看板商品のリニューアルと新ブランドの登場
ニッカウヰスキー(アサヒビール)から、6年ぶりとなる新ブランド「ニッカ・セッション」が発売されました。また、遡ること約半年前には、看板商品となっている「竹鶴ピュアモルト」の大幅なリニューアルが行われており、今年はニッカウヰスキーからブレンデッドモルトウイスキーの新商品が2銘柄リリースされています。
今回のコラムでは、この2銘柄に焦点を当てつつ、そのルーツとも言えるリニューアル前の竹鶴ピュアモルト(以下、「旧竹鶴ピュアモルト」と表記)との飲み比べも行い、ニッカウヰスキーが目指す新しいウイスキーのキャラクターを探っていきます。
ブレンデッドモルトウイスキーは、読んで字のごとくモルト原酒100%で構成される、ブレンデッドウイスキーです。
竹鶴ピュアモルトの原酒構成は余市蒸溜所と宮城峡蒸溜所のモルト原酒で、飲みやすさとモルトの個性、重厚さとの両立を目指し、ニッカ・セッションは 「こうあるべき」という先入観に捕らわれず、これまでにない新しいウイスキーをつくることをテーマに、これら2蒸溜所に加えてスコットランド産のモルト原酒(主にベンネヴィス蒸溜所)をブレンド。飲みやすいだけでなく、様々な原酒の個性が織りなす多層的な味わいが、複数の演奏者による異なるメロディーの融合をイメージしてブレンドされています。
飲んでみると、使用できる原酒に制限のある中で、両銘柄とも各原酒のフレーバーが調和し、破綻せず、若さも目立たない飲みやすい仕上がりとなっています。
竹鶴ピュアモルトは厚みのある口当たりから、力強くほのかに香ばしさを伴うバランスの取れたモルティーさが、ニッカ・セッションは軽やかな香り立ちで、品の良いモルティーさと特徴的なフルーティーさがあり、余韻にかけてはどちらもピートフレーバーがスモーキーかつビターに全体を引き締めています。グレーン原酒を使わずモルト原酒だけのブレンドをまとめるのは難しいのですが、ニッカウヰスキーがこれまでのリリースを通じ、培ってきたノウハウやプロの技術を感じる仕上がりとも言えます。
ニッカウヰスキーとベンネヴィス蒸溜所
2銘柄に共通するフレーバーをもたらしているのが、力強く男性的な特徴を持つ余市と、ソフトで柔らかい女性的な宮城峡の原酒です。この2蒸溜所については改めて紹介する必要はないでしょう。一方、両リリースを語る上で避けて通れないのが、もう一つの蒸溜所・ベンネヴィスです。
ベンネヴィス蒸溜所は1825年に創業した歴史ある蒸溜所ですが、1970年代後半から1980年代にかけてはスコッチウイスキー業界全体の不調の影響を受け、操業休止と再稼働を繰り返していました。
1989年、休止状態にあった同蒸溜所をニッカウヰスキーが買収。以降その原酒は、ニッカウヰスキーのブランドを陰に陽に支える重要な基盤の一つとなっていきます。
なお、蒸溜所の再稼働にあたっては、発酵槽をはじめ一部設備を改修するとともに、ビジターセンターもオープンする等、近年のベンネヴィス蒸溜所の基礎が構築されています。
この時、責任者として指揮を執り、後に同蒸溜所の会長ともなるのが故竹鶴威氏です。 そのためベンネヴィス蒸溜所には、余市、宮城峡同様に“竹鶴のDNA”が備わっていると言っても過言ではなく、同氏が逝去された際にはその功績を称えるリリースがあったことからも、繋がりの深さが伺えます。
新ブランドのルーツ「竹鶴ピュアモルト旧ボトル」
さて、ニッカ・セッションはともかく、竹鶴ピュアモルトを語る上でベンネヴィス蒸溜所なのかというと、お察しの方も多いとは思いますが、「旧竹鶴ピュアモルトには、ベンネヴィス蒸溜所の原酒が使われている」という、愛好家の間で知られる“噂”に関連しています。
