独りで飲み屋に入って、テーブルに案内される時ほど味気ないものはない。テーブルだと、正面が無人であることを意識せざるをえないからだろう。
2人ならテーブルがいいかというと、それもやはりつまらないと思う。
テーブルを挟んで向き合う構図は、警察の取り調べを連想させる。
実際、刑事と容疑者は向き合って座る。これはアメリカの心理学者スティンザーが、集団の観察から編み出した「スティンザー効果」と呼ばれるもので、向き合って座る構図は相手に対して圧迫感を与え、意
見の対立や敵対関係を招きやすいとされる。万一相手が攻撃してきても、テーブルが我が身を防いでくれるという利点もあるけれど。
反対に、相手に親密さを感じているとか、これから仲良くなりたいと思う相手なら、カウンターに並んで座るのがよい。相手の気配や体温を隣で感じつつ、同じ景色を眺めて話をすれば、自然となごむだろう。
カウンターで思い出すのは、映画「駅 STATION」のワンシーンだ。北海道の小さな居酒屋で、高倉健演じる元警官がカウンターで呑んでいる。外は雪、年の暮れでほかに客もいない。女将はのれんをしまい、 男の隣に座る。
つけっぱなしのテレビでは、歌番組をやっている。八代亜紀が「舟唄」を歌い始めた。差しつ差されつ、2人は黙って歌を聴く。
お酒はぬるめの燗がいい
肴はあぶったイカでいい
女は無口なひとがいい
灯りはぼんやり灯りゃいい…
夜は更け、雪は静かに降り積む。つっかけを脱いで椅子に女座りをし、男にもたれかかる女将。これもカウンターだからこそ、絵になるのである。
とまりぎ、という言葉がある。鳥が止まれるように渡した横木をこう呼ぶ。横木=バー、の連想から、カウンターが「止まり木」と呼ばれ、やがて酒場そのものを指す言葉になった。
長い旅のあと、鳥が羽を休めるように、人もカウンターに座るとき、いろんな荷物を降ろして少し優しい顔になることだろう。
画像:“The Half King bar” (https://flic.kr/p/7g4jhT) by James Cridland.CC-BY-NC 2.0