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コラムウイスキーコラム幻のボトルを求めて 第1回...

幻のボトルを求めて 第1回・ラフロイグ

たいそうなタイトルをつけてしまったが、そもそも何をもって「幻」なのか? いろいろと基準はあるだろう。入手困難な限定品、オールドボトル、一度飲んでずっと印象に残っているが名前が覚えられなかったボトルなどなど。基本、この上なく美味しく、飲みたくてもなかなか飲めないボトルということでよいだろうか。

蒸留所詰めのボトルのみにすべきか、ボトラーズでも素晴らしいものがあるのだが。ボトラーズは基本的に限定品なので、幻のボトルとしては選びやすい。ただ、生まれは一緒だが育ちが違うという難しい部分もある。

ここではあまり深く考えず、今まで私が見聞きしてきたボトル、運良く購入することができたボトルを中心に挙げていくことにする。あれはちがうの? こっちのほうが……など、いろいろご意見はあると思うが、私の独断にお付き合いいただければと思う。

美しい海岸沿いの蒸留所

スコットランドの西海岸沖にその島はある。スコッチウイスキーの聖地ともいわれ、一度は訪れてみたいと誰もが思う場所。それがアイラ島である。

現在、アイラ島は9つの蒸留所が稼働している。さらに再開予定のポートエレン蒸溜所、ウイスキーエクスチェンジ社により計画進行中の新蒸留所もある。大きさは淡路島や佐渡島と変わらないのに、これだけの蒸留所が稼働しているのだ。その魅力は何といってもピート由来の個性的な香味。特にアイラ島の南岸に位置する3つの蒸留所。本島からのフェリーだと、「ARDBEG」「LAGAVULIN」「LAPHROAIG」と続けて現れるので、否応なくテンションが上がる(ポートエレン港行きの場合で、ポートアスケイグ港行きだと島の反対側なので見られない。少し残念!)。このアイラ南岸三兄弟はそれぞれ2キロ程度しか離れていないのに、それぞれ異なる個性を有しているから面白い。スコッチウイスキーの奥深さを感じさせられるところでもある。

ラフロイグ外観

中でもラフロイグは、その代表格として欠かすことのできない蒸留所である。スコッチの蒸留所名はゲール語がほとんどで、その土地の情景を表したものが多い。ここもゲール語で「広い入り江の美しいくぼ地」、まさに名前通りの風景の中、黒い屋根に白い壁、そこには黒文字で「LAPHROAIG」とある。この光景は「自分がアイラ島にいる!」ということを再認識させてくれる。

200年を超える歴史とそれを支えた人物

ラフロイグ蒸溜所は、もともと農家だったジョンストン兄弟によって1815年に創業された。その後、ロングジョン社(1970年~)、アライド・ディスティラリー社(1990年~)、ビーム・グローバル社(2005年~)とオーナーが変わり、現在はビーム・サントリー社(2014年~)の所有となっている。

ラフロイグを語る上で、欠かせない人物が二人いる。

まずはイアン・ハンター氏。彼は創業者の末裔だが、1908年に経営に参画。「10年」をリリースし、アメリカへの進出も手掛けた。また当時、販売権はお隣のラガブーリン蒸溜所のピーター・マッキー氏が所有していたが、これも取り返すことに成功。ラフロイグの発展にこの上なく貢献した人物といえる。

もう一方は、エリザベス・ウィリアムソン女史(愛称ベッシー)。蒸留所に40年勤務し、イアン・ハンター氏の死後に女性初の蒸留所所長、そしてオーナーになった人物だ。その間に蒸留所大改修の陣頭指揮を執り、現在の蒸留所の礎を築いた人物だ。「WILIAMSONウィリアムソン」と聞いてピンとくる方もいるだろう。ラフロイグの蒸留所名を表記することがNGとされているボトルの多くに、この名前が使われているのだから(ブレンデッドモルト表記になっているものもあるが、基本はシングルモルトだとの話もあり、少しややこしいことになっている)。それだけラフロイグにとって重要な人物だったといえるだろう。ちなみに、2000年頃は「REAPFROG」の表記も使われていたが、やはりウィリアムソンのほうが分かりやすいし、しっくりくる。

ウィリアムソン

唯一ロイヤルワラントを授かった蒸留所

ロイヤルワラントとは、王室に5年以上商品やサービスを提供し、継続的な契約を締結している企業に対する認定書で、簡単に言うと英国王室御用達の証。現在エリザベス女王とチャールズ皇太子、そして先日お亡くなりになられたエディンバラ公爵フィリップ王配(エリザベス女王の夫)のみが認定者(Monarchモナーク)で、それぞれの紋章がある。英国が世界に誇るブランドが多いものの、コカ・コーラ・インターナショナルや英国ソニーなども選ばれている。酒類関係だとウィリアム王子の結婚式でオリジナルワインを提供した、創業約400年のワイン商ベリー・ブロス&ラッド社も女王と皇太子それぞれからワラントを授与されている。

