ウイスキーブームの到来。いや、再来と書くべきでしょうか。その圧倒的な追い風を受けて、現在日本の各地には多くのウイスキー蒸留所が建設され、稼働を開始しています。21世紀の日本におけるウイスキーブームの始まりを、竹鶴政孝氏をモデルとしたTVドラマの放送(2014年)からと定義した場合、2014年時点で9箇所だったウイスキー蒸留所の数が、2019年末時点で24ヵ所、計画段階のものを含めると、その数は3倍以上にもなります。
ウイスキーづくりは蒸留所が完成してから始まるものですが、実態としては蒸留所の設計、完成後の調整、改修、そして原酒そのものの熟成による成長と、絶えず変化していくものです。そしてその成長を、ゼロからリアルタイムで経験できることは、現代に生きる我々愛好家だけの特権とも言えます。
ブームの初期に建設計画が動き出した蒸留所からは、スコッチウイスキーの基準に倣って“ウイスキー”となる、3年熟成の原酒がリリースされ始めています。
各蒸留所のニューメイクは日本の環境の中でどのように成長したのか。そして蒸留所の現在、今後作り出すハウススタイルは如何に。本企画ではシリーズとして、成長を続ける日本のクラフトウイスキー蒸留所にスポットライトを当て、各蒸留所の現在を酒育の会代表の谷嶋が、ウイスキーブロガーのくりりんさんを交え、蒸留所関係者へのインタビューと、原酒のテイスティングを通じて、その現在と将来の展望を紹介していきます。
「第一回は、富山県は若鶴酒造株式会社が操業する、三郎丸蒸留所です。三郎丸という名前を知らない人もいるかもしれませんが、若鶴酒造は、知る人ぞ知る老舗のクラフトウイスキーメーカーです。」
「サンシャインウイスキーですね。2017年にクラウドファンディングを活用した大規模リニューアルで注目を集めたため、新興蒸留所の一つと認識されているケースもあると思いますが、蒸留所としての創業は1950年まで遡ります。国内で半世紀以上にわたりウイスキー蒸留を継続しているのは、大手2社と三郎丸蒸留所だけという老舗のウイスキーメーカーなんですね。」
「一方で、半世紀にわたる伝統がありながら、そこに頼らず2019年には世界初となる鋳造製ポットスチルを開発・導入するなど、革新的な取り組みも行っている蒸留所です。今日はその三郎丸蒸留所から稲垣貴彦マネージャーにお越しいただきました。2017年のリニューアルを起点として、リニューアル前後の違い、今年で3年熟成となる原酒の状況や、これまでの取り組みと今後の予定等、お話いただければと思います。」
「今日はよろしくお願いします。」
「稲垣さんは2016年、リニューアル前の三郎丸蒸留所に就任され、蒸留設備のリニューアルからウイスキー造り、リリースの企画まで、蒸留所の総責任者とも言える立場で関わられています。リニューアル前の三郎丸蒸留所はどんな蒸留所だったのでしょうか。」
「当時の三郎丸蒸留所は旧式というか、現在のウイスキー業界では常識と言えるような設備がなく。あるいはなぜこの設備なのかも定かではない環境でウイスキーづくりが行われていました。代表的なのはポットスチルとマッシュタンで、ポットスチルは銅製ではなくステンレス製でしたし、マッシュタンは通常ウイスキー造りに用いられるものより縦に長い設計であったため、ハスク、グリッツ、フラワーの比率を4.5:4.5:1と、最適とされる比率(2:7:1)から大きく変えなければ濾過が上手くいかない課題を抱えていました。」
「それは特殊ですね。どのような影響があったのでしょうか」
「一概には言い切れませんが、三郎丸蒸留所の特徴とも言えるピーティーなフレーバーが抜けてしまっていたり、未熟香に直結する成分が強く残る等、原酒の品質も安定していなかったように思います。当時のニューメイクはありませんが、1994年蒸留の原酒をお持ちしたので、まずは飲んでみてください。」
「熟成20年オーバーということで、樽感や酒質のまろやかさはあるのですが、溶剤っぽさというか、ピートとは違う焦げ感、独特のフレーバーがありますね。これがステンレススチルで蒸留したため残ってしまったものの残滓でしょう。スモーキーフレーバーもそこまで強くないように思います。ピートはどの程度使われているのでしょうか。」
「50PPMです。若鶴酒造のウイスキー造りは、ヘビーピート麦芽を一貫して使い続けていますが、リニューアル前の原酒は、その強みを活かせていなかったように思います。蒸留所のリニューアルを計画するにあたっては、伝統的に続けてきた若鶴酒造のウイスキー造りの中から、何を残して何を更新するのか、取捨選択をする必要がありました。」
「その一つがヘビーピーテッド麦芽というわけですね。確かに原酒がピーテッド仕様のみというのは、日本では三郎丸蒸留所だけです。一方で、熟成感も特徴的であるように思います。高温多湿な日本で20年も熟成されると、普通はもっと樽が強く出てしまいますので。」
「富山県の気候もあるのだと思いますが、若鶴酒造では一部の樽を日本酒用の酒粕を保管するスペースで貯蔵していました。ここは1年間を通して空調が入っており、夏場でも30度を超えず、温度変化がスコットランドのように緩やかだったことが影響しているのではないかと考えられます。」
「一部のメーカーでは熟成庫の温度管理をしていますが、クラフト蒸留所が行っていたというのは面白いですね。」
