ジャパニーズウイスキーの需要拡大を受けて、日本全国に広がるクラフトディスティラリーの数々。この特集では、ウイスキーの基準として知られる熟成3年間を節目とし、各蒸留所の現状と、育ってきた原酒のキャラクター、そして今後の狙いや実現したイハウススタイル等を、関係者へのインタビューを通じてまとめていきます。
第一回は富山県の三郎丸蒸留所です。前編では同蒸留所における2017年のリニューアル前後の原酒のキャラクターの違いに焦点を当てつつ、今年3年の熟成を迎える原酒と、リニューアル前の原酒との比較テイスティングを行いました。
後編では、引き続き蒸留所責任者の稲垣貴彦さんと、ウイスキーブロガーのくりりんさんを交え、2017年のリニューアル後に蒸留所に導入された設備や、アイディアの効果と狙い、そして蒸留所の今後のプランやリリース予定のシングルモルトを紹介していきます。
「比較テイスティング用に、2018年、2019年、2020年仕込みのニューメイクを4種用意出来ました。2020年は、原料に用いたピートがスコットランド本土のものとアイラ島のものとで2種類の仕込みが行われているため、ニューメイクも2つあります。まずは2018年からテイスティングしていきましょう。」
「2018年は、三宅製作所製のマッシュタンを導入しています。安定した仕込みが出来るようになり、香味の面でも大きな効果があったと感じています。」
「2017年のニューメイクに比べて、ピートフレーバーがフレッシュというか……、ヘビーな酒質であることは変わらないのですが、フレーバーの骨格がはっきりしたように思います。」
「麦芽風味や酸味もしっかり感じられますね。この効果はマッシュタンの違いによるものということでしょうか。」
「2017年まで三郎丸蒸留所で使われていたマッシュタンは、通常のものに比べて細長い形状で、濾過性能も低く、その影響から麦芽をウイスキー製造において最適と言える粉砕比率で使えていませんでした。4.5:4.5;1なんて前代未聞です(笑)。三宅製作所のマッシュタンを導入し、最適な麦芽の粉砕比率での糖化に加え、各種制御を自動化できたことで、麦芽の持つフレーバーを最大限引き出すことが出来るようになったことが大きいと思います。」
「マッシュタンの導入にあたり、何か決め手になったことはあるのでしょうか」
「実はとあるBARで飲んでいたところ、たまたま三宅製作所の三宅さんとお会いして、自分の考え、求めているものを相談出来たことから動いた話でした。そう言う意味ではお酒が繋いだ縁と言えるかもしれません。」
「愛好家サイドの視点としては、2018年のニューメイクで三郎丸蒸留所に対する印象が一気に変わったように思います。と言うのも、リニューアル前の三郎丸蒸留所の酒質は、控えめに言っても評価されていませんでした。一部では酷評されていたと言っても過言ではありません。そのため、リニューアルを経たとはいえ“あの”三郎丸でしょ?という声も実際あったわけですが、認識を改めるには十分すぎるインパクトでした。」
「一方、評価されてきたところで蒸留器の交換、それも世界初の鋳造ポットスチルZEMON(ゼモン)の開発・導入が翌年2019年に行われるわけですが、相当大きなチャレンジではないでしょうか。」
「確かにそうですが、元々ポットスチルの交換はタイミングが合えばと考えていました。思いつきで行ったわけではなく、世界でも有数の梵鐘メーカーである老子(おいご)製作所に相談したところ出来るだろうと。小型の蒸留器を試作して、蒸留されたスピリッツの成分分析により、通常の銅製ポットスチルと同様以上の効果があるという確証を得たうえで導入しました。試作開発には3年弱ほどかかっています。また、富山県は高岡銅器が有名で、三郎丸蒸留所の看板や既存商品の外箱等のデザインにも銅器の模様を取り入れていました。そのため、ポットスチルも出来れば県内で造られたものを導入したいと考えていたので、狙い通りの効果が得られて安心しています。」
「そうはいっても、ここまでドラスティックな決定はなかなかできません。狙うスタイルから大きく変わってしまう可能性もあるわけですから。スチルの設計をするうえで、留意した点等はあるのでしょうか」
「一つは、元のスチルの特徴であるラインアームの短さです。この点は三郎丸のハウススタイルである厚みのある酒質に寄与するものとして、新しいスチルにも反映しています。また、ネックも同様の効果を狙い、太く、短く設計しています。最大の特徴とも言える材質や製法による効果としては、溶かした金属を砂の型に流して成型するため、スチルの内側は従来のポットスチルとは異なり細かい凹凸があります。表面積が増加し、触媒反応が多く起こることが期待できるだけでなく、銅と錫の合金という金属の性質上、酒質がまろやかになり、熱が外に逃げにくいので、少ないエネルギーで蒸留をコントロールできるようになるなど、メリットも多数得られています。」
