つの「マウント・フジ」は、1933年(昭和8年)、スペイン・マドリードで開かれた国際カクテルコンクールに、日本バーテンダー協会(当時JBA、後にNBA)が出品したもの。(レシピは細かい部分で二転三転し)

現行レシピでは

  • ホワイト・ラム(20ml)
  • スイート・ベルモット(40ml)
  • レモン・ジュース2tsp
  • オレンジ・ビターズ1dash

残念ながら現在、日本での知名度は帝国ホテル版には及ばない。

箱根・富士屋ホテルのレシピ

最後3つ目の「マウント・フジ」は、1937年(昭和12年)、有名な箱根・富士屋ホテル内にある「酒場」(昭和50年代からは「バー・ヴィクトリア」と改称)で生まれた。

富士屋ホテル・バー「ヴィクトリア」

レシピは

  • ジン(25ml)
  • パイナップル・ジュース(40ml)
  • レモン・ジュース(10ml)
  • マラスキーノ・リキュール1tsp
  • シロップ1tsp
  • 卵白(半個分)

というシンプルなもの。

帝国ホテルとの違いは、マラスキーノ・チェリーと生クリームの有無。なぜ富士屋ホテルにも「マウント・フジ」というオリジナル・カクテルがあるのか? 単にホテル名に「富士」があるからなのか?

その理由は、富士屋ホテルの二代目社長・山口正造の経歴に答えがある。

山口正造によるアレンジ

山口は初代帝国ホテルの建物が火災で焼失した直後の1922年6月、帝国ホテルの臨時支配人に招聘された(すなわち「帝国ホテル版」に登場する「当時の支配人」とは、山口正造なのだ!)。

山口はわずか10カ月で富士屋ホテルに戻るが、「帝国ホテル版マウント・フジ」考案でもリーダーシップをとったという自負もあり、「帝国ホテル版」を簡略化したレシピにアレンジして、自らのホテル・バーの看板カクテルにしたらしい。

ちなみに、「マウント・フジ」は日本ではとても有名なカクテルなので、当然、欧米のカクテルブックにも紹介されているのかと思われがちだが、実はほとんどない。現時点で調べた限りでは、「コンプリート・ワールド・バーテンダー・ガイド(Complete World Bartender Guide)」(Bob Sennett編、2003年刊)くらいだ(ちなみに「帝国ホテル」レシピです。他の洋書での収録例をご存知の方は、ぜひご教示ください)。

欧米では日本酒を使ったレシピ・・・?

ところが、現在欧米のカクテル専門サイトでは、とても不思議な事実に出合う。

「Mount Fuji Cocktail」で検索してヒットすると、そのほとんどは

  • Japanese Sake(日本酒)45ml
  • Sweet&Sour Mix【※末尾注ご参照】45ml
  • Orange Liqueur 2tsp(シェイクまたはステア)
  • 飾り=Lemon Slice & Maraschino cherry

という日本ではまったく知られていないレシピのカクテルである。
出典:drinkmixer.com/drink9742.html ほか多数

この日本酒ベースの「マウント・フジ」、2010年頃から欧米の専門サイトを席巻し始めたが、考案者はJanin Sayunという素性不明の米国カリフォルニア州在住の女性。大変よくできたレシピのカクテルだとは思うが、日本人としては、やはり帝国ホテル版(または富士屋ホテル版)の「マウント・フジ」が、「名峰」と同じくらい世界中で知られる存在になってほしいと願う。

そのためにも、国際的な発信力をもっと強くすることが日本のバー業界の課題かもしれない。

【※注】
レモン・ジュースにシロップを加えたリキュールまたはドリンク。カクテルによく利用される。欧米では一般的なリキュール(またはシロップ)として、大手のローズ社など様々な商品が販売されている。

【おことわり】
この項の執筆にあたっては、洋酒ライター・石倉一雄氏のFood Watch Japanでの連載「赤くなかった“赤富士”」(2012年2~4月)「帝国ホテルのマウント・フジ」(2013年2~6月)から貴重な情報を数多く頂戴いたしました。この場をかりて心から感謝申し上げます。

この記事を書いた人

荒川 英二
荒川 英二https://plaza.rakuten.co.jp/pianobarez/
1954年生まれ。大阪・北新地のバーUK・オーナーバーテンダー、バー・エッセイスト。新聞社在職中から全国のバーを巡りながら、2004年以来、バー文化について自身のブログで発信。クラシック・カクテルの研究もライフワークとしてきた。2014年 の定年退職と同時に、長年の夢であった自らのバーをオープン。切り絵作家の故・成田一徹氏没後に出版されたバー切り絵作品集『NARITA ITTETSU to the BAR』では編者をつとめた。
荒川 英二
荒川 英二https://plaza.rakuten.co.jp/pianobarez/
1954年生まれ。大阪・北新地のバーUK・オーナーバーテンダー、バー・エッセイスト。新聞社在職中から全国のバーを巡りながら、2004年以来、バー文化について自身のブログで発信。クラシック・カクテルの研究もライフワークとしてきた。2014年 の定年退職と同時に、長年の夢であった自らのバーをオープン。切り絵作家の故・成田一徹氏没後に出版されたバー切り絵作品集『NARITA ITTETSU to the BAR』では編者をつとめた。