なかなかBarや居酒屋に行きにくい日々が続いておりますが、皆さん元気にお過ごしでしょうか。自宅で過ごし、お酒を嗜む機会が多い今、ちょっとした食べ方の順番や、ある食べ物を食べるだけでもよりおいしさを再認識できるかもしれません。
居酒屋のおばちゃんから学ぶ
ちょっと口うるさい……もとい、お世話してくれる女将さんのいるような、お魚をメインにした居酒屋では煮魚や焼き魚を先に注文すると指導が入ることがあります。「刺し身は先に!」と(笑)。
お通しはきゅうりの塩もみやぬか漬けなどをパリパリしながら、酒やビールを飲んで刺盛りを待つわけです。でもなぜでしょう?答えられないと5才児に叱られてしまう時代ですので、考えてみましょう。
いつのまにか慣れる
順応とはある一定の刺激が続くと慣れてしまい、感覚が徐々にその刺激に対して鈍感になってしまうことを示しています。特にこの現象は嗅覚でも起こります。
例えば人の家に訪問したときにその家庭の生活臭がすると思いますが、15分もすればその匂いに慣れてしまいます。これはその空間のにおいにいち早く順応し、危険なにおいを敏感にキャッチ(例えば火事のにおい)しようとするためではないかとも言われています。
野外でご飯を食べるとおいしいのも、料理のにおいがこもらず、普段食べるときとは違う空間空気と共に食すため新鮮に感じるからでしょう。外観は小汚くとも、換気の良い店は風味(味+におい)も美味しく食べられるわけです。
味覚の順応
味覚でもこの順応は起きます。短期的には甘味・塩味・うま味で起きやすく、それらが濃ければ濃いほど早く順応します。さらに濃いもので同じものを食べ続けると飽きが生じ、思ったよりも食べることができないのです。
つまり味の薄い順番に様々なおつまみや酒をセレクトすることがお酒の愉しみの時間をより豊かにしてくれるのです。
かの有名な箴言(しんげん)「どんなものを食べているか言ってみたまえ。君がどんな人か言い当ててみせよう。」といった美食家ブリア・サヴァラン先生はこんなことも言っています。
「ワインを途中で変えてはいけないと主張するのは異端の説である。舌は、じきに慣れるもの。3杯目からはどんな美酒もそれほどの良さを感じない。」
ブリア・サヴァランは約200年も昔からこのような境地に行き着いていますので、現代人も負けてはいられないと思うのは私だけでしょうか。兎も角も、居酒屋のおばちゃんは飽きずに料理もお酒も提供してくれる、アドバイスをしてくれる正義でもあり、商売上手なわけです。
口内リセット
とは言え、酔いが進めば料理の注文も雑になったり、はしご酒へと繰り出すことも多いと思います。もう口内が順応してしまっているのに新しいお店に行ったらどうしたら良いのか? この問題には、さまざまな味の官能評価で行われている口内洗浄法が役に立ちます。
①ぬるま湯を飲む
これは油脂を多く含んだ焼き肉、洋菓子などを食べているときに有効で、サンプルの識別が向上することが霜降り牛肉の官能評価でわかっています。また冷たいものを飲食したときも舌の感度が低下しますので良いでしょう。
②咀嚼の多いもの、唾液を出すもの
オリーブオイルの官能評価では試験の合間に青リンゴを食べて口内をリセットします。リンゴのプロテアーゼが油脂を若干分解したり(油脂の加水分解にはリパーゼのほうが適していますが、プロテアーゼも分解してくれます)、リンゴポリフェノールが口内の風味分子(汚れ)を吸着してくれるからだと考えられます。
唾液にも油脂分解をしてくれるリパーゼが含まれていますので、青りんごの酸味が唾液の分泌を活性化し口内洗浄をしてくれるのでしょう。
③味の薄いタンパク質
昔の杜氏さんは湯豆腐などを酒の間に挟み酒の評価をしたそうです。これは口内の風味分子(汚れ)をタンパク質が吸着してくれるからです。酒育の会でブランデーの講師として度々登壇される鯉沼氏は、ブランデーのテイスティングの合間に牛乳を飲んで評価することがあります。
例えば牛乳は冷蔵庫にキムチなどにおいの強いものを一緒にしていると臭い牛乳になってしまうのを経験されたことはないでしょうか?
それほど風味分子の吸着力に優れていることからこの方法は理にかなっており、脂肪分が牛乳にあることから高アルコールから舌を守ることができ、長期的なテイスティングには向いていると私は考えています。そして「アレキサンダー」「ブランデーミルクパンチ」っぽくなっておいしいという特典が付きます(笑)。
他にも味のあまりしないタンパク質といえばゆで卵の白身、ゼラチンゼリー、ナッツ、ソイプロテインなどありますので、試して効果があったらぜひお知らせください。
現代の酒飲みの技術を開拓する
官能評価では規格や決まりがないことが多いです。実のところ試験がうまく行けばよいわけで、口内洗浄はしばしば検討項目となり、オリジナリティが試される部分でもあります。先の鯉沼氏は良い例でしょう。皆さんはこれらを踏まえ、よりTPOに沿った方法を編みだし、現代の酒飲みの技術を開拓してみてください。
今回は、せっかくなので前半で登場したブリア・サヴァラン先生の箴言をご紹介して締めくくりたいと思います。
「獣は食らい、人間は食べる。知性ある人間だけがその食べかたを知る。」
飲酒寿命を延ばすためにも楽しく健康に、そしておいしく飲みたいものですね。
参考文献:美味礼讃 (2013年4月電子版) ブリア=サヴァラン著 新潮社.