この件について公式の情報はなく、噂の域を出ないまま旧竹鶴ピュアモルトは生産終了となりました。故に断定は避けますが、個人的な印象としては使われていてもおかしくないなと。再稼働後のベンネヴィス蒸溜所は、ケミカル様なフルーティーさが特徴で、同様のフレーバーが旧竹鶴ピュアモルトからも感じられるためです。
これは、余市蒸溜所や宮城峡蒸溜所の原酒には無い個性であるとともに、新たにリリースされた竹鶴ピュアモルトにはなく、一方でニッカ・セッションの中核を担うフレーバーとなっています。
賛否含め意見は様々にあると思いますが、“竹鶴のDNA”を持つ蒸溜所の原酒であれば、ニッカウヰスキーのキーモルトとなる資格は備わっていると私は考えています。また、純粋に美味しさを追及するならば、ひとつの国や蒸溜所に拘る必要はなく、そのメーカーだから造れる組み合わせでウイスキーをリリースしてほしいとも。
そして噂の域を出なかった3蒸溜所の組み合わせは、ベンネヴィス蒸溜所の再稼働から約30年、あるいは竹鶴ピュアモルトブランドが誕生してから約20年の時を経て、ニッカ・セッションとして初めて公式にリリースされることとなりました。
ベンネヴィスらしい特徴を備えたフルーティーさ、繋ぎとなる宮城峡モルトのソフトな口当たり、余市モルトの存在感のあるピートフレーバーが余韻にかけて感じられる、まさに三味一体の仕上がりです。
一方、竹鶴ピュアモルトはどうかというと、こちらもリニューアルを機に大きくレシピを変えて、余市蒸溜所のモルトの個性がはっきりと感じられるようになりました。旧竹鶴ピュアモルトのソフトで特徴的なフルーティーさ、ピートフレーバーは控えめで、余市と宮城峡では後者の比率が高かったと感じられるレシピとは異なる構成が、新たにリリースされた2銘柄との違いでもあります。
ニッカウヰスキーが紡ぐ新時代のキャラクター
最後に、ブレンドによって作られた香味の全体的な方向性を見てみると、今回のリリースにはもうひとつ変化が見られるようにも感じています。
それは樽感の変化です。かつてニッカウヰスキーのリリースは、その多くに新樽やリメード樽に由来するチャーオーク系の色濃いフレーバーがあり、一部愛好家からはニッカウヰスキーを象徴するものともされていました。
ところが2015年のラインナップ整理以降、このフレーバーは控えめとなり、新樽表記があっても色合いはライトで、プレーンでバニリックな樽香が主体となっていきます。今回紹介する竹鶴ピュアモルト、及びニッカ・セッションも例に漏れず、それは見た目の違いからも感じ取ることが出来ます。
こうした変化には心情的に喪失感を伴いますが、樽香がプレーン寄りとなったことで、モルト由来の香味が分かりやすく、また近年のウイスキーのトレンドでもある、ハイボールにもマッチしやすくなるなど、新たに得られた魅力もあります。実際、ニッカ・セッションはその特性を活かしてハイボールが推奨されています。
20年前、旧竹鶴ピュアモルトのリリースは、ウイスキー消費低迷を打開するための新しいチャレンジの一つでした。そしてウイスキーブームが起こり、2020年に生産者の置かれた状況、消費者側の意識も大きく変わる中で誕生したのが、竹鶴ピュアモルトとニッカ・セッションです。ブレンデッドモルトとして同じルーツを持つ2つの銘柄には、前者は伝統、後者は革新、ニッカウヰスキーが目指す次世代のプレミアムウヰスキー像が垣間見えるようにも感じられます。
なお、ニッカウヰスキーは2015年から原酒の増産や設備投資に着手しており、2017年以降は2015年比で約180%の原酒増産を行うなど、需要拡大への対応と原酒不足の解消に向けて動いていることが、リリースと同時に発表されています。 状況が直ちに改善されるものではありませんが、増産された原酒を用いた新しい取り組みが今後行われていくのでしょう。両銘柄をベースに構築される新しいブランドやリリースも、楽しみにしています。