「仕込みとしては、乳酸発酵にも取り組み始めたのがこの年からですよね。」
「ええ、2019年の仕込みは発酵槽がすべて金属なので乳酸菌が住み着いてはいませんがある工夫をおこなって乳酸菌発酵を促進していました、酵母はエールイーストとディスティラリーイーストを使用し、約90時間、4日間発酵を行っています。さらに、2020年は発酵槽の1つを木桶に変更し、蒸留前の24時間を木桶で発酵させることにより乳酸発酵が効果的に行われるようにしました。」
「なるほど。2019年のニューメイクをベンチマークとすると、2018年とはポットスチルの違い、2020年とでは発酵槽の違いが感じられると言えそうですね。それではそれぞれの年のニューメイクを同時にテイスティングしてみましょう。」
「2020年、2019年のニューメイクは2018年に比べて酸が強く、パイナップルや柑橘系を思わせる要素がありますね。2018年のほうがピート香は強く感じられるのですが、奥に多少ネガティブな要素があり、比較するとそれが目立ってしまう。一方で、2020年はそれが上手く消えていて、クリアな中に麦の旨みと軽い香ばしさ、フルーティーな酸、そしてピートフレーバーがしっかりと感じられます。」
「成分分析をすると、基本的にはすべて許容範囲内ではあるのですが、2018年、2019年はネガティブな要素に直結していると思われる、フーゼルとアルデヒドの量が2020年より多く、一方で2020年はくりりんさんの言うパイナップルや柑橘の香味、つまりエステルですね、あるいは好ましい要素に直結していると考えられる成分も増加しています。乳酸エチルは2019年と2020年は同量で、2018年の約3倍。酢酸エチルやフェネチルアルコール、フルフラール等の成分は2018<2019<2020で増加する結果となりました。」
「蒸留器などの設備は入れ替えると酒質が安定するまで多少時間がかかると聞きます。やはり2019年はその影響もあったと。そして2020年は前年のノウハウを踏まえて安定した蒸留と木桶発酵槽による効果が出るようになったと。」
「乳酸発酵による効果はしっかりと出ている一方で、蒸留器についてはカットポイントや温度などの各種調整が難しかったですね。今年はマッシュタン、ポットスチルZEMON、そして木桶発酵槽による乳酸発酵の効果、これまでの集大成とも言える仕込みが出来たと思います。」
「現時点での素性はかなり良いと思いますが、これらの原酒の成長が楽しみです。一方で、今年はもう一つニューポットがあります。2種類の麦芽を使ってそれぞれ仕込みが行われたということでしょうか。」
「2020年は2種類の麦芽を使って仕込みが行われています。これまで、三郎丸蒸留所で使ってきたピーテッド麦芽は、スコットランド本土のピートで仕込まれたものでした。ですが、本土のピートとアイラ島のピートでは成分が異なっており、アイラモルトの代表的な特徴と言えるヨードや薬品香、潮気を含む独特のスモーキーフレーバーは得られません。また、アイラ島のピートは大手ブランドが採掘量のほとんどを抑えているため、新たにピーテッド麦芽を調達することは極めて難しい状況にあります。ですが三郎丸蒸留所は仕込みの量が少ないので、我々が必要とする量であればと、今年スコットランドに行った際に運よく調達することが出来ました。」
「内陸のものに比べて複雑さのある味わい、多少塩気も伴うようなピートフレーバーですね。少し金属質のような感じもあり、ラガヴーリンにも似た仕上がりだと思います。」
「余韻にかけてのスモーキーさ、フレーバーの広がり方が特徴的であるように思います。三郎丸蒸留所に限らず、内陸のピートを使ったものは若いうちはピートフレーバーが乖離する感じがあるのですが、これは酒質に馴染んで一体となって広がっていく感覚があります。」
「アイラピートに含まれている成分が、繋ぎの役割を果たすのかもしれませんね。この原酒が熟成を経てどのように変化していくのか、非常に興味深いです。ところで、アイラピートが45PPMというのは何か意味があるのでしょうか。」
「モルトスター側の話では、アイラ島のピートだけではこれ以上のフェノール値にすることがむつかしいのだそうです。ピートフレーバーは、モルティングの乾燥工程で、水分が麦芽から抜けていく際に付与されます。本土のピートと島のピート、構成の違いから何か影響があるのかもしれません。」
「三郎丸蒸留所としては、今後は本土のピート、アイラ島のピート、両方での仕込みを行っていくのでしょうか。」
「2021年以降の計画は正式に決まっていませんが、今回は酵母に焦点をあてて設備の改修を行いたいと思っています。その上で麦芽についてはアイラピートを主体に仕込んでいこうと考えています。」
