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カクテル・ヒストリア第15回『卵とカクテルの長くて切れない関係』

「生卵を使ったカクテルを飲んだことはありますか?」

バーにやって来る日本人のお客様にこう尋ねたら、おそらく、ほとんどの方は「いいえ」と答えるだろう。実際、私のバーで、「生卵を使ったカクテルがありますよ」と紹介しても、「えー⁈ 冷たいカクテルに生卵なんか入れるの?」と引かれることが多い。

意外と知られていないが、生卵とカクテルはとても相性が良い。生卵(卵白、卵黄、全卵)を使った有名なスタンダード・カクテルもいくつかある。生卵を入れると味わいが柔らかく優しくなり、喉越しがなめらかにクリーミーになる。全体に奥行き(ボディ感)が生まれる。しかし、現代のバーで生卵を使ったカクテルが提供する店は、そう多くない。そもそも、万一の食中毒事故を恐れて生卵を扱わないバーも少なくない。

古来、欧米では「生命の象徴」だった

実は、欧米では卵とカクテルの歴史は古い。紀元前、ローマ人は卵を「生命の象徴」と考えていた、その考え方は、後にキリスト教がローマ帝国の国教となったことで、キリスト「復活」の象徴になった。それが「復活祭」の「イースター・エッグ(Easter Egg)」にもつながっていく。中世の英国では、牛乳にワインやシェリー、スパイス、砂糖を混ぜた「ポセット(Posset)」という温かい飲み物が生まれ、その「ポセット」にはその後、卵も加えられ、「滋養強壮の酒」「薬用酒(治療薬)」としても用いられた。

写真右は、17世紀前半に家庭で飲まれていたポセットのレシピ。「Sack Posset」の「Sack」とはシェリー酒のこと。この当時はこう呼ばれていた 。

「ポセット」は18~19世紀頃には、「エッグノッグ(Egg Nogg)」という名前のカクテルとして発展して、上流階級から庶民にまで定着するようになった。米国へ伝わったエッグノッグはとくに人気を得て、ベースに使われる酒はブランデー、ラム、バーボン……と多彩になった。

氷が貴重品であった時代の工夫として

19世紀の後半、バーテンダーたちは、冷たいカクテルが、生卵を入れることで味がなめらかに、柔らかくなることに気づいた。氷が貴重品であったこの時代、生卵を利用することは、結果として、カクテルを飲みやすくする工夫の一つにもなった。生卵を使うクラシック・カクテルは、現在伝わっているだけでも150種類近くある。

欧米で卵が普通にカクテルに使われるようになった背景には、このように宗教上の理由だけでなく、高い栄養価、そして薬としての効能、さらには氷に代わってカクテルを飲みやすくする効用という4つの理由があった。

サルモネラ菌の発見で一時衰退

しかし、生卵を使ったカクテルは、1906年、米国の食品医薬品局(FDA)が19世紀後半に発見されたサルモネラ菌による食中毒の危険性を指摘したことでブレーキがかかった。バーの現場ではその後、殺菌法が提案されるまで、数十年間ほど衰退してしまった(現代では、殺菌処理された生卵が普通に売られており、消費期限内であれば、ほぼ100%中毒の心配はない)。

第二次大戦後、衛生管理された卵がコンスタントに提供されるようになり、欧米のバーの現場でも再び生卵を使ったカクテルが復権するようになった。19世紀後半から20世紀前半の間に生まれたラモス・ジンフィズ、ピスコ・サワ―、ピンクレディなど生卵を使ったカクテルも、近年の「クラシック・カクテル再評価」ブームの中で、再び注目を集めるようになっている。なかでも、ピスコ・サワ―は全米のバーの人気カクテルランキングでここ数年、常にベスト10に入っているという。

生卵を使った代表的なカクテルの一つ「Pink Lady」

「卵酒」は認知されていた日本だったが……

一方、卵酒というものが存在していた日本ではあるが、幕末の開国とともに入ってきたカクテル文化では、生卵を使うカクテルは、欧米のような宗教上の意味合いもなく、あまり普及しなかった。卵の栄養価の高さや、風邪をひいた時の薬効は認知されていたので、カクテルの材料として定着しても不思議ではなかったが、現在でも生き残っているのは、ミリオンダラーとマウント・フジくらいである。

現代の日本では、バーで生卵を使ったカクテルはほとんど注文されないし、バーテンダーもあまり積極的にはつくりたがらない。卵白、卵黄を分離する手間を敬遠しているのか、それとも(消費期限内であれば食中毒の可能性はまずあり得ないのに)万一のことを恐れているのかは、よく分からない。

私のバーでは、生卵を使ったクラシック・カクテルの素晴らしい味わいを再発見してもらうことを願って、オープン以来、メニューに常に7~8種類を載せている。皆さんも、もし機会があればぜひ、行きつけのバーで頼んでみてほしい。そのまろやかで、優しい味わいにきっと驚かれること間違いない。

この記事を書いた人

荒川 英二
荒川 英二https://plaza.rakuten.co.jp/pianobarez/
1954年生まれ。大阪・北新地のバーUK・オーナーバーテンダー、バー・エッセイスト。新聞社在職中から全国のバーを巡りながら、2004年以来、バー文化について自身のブログで発信。クラシック・カクテルの研究もライフワークとしてきた。2014年 の定年退職と同時に、長年の夢であった自らのバーをオープン。切り絵作家の故・成田一徹氏没後に出版されたバー切り絵作品集『NARITA ITTETSU to the BAR』では編者をつとめた。
荒川 英二
荒川 英二https://plaza.rakuten.co.jp/pianobarez/
1954年生まれ。大阪・北新地のバーUK・オーナーバーテンダー、バー・エッセイスト。新聞社在職中から全国のバーを巡りながら、2004年以来、バー文化について自身のブログで発信。クラシック・カクテルの研究もライフワークとしてきた。2014年 の定年退職と同時に、長年の夢であった自らのバーをオープン。切り絵作家の故・成田一徹氏没後に出版されたバー切り絵作品集『NARITA ITTETSU to the BAR』では編者をつとめた。