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酒類のおいしさの科学6:水にも季節がある?水割りで変わる香気成分

猛暑もなんとか乗り越え、今年は秋らしい陽気が続いています。ところで秋らしさって何で感じていますか?

温度や湿度、陽の長さ、それとも秋ビールでしょうか。異常気象とはいえ日本の生活の中では四季があり、季節感を求め食事をすることが多いのではないでしょうか。あまり知られていない、季節で変動する水のおいしさの要因について考えてみましょう。

都会でも水が変わる

我々の生命の源とも言える水は、多くが水道をひねれば得られます。実は水道水は季節で硬度が大きく変化するのです。つまり軟水器(浄水器のことではない)を通さない水は季節変動し、調理や抽出に用いると味や香りが変わってきてしまうのです。

東京都で言えば、利根川/荒川水系の河川水が供給源です。東側では金町浄水場などが有名です。水道局が硬度を公開していますので見てみましょう。

※クリックで拡大

令和元年の年間平均硬度は68.1 mg/Lです。フランスのナチュラルミネラルウォーターであるボルビックの硬度が60mg/Lですので、それより少し硬いものを飲んでいたようです。ちなみにクリスタルガイザー(シャスタ水源)の硬度は38mg/Lです。

あなたのお住いの水の硬度はどのくらいでしょうか? 関西や北海道はこれよりも軟水傾向が、沿岸部や火山灰の多い地域や九州・沖縄の方は硬水傾向があります。親しんだ水の違いはやはり旅行をすると感じることが多く、ストレスになることもあります。

さて話を季節に戻すと、注目すべきは4~6月と1~3月の硬度の差が30 mg/Lもあるということです。ボルビックとクリスタルガイザーの差以上に異なってくるということです。もし、この市販の水の差を感じる方は、ぜひお水にこだわってみましょう。

季節を示す水

なぜこのような差が出るのかというと、都内の水は河川の表流水が多く、4~6月に雨量が多いからです。ではミネラルはどのように水に供給されるのでしょうか?

雨は二酸化炭素が含まれるため弱酸性です。これが地表に落ちることでカルシウム化合物やマグネシウム化合物、その他ミネラルを効率よく溶かし込み、硬度(カルシウム、マグネシウム)が増します。他にも、積雪は雪解け水となり河川や、山側の地層をゆっくりと浸透し、数ヶ月からときには何年もかかり我々のもとに届きます。このときにどの程度ミネラルを含有するか、はたまた雨水等で薄められるかが水道の硬度変化に繋がります。まさに水は季節を反映しているのです。

前置きがすごく長くなりましたが、水の硬度が異なれば酒の微生物の発酵の仕方、原酒の割り水が変わってしまいますので、いわゆる「灘の宮水」「マザーウォーター」の重要性を示唆しているのです。

店舗ではお冷からはじまり、水割りにお湯割り、氷、自宅で作る炭酸水などにも水質が関わってきます。軟水であれば味や香りに大きな変化はもたらさないため割材には万能かと思います。水垢が残りにくいというのもグラス等を磨くお店には副次的な効果があるかもしれません。

最近では全国どこでも安定したコーヒーを提供するために、硬度コントロールができる軟水器を導入してドリップしたコーヒーをコンビニが販売しています。こだわった料理店やラーメン店、清涼飲料水、酒類製造メーカーでも品質安定のため水質コントロールをしているところが大半です。ただ、ほとんどが軟水一辺倒であることは否めません。

硬水を使う

このように軟水信仰的な面が日本にはありますが、最近では硬水(エビアン程度まで)にも見直しがあるのです。硬水は水の味(塩味やカルシウム受容体による感覚)が強く加わるため、少し軽い感じや、厚みが足りないと感じるときに思い切って使ってみるのも手なのです。

例えば、調理で言えば硬度が程よく高いエビアンと、緑茶や畜肉系のスープが官能評価で好ましく感じる事例が多いのです。ボディ感の足りないときのコーヒーなどの抽出にもおすすめです。

畜肉スープはカルシウムなどのミネラルがタンパク質などをうまく溶かしてくれる効果や、硬水のpHが比較的アルカリ性であるためアミノ酸やイノシン酸を抽出しやすいのです。寒い季節真っ盛りの都内の1~3月の水の硬度は高いですから、肉や魚介の鍋物をやるときには知らぬ間に良い組み合わせになっているのかもしれませんね。

もちろん水割りや氷にも大きな違いをもたらしてくれます。蒸留酒のミネラルはほとんどありません(樽・加水時の水のミネラルのみ)から、少しミネラルが加わるだけでも新しい味の要素が加わりますので、全く異なる風味の感覚になります。

水割りで変わる揮発性香気成分

さて、硬水はpHが比較的アルカリ性ということをちらっと申し上げましたが、pHが異なれば水割りをしたときに揮発する香気成分も変わるということです。

つまり、酸の香りのする発酵由来の揮発性有機酸を多く含む醸造酒を蒸留したもの(例:黒糖焼酎、ラム、樽由来の酸味をもつもの、サワーマッシュ製法ウイスキー……)は硬水で割ることで酸が中和し、不揮発性化合物となることで酸のにおいが和らぎます。もちろん、その香りや味が良いから飲むワケですから、いい塩梅を見つけてもらうのが良いでしょう。

これからの季節はお湯割りも恋しくなります。今宵の酒は硬水割りが面白そうですね。

この記事を書いた人

高橋 貴洋
高橋 貴洋http://www.mikaku.jp/
㈱味香り戦略研究所 所属。古典音楽が現代でも楽譜で伝承されると同様に、食品の分析を通じ「食譜」の構築を手掛ける。味覚や嗅覚のセミナー等を通じ、メディア・企業などにおいしさを科学的に解説している。
高橋 貴洋
高橋 貴洋http://www.mikaku.jp/
㈱味香り戦略研究所 所属。古典音楽が現代でも楽譜で伝承されると同様に、食品の分析を通じ「食譜」の構築を手掛ける。味覚や嗅覚のセミナー等を通じ、メディア・企業などにおいしさを科学的に解説している。