このロイヤルワラントを120以上あるスコッチ蒸留所の中で唯一授与されたのが、ラフロイグ蒸溜所。認定者はチャールズ皇太子。蒸留所の白壁やボトルラベルにもその紋章が記されている。チャールズ皇太子が最初に蒸留所を訪れたのは1994年、その際にロイヤルワラントを授かったとのこと。その後2008年、2015年と計3回蒸留所を訪ねている。その縁から皇太子のチャリティーボトル用の樽が用意され、別荘地の名を冠した「HIGHGROVEハイグローヴ」がリリースされている。

ワラント

ちなみにビーム・サントリー社ではなく、創業時の「D.JOHNSTON & CO. (LAPHROAIG)  LTD.」での登録となっている。

ラフロイグの製法

2018年11月見学時の製造工程を以下に示す。

仕込水

キルブライド湖 

麦芽品種

コンチェルト
フェノール値45ppm(フロアモルティング+モルトスター)
1974年までフロアモルティングのみ 
以後ポートエレンモルトスター(1973年建設)から購入した麦芽も使用

*フロアモルティング

スコットランドでは7蒸留所のみ
麦芽7トン/バッチ × 3面
3日浸麦・6日発芽
発芽床の部屋の温度は18℃にキープする・換気など行う
ピート乾燥15~17時間・無煙炭17~19時間
ピートはハンドカット100%、空港近くのピート、年250トン使用
30℃以下のクールスモーキングをキープする
フェノール値50ppm
自家製麦率15%(やや減少傾向・以前は20%)

フロアモルティング
発芽中

*モルトスター

ポートエレンモルトスター 全体の75~80%
クリスプ社ポートゴードンモルトスター のこり数%
ポートエレンの割合は年々減少している
フェノール値40ppm

キルン
ピート

粉砕

ミル ポーティアス社製「Red Bob」
1バッチ 5.5トン (以前は8.5トン)
グリスト比 ハスク:グリッツ:フラワー = 23:65:12

仕込糖化

糖化槽 フォーサイス社ステンレス製
1st 60℃ 26500ℓ 
2nd  80℃ 26500ℓ ⇒  一番・二番麦汁を合わせて53000ℓを発酵槽へ
3rd 85℃以上 27000ℓ ⇒ 次ロットの仕込み水に
麦汁を取り出した後のカス(ドラフ)は家畜の餌に

発酵

ステンレス製 6基 
53000 ℓの麦汁(糖化1バッチ分)
発酵時間50時間 8%alc.のモロミ生成
酵母 マウリ社製リキッドイースト 

初溜

10400ℓ 3基 発酵槽のもろみを4分割して張り込む
ストレート型 ラインアーム少し上向き
間接加熱 5.5時間
25%alc.の初留液

スチル

再溜

4700ℓ 3基 + 9400ℓ 1基  
4700ℓの釜に3500ℓ張り込み
9400ℓのスチルは何回かに一回使う変則的サイクル
ランタン型 10度くらい上向き
68%alc.のニューポット

ミドルカット

前溜 45min  ~72%alc.
本溜  2hr15min  72~60%alc.
後溜  2hr    60%alc.~

熟成

樽詰め度数 63.5%alc.
熟成庫9棟(ダンネージ式3棟 + ラック式6棟)
バーボン・バレル主体(メーカーズ・マーク、ジム・ビームなど)
エンジェルズ・シェア 年2%
年間生産量330万PAℓ/年

蒸留所ボトルの変遷

2000年頃、ラフロイグはバーボン・バレル主体のラインナップで、「10年」「15年」「Original Cask Strength 57.3%」がリリースされていた。限定品として「1976(1996年頃リリース・5400本)」「1977(1996年頃リリース・12000本)」や、チャールズ皇太子のチャリティーボトル「HIGHGROVE」も2000年前後から幾度かリリースされている。その後、「Quarter Cask(120ℓ程度のやや小さめな樽で後熟を行い、樽由来の風味や甘味を強めたもの)」がリリースされた。