「本土のピーテッドモルトは仕込まないのでしょうか。これはこれで完成度が高いと思うのですが。」
「三郎丸蒸留所の年間仕込み量は限られているので、どちらかになってしまいます。また、元々の個性を活かしつつ、日本でアイラモルトに通じる原酒を作りたいと考えていたので、アイラ島のピートが確保できるうちはアイラピートでいくつもりです。」
「他の日本の蒸留所を見ても、知っている限りアイラピートの仕込みは三郎丸だけですし、差別化する意味でも良いかもしれませんね。」
「とはいえ、毎年原酒の熟成状況を見ながら仕込みでの調整は行うので、同じことをやっていく訳ではありません。シングルモルト以外では、ブレンデッドでもリリースを増やしていきたいですし、そのためには樽の種類を増やして原酒の幅も広げていくつもりです。」
「樽はどのような種類があるのでしょうか。」
「バーボン、シェリー、ワイン、そして富山県産のミズナラを使ったミズナラ樽や、若鶴酒造という日本酒メーカーならではの樽も増やしていくつもりです。地場で樽づくりもおこなっていますのでバリエーション豊かな樽が実現できると思います」
「改めて振り返っても、年々これだけのバージョンアップを行った蒸留所はありません。酒質が洗練され、目標とする形に向かっているのが、今日の対談を通じて伝わってきました。長くなってしまいましたが、最後に11月リリース予定のシングルモルト三郎丸ゼロ The fool について教えてください。まず、ファーストではなく“ゼロ”とした経緯何かあるのでしょうか。」
「三郎丸蒸留所は2017年に大幅なリニューアル工事を行い生まれ変わりました。しかし蒸留所としては半世紀以上の歴史があり、一部その設備を引き継いだ状態でした。またリニューアルも2020年まで段階的に行っていることから、新生・三郎丸のファーストリリースではなく、ゼロという位置付けです。」
「なるほど。ラベルにはタロットの愚者が描かれていますが、こちらについては。」
「愚者のカードに書かれた人物は、思うところに従い、自由に進むという意味があります。谷嶋さんがすごい行動力とおっしゃられていましたが、2020年までの三郎丸蒸留所のアップデートや原酒づくりは、まさに自分で考え、思った通りに行ってきました。愚者のカードは上を向いて空想的で周囲に注意を払ってないのもポイントです(笑)。」
「稲垣さんを見ていて愚か者、という感じはしないのですが、なぜThe Foolなのかは気になっていました。カードの意味を聞くと納得できますね。愚者は崖の上を歩いていますが、崖から落ちて現実に引き戻されるか、空へと飛び立っていくのか・・・是非後者であってほしいです。原酒構成はバーボン樽でしょうか。」
「バーボン樽のバッティングで、48%に加水調整しています。少ないながらカスクストレングスの仕様もリリースされます。」
「本来なら3年熟成はスタートラインで、未熟なものも少なくありません。しかし今回テイスティングさせていただいた2017年蒸留のバーボン樽原酒の状況なら、バッティングや加水でバランスはとれつつ、ピーティーでオイリーな酒質といった、三郎丸らしいキャラクターが楽しめる1本となるのではないでしょうか。」
「発売が楽しみですね。日本だけでなく、世界が驚くようなウイスキーを期待しています。さて、蒸留所のリニューアルと、年度事の原酒の変化、そして次期リリースである三郎丸ゼロについて、今回は非常に内容の濃い対談になったと思います。また、このシリーズは今後も継続して他の蒸留所についても紹介していきたいですが、我々の企画の最初の一歩として大きな後押しももらえたと思います。」
「こうして自分が関わったウイスキーの感想を頂けるのは嬉しいことですし、勉強にもなります。特にニューメイクを比較してのご意見というのは、タイミングが合わなければ中々いただけません。蒸留所として各種イベントに加えて一口樽オーナー制度や見学会などを通じ、愛好家の皆様の意見も頂きつつ、富山県、三郎丸ならではのウイスキーづくりを続けていきたいですね。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、我々も活動は制限されている部分はありますが、是非三郎丸蒸留所の、若鶴酒造のウイスキーを手に取っていただき、蒸留所にも足を運んでいただけたら幸いです。」
稲垣さん、本日はありがとうございました。
取材協力
稲垣 貴彦
若鶴酒造株式会社 取締役
三郎丸蒸留所 ブレンダー&マネジャー
世界初鋳造ポットスチルZEMON発明者(特許第6721917号)
三郎丸蒸留所
北陸唯一のウイスキー蒸留所。また、日本で唯一、ヘビーピート麦芽のみのウイスキーを仕込む蒸留所でもあり、1952年の製造開始以来、連綿と受け継がれてきた製法・材料を生かし、ウイスキーづくりを行っている。
→三郎丸蒸留所WEBサイト