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コラムウイスキーコラム蒸溜所探訪Vol.5:スコ...

蒸溜所探訪Vol.5:スコットランド・オークニー スキャパ蒸溜所

最果ての地・オークニーへ

ネス湖観光の玄関、北ハイランド最大の町インバネス。ここから車で北上すること3時間、スコットランド最北の町サーソーへ。その郊外のスクラブスター港からフェリーで1時間半、オークニー諸島メインランド島ストロムネス港に到着。さらに島の中心街カークウォールのホテルまでは車で30分ほど、トータル7時間以上、大変な移動であった。

翌朝は念願のキッパー。ニシンの燻製を焼いたもので、スコットランドならではの朝食。もともとニシン漁で栄えた港だけあり、脂がのっていて大変美味。どうしても白飯と醤油が欲しくなる。最近では人気がないのか、メニューに載せているホテルも少なくなっている。エッグベネディクトなど小洒落たものが流行りか……これはこれで美味しいのだけれど、これでもかと濃いオランデーズソースが多めにかかっているので、朝にしてはちょっとクドイ。

オークニーにはアバディーンやエディンバラから飛行機でも行けるが、小型のプロペラ機と聞くとやや気後れする。天候によっては欠航もあるので、時間はかかるが陸路のほうが安心。途中の海岸添いの道はワインディングロードではあるが絶景続きで、ついつい車を止めて写真を撮りたくなってしまう。

もちろん、その道中にある蒸留所も魅力的。ダルモアやグレンモーレンジィ、クライネリッシュ、プルトニー、ウルフバーンなどなど。どれも寄りたくなってしまう蒸留所ばかりだ。とはいえ全部観ていてはオークニーにたどり着くのに3日はかかってしまう。

オーカディアン Orcadian としての誇り

スキャパ SCAPA とは古ノルド語(古代ノルウェー語)で「ボート」の意。オークニーは、8世紀後半からノルウェー人の流入が盛んとなり、その後9世紀から600年間ノルウェーの支配下だった。そのためスコットランドよりもヴァイキング文化の影響が多く残っている。「スコッツ(スコットランド人)」である前に「オーカディアン(オークニー人)」としての意識が高く、ヴァイキングの文化を取り入れた独特の文化を築いているのだ。「海こそが我が友人、此処こそが我が住まい」という文言があるほどこの土地に誇りを持っており、ボートは彼らの命をつなぐための重要な足であった。

離島の蒸留所

スキャパ蒸溜所は、1885年にロバート・マクファーレーンとジョセフ・タウンゼントにより創業。その後、次々オーナーが代わるが、1954年にハイラム・ウォーカー社が買収し、それ以来バランタインのキーモルトとして用いられるようになり安定した。シングルモルトとしては一時期12年がリリースされていたが量は少なく、ボトラーズもあまりリリースされていない。しかし1994年に休止となり、1996年からは年に6週間ほどバランタイン用の原酒確保のため、ハイランドパーク蒸溜所のスタッフによって稼働するのみとなった。2005年にシーバス・ブラザーズ傘下になると週3~4日の稼働となり、さらに2015年よりフル稼働になっている。

お隣のハイランドパーク蒸溜所もそうだが、知名度に比べて年間生産量が少ないことから、やはり地理的な条件が厳しいのだろう。原料やバルクは海上輸送が基本だろうが、本土の蒸留所よりもコストがかかってしまうのは想像に難くない。

この地は緯度のわりには暖かく、年間の気温の変化も少ないという。湿度もそれなりで、ウイスキーの熟成には適していると聞く。実際、エンジェルズシェアは本土よりも少ないそうだ。訪れた11月上旬でもそれほど寒くはなかった……風が吹くと体感気温は厳しいが。むしろスペイサイドのほうが冷え込む印象。ガルフストリームの影響はかなり大きいようだ。

戦争の要所としてのスキャパ湾

この地は北海の要所としても知られ、蒸留所の丘の下にあるスキャパ湾では、第1次・第2次大戦下で英独が激しい攻防を繰り広げた場所だ。その際、蒸留所の熟成庫などが接収されたとも聞く。

このあたりに興味のある方はお詳しいようだが、私はあまりよくわからない。島内のお土産屋さんに行くと、様々な素晴らしい風景や動物の絵ハガキに交じって、戦艦の白黒写真と戦艦やUボートの戦いの解説が描かれた絵ハガキまで見受けられた。蒸留所から見下ろすスキャパ湾は美しく、空と海が溶けあうような青。こんな天国のような場所で二度と争いが起こらないことを願う。

また、ハンティング客も多く来島する。散弾銃を持った迷彩服の団体も朝早く出かけていた。

個人的には世界遺産であるスタンディングストーンなどの遺跡を眺め、悠久の時の流れを感じるほうが性に合っている。メイズハウの内部で差し込む光を体感したときは、何ともいえない神々しいエネルギーを頂戴した気分であった。

ここもまた再訪したいと思う島だ。アイラ島やスカイ島など、スコットランドの島々はどこも人を魅了する力がある。

フォトジェニックな蒸留所

スキャパ蒸溜所へは、カークウォールの町から南に車で20分ほど。スキャパ湾に面した小高い丘の上に蒸留所はある。残念ながら蒸留所内は写真撮影NG。

この蒸留所のシンボルといえば、スキャパ湾に面した熟成庫。きれいな緑の芝に映える白い壁。そこに描かれた大きな「SCAPA」の文字。蒸留所でのフォトポイントといえばここ。天気が良ければ青い空とのコントラストも最高だ。