ラフロイグ1976・1977

その中、例外的だったのが「30年」。シェリー樽で熟成させたボトルだ。1997年頃、アメリカマーケットと蒸留所のみでの販売だったと記憶している。ということは、1960年代半ばの蒸留。私は1998年の春に蒸留所にて購入したが、その後日本向けの正規品もリリースされた。これまで頑なにバーボン樽での熟成にこだわっていたのに、なぜシェリー樽? しかも長期熟成?? 蒸留所の方からお聞きしたところ、以下のようなお話があった。アメリカの方が個人的に依頼して詰めた樽(ボトリング数を考えると、それなりの数だと推測される)だったが、その後連絡が途絶え、蒸留所から「そろそろ何とかしてもらえないだろうか……」と問い合わせたところ、その依頼人は既にお亡くなりになっていた。さらに遺族はあまりお酒好きではなかったようで、蒸留所が引き取ったという。

私としては、ウイスキーにまつわる話の中で最もいい話の一つだと思う。飲むことができなかった依頼人の立場としては残念かもしれないが、それでもそんな特別な樽のことを思いながら日々過ごしたのであれば、ワクワクして幸せだったのではと思えてくる。香味については、当初賛否両論だった。シェリー樽のマスキング効果や長期熟成でだいぶ円やかになっていて、ラフロイグ独特のパンチ力が感じにくかったためだ。

2010年代になると、シェリー樽はもちろん、ポート樽やヨーロピアンオークの新樽なども使用したボトルが次々とリリースされ、現在に至る。正規品は年数表記のない「SELECT」と「10年」のみだが、「LORE」「TRIPLE WOOD」「FOUR OAK」「THE 1815」「BRODIR」「PX CASK」などなど、「25年」などの限定品も含め、様々なボトルがリリースされている。

スタンダードボトル「10年」をテイスティング

このボトルはアイラの中で一番販売されているモルトウイスキーで、年間350万本以上(2018年当時)も飲まれている。生産量ではカリラが頭一つ抜け出ているが、ブレンデッドの原酒として多く使用されているためだ。

ラフロイグ10年

また、サントリーの正規品は43%・750mlであるのに対し、並行品は40%・700ml。これについても昔から様々な意見が交わされている。私は輸送管理が徹底している正規輸入品が安心なので、並行品は購入しない。蒸留酒とはいえそれなりに温度管理は必要だと考えるので、多少高くてもこちらを選ぶ。蒸留所やインポーターも日本人にはこちらのほうが良いのでは……と考えてくれているだろう。

外観

輝き透明感のある、ややオレンジがかったゴールド

アロマ

穏やかにじわじわ広がってくる印象。香り立ちは中程度。
ピート由来(スモーク、黒土、ヨード、かすかにクレゾール、塩素系の鼻を刺す刺激も程ほど。
麦芽、ハスク、バニラ、ややオイリー、オレンジ、ほんのりはちみつ、メントール
奥から焚き火のコゲ
全体的にやや穏やかな印象

フレーバー

アタックでほんのり果実や穀物の甘味を感じた直後、しっかりとしたピート由来の風味が口中に広がる

余韻は長め、心地よいピート(スモーク、コゲ、ヨード)がしっかりと残り、麦芽やトロピカルフルーツ様の甘味がほんのりアクセントになっている

総合

アロマよりフレーバーでピートをより感じられる

全体的に程よいピートのニュアンスでバランスよく楽しめる

幻のボトルを求めて

何をもって「幻」というのか、いろいろと基準はあるだろう。入手困難な限定品、オールドボトル、一度飲んでずっと印象に残っているが名前が覚えられなかったボトルなどなど。基本、この上なく美味しく、飲みたくてもなかなか飲めないボトルということでよいだろう。

蒸留所詰めのボトルが良いのだろうか、ボトラーズで素晴らしいものもあるのだが。ボトラーズは基本的に限定品なので、幻のボトルとしては選びやすい。ここではあまり深く考えず、今まで私が見聞きしてきたボトル、運良く購入することができたボトルを中心に記していくことにする。

今回は、蒸留所に展示されていた3本のボトルについて考えてみることにする(2018年11月時点)。蒸留所が展示しているくらいだから、当然貴重で歴史的な意味合いも強いボトルといえよう。

ラフロイグ オールドボトル

ひとつはボロボロのラベル、かなり古いボトル。14年熟成で、モルトウイスキー表示はない。アメリカ西部地区の輸入代理店Mackenzie Elsbach & Co. Inc.社(サンフランシスコ)向け。イアン・ハンター氏がアメリカに売り込んだボトルなのだろうか? 実際のところ詳細は分からないので、写真参照。

ラフロイグ40年

もう一つは「40年」。1960年蒸留で、おそらくラフロイグ史上、最長期熟成品。まさにベッシーが造ったともいえる時期のボトル。カスクストレングスでのボトリングだが、42.4%。「1960」表記のボトルも同アルコール度数だが、飲み比べできなかったので同じなのか違うのか不明。

