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究極のジントニックを作る:①ジンの香気分析『スタンダードジンとクラフトジンを比べてみる』

あっという間に広がった感のある国産ジン。少し気を抜いたら数え切れないほど銘柄が乱立しました。なかなかBarに足を運べない昨今、ブームに置いていかれた気がするのは私だけではないと思います(笑)。

今回から私の仕事である「おいしさの数値化」を交えて、ジンやトニックウォーター、そして王道のカクテル、ジントニックについて語っていこうと思います。「究極のジントニック」なんて大それたテーマですが、早めに断っておくとそんなものはこの世に存在しません。最終的には個人の嗜好性、体調、その場の環境などによってベストというものは変わるため、「今の自分のための理想のジントニックを作るヒント」を機器分析から探るのが本題です。

今までのジンと新しいジンは違うのか?

さて、スタンダードなジンとクラフトジンは一体どんな特徴の違いを持っているのでしょうか?
そもそもそんなに変わらないのか?
22種のジンの「揮発性香気成分」を分析し、検出された種々の香気成分の類似性から分類を行ってみました。

ざっと調べると、なんと300種以上の化合物がありました。ここで1つ1つにおいを確認すると膨大な時間がかかります。そこでにおいのする化合物を適宜ピックアップし、階層クラスタ分析という簡単に似た者同士を分類する統計手法を行うと図1のようになります。

※クリックで拡大

図1:香気成分の階層クラスタ分析による分類
※Ward法(標準化、ユークリッド距離)
※LDG:ロンドンドライジン

初めてこの樹形図を見る方は数学アレルギーが出そうですが、家系図のように思ってみてもらうと良く、一番左のどんどん細かく枝分かれした近接の銘柄が「類似の香気成分バランスのジン」です。例えば一番上から3つの銘柄、ビーフィーター、ブードルズ、ボンベイ(サファイヤではない)は同じ分類になっていますから、似た香気成分であることが予測されます。ただこの分類方法も1つの結果にすぎず、完璧では無いため様々な解析処理をしてさらに最適化し、分類していく作業が必要となってきます。今回の計算の結果では簡単に一番右の大きな山から2つに別れ、下の方はクラフトジンと呼ばれる銘柄が多く集まり、「今までにない独特の風味を持つグループ」が分類されたと思います。それだけ個性的な香気成分が含まれているともいえるでしょう。

このようにクラフトジンの登場によりジャンルの幅(今回で言えば独特のにおいのバランスのもの)が一気に広がると、今まで消費者が感じていたちょっとした銘柄の差が陳腐化してしまいます。つまりもっとはっきりと商品間の差を付けないと差別化ができなくなり、ジン製品の共倒れが起きてしまうことになります。

もしかしたらクラフトジンの登場によってビーフィーター、ゴードン、タンカレー、ボンベイサファイアなどのスタンダードジンが肩を並べるバックバーも珍しい風景になってしまうのかもしれません。現にメーカーも黙って商品が売れ続けるとは思っていないでしょうから、ボトルリニューアルや中身の調製、度数の変更などが施されます。ガラリと風味が変わり、廃盤ボトルを買い集めなければならない苦労をされた方もいるでしょう。

スタンダードジンでさえもリニューアル

ではトップブランドのひとつ「ゴードンドライ・ジン」を詳しく見てみましょう。記憶が正しければ3-4年ほど前にゴードンドライ・ジンはニューボトルとなり仕様の変更となりましたが、これをベースにしたジントニックをメニューとしている店舗も多いことでしょう。どのような製品変更になっているのでしょうか?

共通する香気成分

↑図2:3商品のベン図

↑図3:3商品の共通香気成分バランス
※クリックで拡大

図3には「3商品の共通する香気成分」を示しています。ここに示されている化合物は嫌なにおいを矯臭する効果のあるものも確認できます。日本でジンが流行しているのは、ジビエやアジア料理の臭いのクセのある食べ物の流行も関連しているのかもしれませんね。話を戻すと、共通した化合物の比較でもニューボトルは香りのバランスが異なりそうです。

各ボトルにしか含まれない香気成分

↓表1:ゴードンニューボトルにのみ検出された香気成分

香気成分においの質
サビネンハーブ、コショウ、テレピン、木材
α-テルピネンベリー、レモン、木

↓表2:ゴードン旧ボトル40%にのみ検出された香気成分

香気成分においの質
ターピノレン松、プラスチック、甘い
ミルテナールスパイス

↓表3:ゴードン旧ボトル47.3%にのみ検出された香気成分

香気成分においの質
α-クベベンハーブ、ワックス、木材
γ-ムウロレンハーブ、スパイス、木材
ゲルマクレンDスパイス、木材
α-セリネン木材
エレオフィリン木材
δ-カジノールハーブ、スパイス
キュベノール緑茶、ハーブ、スパイス、わかめ
ムウロロール-Tハーブ、弱いスパイス

私が20年前、それこそ二十歳になりたての頃、バーテンダースクールで初めて手にしたのもゴードンでした。初回に作るのはサントリーライムを使ったギムレット。「ああ、ジンは一生飲めないな」と思いながらも(今や取り越し苦労となりましたが)、自主練用に同じものを買って帰り、寡黙な父親に見せると「おお、懐かしいなぁ」と目を見開き、手にとっていたのを覚えています。

ブランドのリニューアルは、やはり時代の流れに沿って受け入れなくてはならないことです。同じような原料が常に自然界にあるわけでは無いのに、安定した商品をずっと造り続けるメーカー努力はすごいものです。それに対し、大量生産品の見直しやハイアルコールを飲みつけない若い世代の取り込みなど、時代とともにさまざまな問題が出てくることも確かです。ともあれ、「ゴードンドライ・ジン」たるブランドの一新がこの時代の波のせいかはわかりませんが、メーカーの新しい挑戦でもあることには変わりはないでしょう。

次回はクラフトジンの香気成分などについて見ていきたいと思います。

この記事を書いた人

高橋 貴洋
高橋 貴洋http://www.mikaku.jp/
㈱味香り戦略研究所 所属。古典音楽が現代でも楽譜で伝承されると同様に、食品の分析を通じ「食譜」の構築を手掛ける。味覚や嗅覚のセミナー等を通じ、メディア・企業などにおいしさを科学的に解説している。
高橋 貴洋
高橋 貴洋http://www.mikaku.jp/
㈱味香り戦略研究所 所属。古典音楽が現代でも楽譜で伝承されると同様に、食品の分析を通じ「食譜」の構築を手掛ける。味覚や嗅覚のセミナー等を通じ、メディア・企業などにおいしさを科学的に解説している。