「偶然だと思いますが(笑)。これも三郎丸蒸留所の特徴と言えるものですので、リニューアル後は通常の熟成環境と、空調環境のもの、2つを併用して原酒の仕上がりに幅を持たせるようにしています。」
「改修工事にあたって、その資金調達のために実施したクラウドファンディングではトータル3,850万円という投資を集め、ウイスキー業界でも大きな話題となりました。主に改修されたのはどの箇所でしょうか。」
「まず蒸留所となっていた母屋の全面的な改修です。非常に老朽化していたのと、見学スペースの確保も同時に行いました。設備としては、ポットスチルと麦芽の粉砕機を新たに調達しています。そのほかの設備については、段階的に見直すこととして、母屋の改修の際に設備配置を作業動線に合わせて機能的にしました。」
「リニューアル前のウイスキー造りの風景は、まるで密造時代かと思えるほどの手作り感でした。ただしポットスチルは、2017年時点では完全に新しくしたわけではありませんでしたよね。」
「はい、元々あったステンレスのスチルのネックから先、熱交換器の部分までを銅製にしました。窯の部分はステンレスのままですが、触媒反応は液体が気化した後に強く起こるため、充分な効果が得られたのです。」
「形状が特殊ですね。また、この1基だけで蒸留しているのでしょうか。」
「2018年までは1基で初留と再留を行っています。なので、1バッチの麦芽500キロの仕込みは1週間で予定を組み、この日は発酵、この日は初留という感じで回していきます。蒸留器はラインアームが非常に短いのが特徴で、これは元々のデザインを踏襲しています。一見するとラインアームに見える部分は、実はネックから1mないところで熱交換器、つまり冷却用のシェルアンドチューブコンデンサが横向きに入っていて、そこからワームタブに接続されています。リニューアル前の原酒はネガティブな部分を除くと、ピートフレーバーと重みのある酒質が特徴的で、その個性を残したいと考えていました。」
「リニューアル直後の三郎丸蒸留所を見学し、ニューメイクも飲ませてもらいましたが、ピートフレーバーの傾向は異なるものの、オイリーでしっかりとヘビーな、まるでラガヴーリンを思わせるような酒質が印象的でした。多少粗削りな部分もありましたが、熟成を経てどう成長していくかが非常に楽しみになったのを覚えています。」
「今年で3年熟成を迎える2017年蒸留のバーボン樽熟成原酒をお持ちしました。リニューアル前のものと比べ、熟成年数は違いますが、飲み比べて頂ければと思います。」
「確かに、発酵臭のようなネガティブな部分が少なくなり、麦芽や樽由来の甘さや香ばしさ、何よりしっかりとしたピートフレーバーや重みのある酒質が感じられます。この原酒の熟成場所は常温でしょうか。」
「常温です。ポットスチルのあるスペースの隣にある熟成スペースで3年間保管しました。ですので、しっかりと樽の影響が出ていると思います。」
「若さに由来する部分はありますが、麦芽風味に混じる梅や柑橘を思わせる酸味もアクセントになっていると思います。また、ニューメイクでは少し野暮ったく感じたオイリーさは、樽感と混じって丁度いい塩梅になってきています。」
「ありがとうございます。自分としても、当時の全力を尽くして仕込んだ原酒なので、思い入れもあります。しかし2017年は設備的に改善の余地が残されていたのも事実です。」
「そして2018年にはマッシュタンを交換。2019年は鋳造ポットスチルZEMON(ゼモン)を開発し、2020年は木製発酵槽とアイラピート麦芽の導入。原酒の成長だけでなく、年々新しい取り組みが行われていくわけですね。また、設備の改修以外では、既存の原酒と輸入原酒を使ってのブレンデッドづくり、クラフト初のスモーキーなハイボール缶のリリースなどもありましたね。」
「缶ハイボールは自分が飲みたいときに直ぐ飲めるように、と言う自分本位な動機でしたが(笑)。富山駅中の売店等でも販売されていて、旅行のお供にすることも出来ます。おかげさまで販売本数は20万本を突破しました。また、2019年には熟成庫も新たに1つ新設しています。当初から予定していたものと、条件が合致して偶然導入出来たものとがあり、すべて最初から考えていたわけではありませんが、結果的に2020年で一つの区切りとなる地点までくることが出来ました。」
「すごい行動力ですね。2018年から2020年までの段階的な設備の更新が、原酒にどのような影響を与えたのか、実に興味深いです。今日はその2018年から2020年まで、1年毎にリリースされているニューメイクを用意出来ました。それぞれの違いにフォーカスし、違いや稲垣さんの狙いがどこにあるのか、意見を頂きながら紐解いていければと思います。また、11月上旬にリリース予定の三郎丸ゼロThe Foolについてもお話を伺えればと思います。」
次回、【後編】では2017年のリニューアル後に蒸留所に導入された設備や、アイディアの効果と狙い、そして蒸留所の今後のプランやリリース予定のシングルモルトを紹介していきます。
取材協力
稲垣 貴彦
若鶴酒造株式会社 取締役
三郎丸蒸留所 ブレンダー&マネジャー
世界初鋳造ポットスチルZEMON発明者(特許第6721917号)
三郎丸蒸留所
北陸唯一のウイスキー蒸留所。また、日本で唯一、ヘビーピート麦芽のみのウイスキーを仕込む蒸留所でもあり、1952年の製造開始以来、連綿と受け継がれてきた製法・材料を生かし、ウイスキーづくりを行っている。
→三郎丸蒸留所WEBサイト