こちらは熟成庫の裏側

個性的な蒸留器 ローモンド・スチル

もう一つ、この蒸留所の特徴といえば初留釜、ローモンド・スチル。1959年、ハイラム・ウォーカー時代に導入されたものだ。同社は他にミルトンダフ蒸溜所、グレンバーギー蒸溜所などにも導入したが、現在それらは撤去され、残っているのはスキャパだけ(ローモンド・スチルの改良型はロッホローモンド蒸溜所にある)。とはいえ、ヘッド部の棚板は取り除かれているので、ローモンド・スチルとしての元々の機能は有していない。

※スチルなどの写真はスキャパのHPをご参照下さい
scapa-whisky.jp

フル稼働へ

現在、週7日24時間のフル稼働となったスキャパ蒸溜所。

相変わらずバランタインのキーモルトではあるが、シングルモルトとしても華やかでフルーティーな『スキレンSKIREN』とスモーキーな樽で追熟させた『グランサGLANSA』がリリースされている。苦しい時期を何度も乗り越えて、ようやく安定した生産体制に。それほど間を空けずに適度な量を造り続けるほうが、より良い酒質のウイスキーを造ることができるマスアドバンテージがあると私は考えている。スキャパも今までの年間一定量のみの生産からフル稼働になったことで、さらなる酒質の向上・安定化が見込まれる。

個人的には、この蒸留所の特徴である華やかなフルーティーさを大変好ましく思っている。バランタインのキーモルトたる所以だ。一時はスタンダード品がなくなってしまい寂しい思いをしたが、この再リリースはうれしい限りだ。あとはもう少し熟成感のあるものが楽しめるようになるといいのだが、それはもう少しの辛抱。

幻のボトル

もともとバランタインの原酒生産がメインであり、生産量そのものも少ない。そのため蒸留所ボトルとしてのリリースが少なく、ましてやボトラーズなどは……。その中、ゴードン&マクファイル社からはいくつかの素晴らしいボトルがリリースされていた。特に、ヴァイキング船ロングシップが描かれたラベルの8年熟成(57%)や1966年蒸留などだ。今はさすがに見かけることも少なくなってしまい、幻のボトルとなってしまった。これらに負けないようなボトルが、今後リリースされるのを楽しみに待とう。

製造データ 2018年11月現在

仕込水

1.5マイル離れたオークイル(Orquil)農場の湧き水 
硬水(砂岩を浸透するため)

麦芽

品種 コンチェルト種
アバディーン・バッキー製麦所製(週2~3回・毎回28トン=72t/週)
ノンピーテッド麦芽のみ

ミル

ポーティアス社製 1950年製
1バッチ 3トン 70分かかる
グリスト比 ハスク:グリッツ:フラワー = 30:60:10

仕込糖化

糖化槽 ステンレス製セミロイタータン 銅製カバー
5時間/バッチ  24バッチ/週(24時間・週7日稼動)
1st 65℃ 11100ℓ
2nd 82℃  6000ℓ ⇒ 一番・二番麦汁13500ℓを発酵槽へ
3rd 92℃  8800ℓ
冷却 19℃へ

発酵

ステンレス製4基(1978年導入)+ダグラスファー木製4基(2019年導入)
2019年内にステンレス製4基(容量2倍量)を導入予定
イースト アンカー社製ドライイースト 15㎏
発酵時間 76時間 19℃→32~34℃に 
8%alc.のモロミ生成

初溜

ローモンド・スチル(内部棚板なし)1基 13500ℓ張り込み  
ラインアーム S字型 ピュリファイアー
間接加熱 6時間
冷却器 シェル&チューブ
22~25%alc.の初留液

再溜

ストレート型 1基 9000ℓ張り込み
71~72%alc.のニューポット
ミドルカット 前溜 10~15min  
本溜 1.5 hr 72~65%alc. 1200ℓ 
後溜 4.5 hr

熟成

樽詰め度数 63.5%alc.
アメリカンホワイトオーク・バーボン樽のみ 1stフィル鏡板そのまま
2ndフィル鏡板ブルーに(ブレンド用)
蒸留所熟成庫 1棟 ダンネージ式(海に近い)+ 1棟屋根が飛んでしまい壊れていた
1棟 ラック式6段
スキャパ17000樽のうち5000樽がここに
ここでは1993年が一番古い、ストラスアイラに1977年も
エンジェルズシェア 2%
年間生産量 130万PAℓ

この記事を書いた人

谷嶋 元宏
谷嶋 元宏https://shuiku.jp/
1966年京都府生まれ。早稲田大学理工学部在学中よりカクテルや日本酒、モルトウイスキーに興味を持ち、バーや酒屋、蒸留所などを巡る。化粧品メーカー研究員、高校教員を経て、東京・神楽坂にバー「Fingal」を開店。2016年、日本の洋酒文化・バーライフの普及・啓蒙を推進する「酒育の会」を設立、現在に至る。JSA日本ソムリエ協会認定ソムリエ。
谷嶋 元宏
谷嶋 元宏https://shuiku.jp/
1966年京都府生まれ。早稲田大学理工学部在学中よりカクテルや日本酒、モルトウイスキーに興味を持ち、バーや酒屋、蒸留所などを巡る。化粧品メーカー研究員、高校教員を経て、東京・神楽坂にバー「Fingal」を開店。2016年、日本の洋酒文化・バーライフの普及・啓蒙を推進する「酒育の会」を設立、現在に至る。JSA日本ソムリエ協会認定ソムリエ。