定番とマンネリは背中合わせだ。好きなもの、好きな人、好きな場所。安心、安全だが、時々、そのパターンを崩してみるのもいい。例えば、とんかつ屋でロースかつ定食を頼まないといったような。
ある夜、いつも混んでいるその店がすいているのを見かけて発作的に入った。腹ぺこというほどではない。瓶ビールと串カツを頼む。
ビールはすぐに来た。なんでもない小皿になんでもないピーナツを盛ったのがついてくる。なぜかこれがおいしい。グビグビ、ポリポリとやりつつ、カウンターから調理場を観察する。
この店はとんかつしか出さないにもかかわらず、油くさくない。白木のカウンターもコックの上着も真っ白だ。そして調理場が広く、人が多い。
客の案内と注文は、親方とみられる白髪の男性。注文が通ると、見習いが大きな冷蔵庫から肉を出し、下ごしらえをする。少し先輩が衣をつける。四つの鍋になみなみと揚げ油が満たされ、別のベテランが揚げ担当だ。
中央にある調理台では、これまた担当のコックが白い皿にキャベツを盛り、揚がったとんかつをザクッザクッと大きな包丁で切って盛りつける。
運ぶのは別の店員。さらに、客のご飯や味噌汁、キャベツの減り具合を見てお代わりを勧める店員がいる。
おっと、おいでなすった。串カツだ。揚げたてにかぶりつく。肉汁があふれる。タマネギが甘い。すみません、ビールもう1本。
客も幸せそうだ。やかましい団体も酔っ払いもいない。清潔で、きちんとしていて、ビールも串カツも当たり前においしい。
ところで作業場の右半分が不自然に広いのはなぜだろう。5メートル四方はある。真ん中に誰も座らない丸椅子があり、新聞紙が意味ありげに乗せてある。閉店後にダンスでも踊るのかな。今度来た時に聞いてみよう。