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コラムウイスキーコラム日本に新しいウイスキー時代...

日本に新しいウイスキー時代を創造できるか ~造り手への期待と要望~

文:嶋谷幸雄

日本のウイスキー市場はスコッチより長い二十数年の低迷期を経て、今ルネッサンスともいわれる活性期に入っている。消費はまだピーク時の半分にも達していないが、ジャパニーズウイスキーとしての高評価もあってクラフト蒸溜所がこの所日本の北から南まで増え続けている。

長期の低迷の中で苦闘を続けてきた一人として現在の状況は長いトンネルの先に見た光のようにまぶしく、悪夢から覚めた心地になる。待ち望んだ喜ばしい状況として大いに歓迎すべきものと思っている。

今、私達は日本のウイスキー市場の将来を造り手として真剣に考えなければならない。このルネッサンスといわれる勢いを一過性のブームに終わらせてはならない。ジャパニーズウイスキーを育ててきた企業・蒸溜所と、新しく参入するクラフト蒸溜所が長期の高い志をもって切磋琢磨し、ジャパニーズウイスキーというカテゴリーをより強固に確立して欲しい。

日本のウイスキーが世界で高い評価を受けているのはidentity(特性)とdiversity(多様性)を持つに至ったことであり、それは以下の要因によるものであろう。

(1)創業者の高い志と挑戦力

(2)伝統に学び、それを超えるための研究・技術開発の継続

(3)何度かの危機を日本独特の対策で乗り越えてきた

(4)日本の豊かな自然

(5)飲み手の繊細で鋭い感性

ウイスキーの造りには以下のような他の酒類と異なった特性がある。

(1)工程が多く品質を左右する要因が多い

(2)蒸溜直後のニューポット時点での品質予想が難しい

(3)小容量の樽が必要

(4)長い貯蔵年数が必要で、蒸発量が多い

従って経験、技術、技能で品質に大きな差が生まれることとコストがかかることになる。早期の利益への期待は逆効果になる。

以上の論点からこれからのウイスキーの造り手に対し期待を込めて私は以下のことを要望したい。 


1. ウイスキーの本質を知り、自分が育て上げたい理想像を持つ

2. 立地・設備・原料・各工程を詳細に学び、先ずは伝統の技術・技能を忠実に手にする。愚直なまでの繰り返し・観察・データ取りをする辛抱強さが必要

3. 2によって自分の蒸溜所の個性が見えてくる。それまでは製造条件を変えない。短期に条件を変えると品質の要因が見えてこない

4. ウイスキーは育てるものという意識で貯蔵中の熟成の進みをじっくり待つ力が必要

5. 欠点・欠陥を個性・特性と勘違いしない。原料や工程の欠陥から生まれる酒質の不良を見抜く力と原因を除く能力をつける

6. 自分の育てたウイスキー(半製品も含む)の品質には絶対的な責任を持つ

7. 日本のウイスキー造りの先輩が百年近くかけて創り上げてきたジャパニーズウイスキーの名声を引き継いでいるという自負を持つ


ウイスキーの造り手として私は創業者の鳥井信治郎と二代目佐治敬三から学んだ信条は、「高い志」「継続は力」「深は新なり」であり、必須な能力として「強い挑戦力」「待つ、耐える力」「細部にこだわる緻密さと粘り」である。

日米のプロ野球で活躍されたイチロー選手も次のように述べている。

「何か自分の目標を持って、それに到達するのは遠回りしかない。近道を見つけたいと思うけど、それはない。一歩ずつ近づいていくのが唯一の方法である。」

嶋谷幸雄

1932年大阪府生まれ。
大阪大学大学院工学研究科修了(醗酵工学)。
1956年寿屋(現・サントリー)入社。山崎研究
所所長・白州蒸溜所初代工場長・山崎蒸溜所工場長などを歴任。
2005~2012年洋酒技術研究会会長を務める。
一般社団法人「酒育の会」相談役。

この記事を書いた人

谷嶋 元宏
谷嶋 元宏https://shuiku.jp/
1966年京都府生まれ。早稲田大学理工学部在学中よりカクテルや日本酒、モルトウイスキーに興味を持ち、バーや酒屋、蒸留所などを巡る。化粧品メーカー研究員、高校教員を経て、東京・神楽坂にバー「Fingal」を開店。2016年、日本の洋酒文化・バーライフの普及・啓蒙を推進する「酒育の会」を設立、現在に至る。JSA日本ソムリエ協会認定ソムリエ。
谷嶋 元宏
谷嶋 元宏https://shuiku.jp/
1966年京都府生まれ。早稲田大学理工学部在学中よりカクテルや日本酒、モルトウイスキーに興味を持ち、バーや酒屋、蒸留所などを巡る。化粧品メーカー研究員、高校教員を経て、東京・神楽坂にバー「Fingal」を開店。2016年、日本の洋酒文化・バーライフの普及・啓蒙を推進する「酒育の会」を設立、現在に至る。JSA日本ソムリエ協会認定ソムリエ。