ラフロイグ40年

「40年」は柔らかい中にも芯のある香味だったと記憶している。この手のボトルは表面的に感じられる香味だけでなく、その奥にあるものをいかに感じられるかが大切だと思っている。そのためには、数回飲まなければならない。ラフロイグ特有のはっきりとしたピートやフルーツ感があるわけではないが、言葉であらわせないような上品でまろやかな香味に魅了される。ピート、麦芽、樽、果実のそれぞれのニュアンスが柔らかく、絶妙のバランスでまとまっている。

発売当時で10~12万円だったが、今はオークションでさえあまり目にしない。あったとしても高額すぎて、もう飲むことができない幻のボトルだ。

ラフロイグ 1974

最後は「1974」。2005年に910本限定でリリースされた、シェリー樽熟成の31年物。アルコール度数は49.7%。フランスの酒商であるラ・メゾン・ド・ウイスキー向けとのこと。

ラフロイグ1974

当時、バランタインのマスターブレンダーだった「The Nose」ことロバート・ヒックス氏のセレクト。リリースされたこの年に退任されているので、まさに最後の大仕事といった感がする。ヒックス氏とは1999年頃、英国大使館でのバランタインブレンドセミナーでお会いしたことがある。大変大柄だが、気さくにやさしく接していただいた。握手した時の大きく温かい手の印象は、今でも残っている。外階段の喫煙スペースでたばこをふかしていたのも印象的で、こんな吹きっさらしのところで吸っているということはかなりのヘビースモーカー。このクラスの方だと、たばこ程度ではテイスティングはぶれないのだと思った。

香味は「40年」とは異なり、最初からピート感、フルーツ感、シェリー樽感が一体となって、高レベルで主張してくる。なんともいえない満足感が広がり、心地よく複雑な余韻がとても長く続く。外観は濃い褐色で、コテコテのシェリー樽熟成という印象だが、そのわりに余計な渋みやタンニン感などがなく心地よい樽感。トロピカルフルーツのニュアンスもはっきり感じられ、しっかりとしたスモーク主体のピート感と相まってラフロイグの良いところが詰まった印象だ。バーボン樽熟成の素晴らしいボトルも数多くリリースされているが、このシェリー樽熟成のボトルは別格だった。個人的にシェリー樽長期熟成のアイラモルトが好みなのもあるが、今まで飲んだアイラモルトの中でもベストのひとつといえる。

この後シェリー樽で熟成されたものがいくつかリリースされたが、残念ながらこのボトルを上回るものはなかった。すべてを飲んでいるわけではないので言い切れはしないが……。通常の白いラベルではなく、黒いためかブラックラフロイグと呼ばれていた「1980(27年・53.4%・972本・5樽よりブレンド)」や「1981(27年・56.6%・736本)」などなど。もちろんこれらも幻のボトルであり、素晴らしいボトルだ。

「1974」は当時5万円程度だったが、今はとてもとても購入できる金額ではなくなっているようだ。こうなると、もう開けることができないボトルのひとつとなってしまった。

最後に

個性的なウイスキーとして好みがわかれるラフロイグ。しかしその魅力にはまってしまうと、欠かすことのできない相棒となる。 ラフロイグを好きな人は何だかんだで「10年」を求めることが多い。力強いピート感を楽しみたいから。今回、幻のボトルとして挙げた「40年」や「1974」は少し物足りなく感じるのかもしれない。とはいえ、もし見かけたらトライしてみて欲しい。金額はちょっと大変かもしれないが……幻ということでご了承を!

この記事を書いた人

谷嶋 元宏
谷嶋 元宏https://shuiku.jp/
1966年京都府生まれ。早稲田大学理工学部在学中よりカクテルや日本酒、モルトウイスキーに興味を持ち、バーや酒屋、蒸留所などを巡る。化粧品メーカー研究員、高校教員を経て、東京・神楽坂にバー「Fingal」を開店。2016年、日本の洋酒文化・バーライフの普及・啓蒙を推進する「酒育の会」を設立、現在に至る。JSA日本ソムリエ協会認定ソムリエ。
谷嶋 元宏
谷嶋 元宏https://shuiku.jp/
1966年京都府生まれ。早稲田大学理工学部在学中よりカクテルや日本酒、モルトウイスキーに興味を持ち、バーや酒屋、蒸留所などを巡る。化粧品メーカー研究員、高校教員を経て、東京・神楽坂にバー「Fingal」を開店。2016年、日本の洋酒文化・バーライフの普及・啓蒙を推進する「酒育の会」を設立、現在に至る。JSA日本ソムリエ協会認定ソムリエ。