「メキシコに住んでいたのですか?」店を訪れた方から、頻繁にそう聞かれる。窮屈そうにひしめく酒瓶は400に届こうとしているが、その全てがテキーラ。ウイスキーもジンも無いバーなんて、確かに違和感を覚えざるを得ない。でも残念ながら、メキシコには住むはおろか、開店当時には、足を踏み入れたことすらなかった。
テキーラとの出会いは、遡ること十数年。今でこそ「ゆっくり味わって!」と声高に叫んでいるが、当時は、私も、テキーラに対して間違ったイメージを抱いていた。一気飲みする、酔うためのお酒だと。その認識を変えてくれたのが、一杯のテキーラだった。
耐え難いストレスに苛まれたある夜。いわゆる「ヤケ酒」のために、やさぐれた気持ちでバーへ向かい、初めて、自分の意思でテキーラをオーダーした。ショットグラスにライムつきで供される、見慣れた光景。躊躇なくライムを一齧りし、液体を、ぽいっと喉の奥に流し込む。その後に訪れる、テキーラ特有の(と思っていた)クセを覚悟しながら。…けれど、それは拍子抜けするほど穏やかで、鼻から抜ける芳香は甘く、爽やかで。そこから、味わいを確かめるべく、杯を重ねた。気がつけば、ストレスなんか彼方に消え去り、代わりに心の中にはテキーラへの恋心が小さく灯っていた。
そして、その恋心が燃え上がったのは、翌朝のこと。しこたま飲んだのに、爽快な目覚め。美味しくて、心がスッキリして、翌日の体調も万全! こんな素晴らしいお酒をみんなが知らないなんて、ものすごく勿体ないんじゃないか? もっと普及しなければ! これが、メキシコに住んでいなかった私が、100%アガベテキーラ専門のバーを開店するに至った所以である。