運営:酒育の会

LIQULはより良いお酒ライフをサポートする団体「酒育の会」のWEBメディアです

コラムカクテルコラムカクテル・ヒストリア第29...

カクテル・ヒストリア第29回『「レッド・アイ」は何処の生まれか?』

映画「カクテル」から広がった誤解

「レッド・アイ」は、ビールとトマト・ジュース、スパイス類でつくる、とてもシンプルなカクテル。欧米発祥と誤解されることも多いが、実は1970年代に日本国内で誕生したドリンクである。カクテル名(「赤い眼」)は、「二日酔いのような血走った眼」に由来するという説が一般的だが、誕生の経緯はほとんど伝わっていない。

ビール・ベースの人気カクテル「レッド・アイ(Red Eye)

日本のカクテルブック等では、「レッド・アイは、トム・クルーズ主演の映画『カクテル』(1988年公開)で登場してブレークし、その後、日本国内に広がった」と紹介されることが少なくない。

映画「カクテル」と原作者ヘイウッド・グールド(Heywood Gould)の小説では、トムが演じる主人公フラナガンの友人で、バー・マスターのダグが、フラナガンのためにレッド・アイをつくる有名なシーンがある。だが、このレッド・アイは、現代の標準的なレシピに生卵を加えるという驚くべきカクテルとして描かれていた。

映画公開以前から、日本のバーでは飲まれていた

しかし、映画「カクテル」が起源という説は、まったくの事実誤認と言うしかない。グールドの小説が出版(1984年)される以前の1970年代後半~80年代前半、日本国内ではすでに、レッド・アイ(生卵はなし)は街場のバーにお目見えしていた。1982年に、日本で出版されたカクテルブック(福西英三著『カクテル入門』)にも紹介されている。

日本で初めてレッド・アイが紹介された福西英三氏著の「カクテル入門」(1982年刊)

ビールとトマト・ジュースのカクテルは、本土返還(1973年)前の沖縄ではポピュラーなドリンクだった。。沖縄では当初、「トマト・ビア(Tomato Beer)」または「レッド・ビア(Red Beer)」という名前で飲まれてたという証言もあるが、これがいつしか「レッド・アイ」という名前に変わり、観光客や米軍関係者らを通じて日本本土に伝わったと考えられている。

その後、本土に伝わった段階では、「レッド・アイ」という名でほぼ定着していた。そして首都圏から広がり、その他の国内大都市のバーでも、普通に飲めるようになった。私自身、バーで初めてレッド・アイを飲んだのは、1970年代末だったような記憶がある。

困ったことに、そういう事実を知らない一部のバー業界関係者や出版関係者が、映画「カクテル」が話題になったことで、「レッド・アイは米国発祥で、本来は生卵を入れるスタイルだった」などという作り話を広めてしまった。

生き残らなかった映画版「生卵入りレッド・アイ」

映画&小説のために考案された「生卵入りのレッド・アイ」は、日本で普通に飲まれていた(生卵なしの)レッド・アイが、何らかのルートで原作者のグールドに伝わり、話題づくりのためにアレンジされたものなのだ。「グールドのオリジナル」であり、今日私たちが味わっているレッド・アイとは基本的に別物だということ(ちなみに、グールドは作家になる前、バーテンダーの職歴もあった)。

残念ながら、映画「カクテル」自体は専門家から酷評され、加えて米国では元々、生卵を食べるような習慣がなかったこともあり、映画版レッド・アイはその後、米国内ではほとんど忘れ去られてしまった(代わりに、同じ映画に登場した「オーガズム」や「セッックス・オン・ザ・ビーチ」のというカクテルは、その奇抜な名前が話題になったこともあり、今なお生き残っている)。

映画「カクテル」はそれなりにヒットしたが、映画版の生卵入りレッド・アイは生き残らなかった(写真は原作となった小説の翻訳版文庫本)

現在、欧米のバーでは「レッド・アイをください」と言っても、99%通じない。「それって何?」と怪訝な顔をされるだけだろう。70年代以降に出版された欧米のカクテルブックでも、この(生卵なしの)レッド・アイというカクテルを紹介している文献は、調べた限りでは皆無である。

ただし、IT時代のグローバルな現代、日本国内のレッド・アイが逆に欧米へ発信されているためなのか、5年ほど前は「Red Eye Cocktail」でグーグル検索しても、ほとんどヒットしなかったのに、現在では「日本発のカクテル」として紹介する欧米の専門サイトもいくつか現れるようになっている。

欧米では「レッド・ビア」の方がまだ通じる?

ちなみに、欧米などでは現在、ビールとトマト・ジュース、スパイス類を使ったカクテルは存在しないのかと言えば、そうではなく、様々な「違う名前」で飲まれている。

米国では例えば、「レッド・ビア(Red Beer)」「トマト・ビア(Tomato Beer)」「スパイシー・ビア(Spicy Beer)」「レッド・ルースター(Red Rooster)」「ブラッディ・ビア(Bloody Beer)」等々。カナダでは「シーザー(Caesar)」または「カルガリー・レッド・アイ(Calgary Red Eye)」、メキシコでは「ミチェラーダ(Michelada)」または「チェラーダ( Chelada)」と呼ばれることが多いという(調べた限りでは、世界的には「レッド・ビア」が一番多数派のようだ)。

それぞれいつ頃発祥したのかについては、レッド・ビアについては1950~60年代、ミチェラーダについては1980年代と紹介するサイトもあったが、その裏付け(根拠資料)は示されていない。いずれにしても、単純なレシピなので、名前は違っても、世界各地でほぼ同時多発的に同じようなカクテルが誕生していても不思議ではない。  レッド・アイは、アルコール度数は低めで、ビタミン類も豊富なことから、一晩のバー巡りの締めとして、あるいは飲み過ぎた翌朝の「迎え酒」として(笑)、ぴったりの一杯だ。私もバー巡りをする時には、最後の一杯によく注文する。すると、翌日は二日酔いもなく、すっきりとした頭で起きられるのだ。

この記事を書いた人

荒川 英二
荒川 英二https://plaza.rakuten.co.jp/pianobarez/
1954年生まれ。大阪・北新地のバーUK・オーナーバーテンダー、バー・エッセイスト。新聞社在職中から全国のバーを巡りながら、2004年以来、バー文化について自身のブログで発信。クラシック・カクテルの研究もライフワークとしてきた。2014年 の定年退職と同時に、長年の夢であった自らのバーをオープン。切り絵作家の故・成田一徹氏没後に出版されたバー切り絵作品集『NARITA ITTETSU to the BAR』では編者をつとめた。
荒川 英二
荒川 英二https://plaza.rakuten.co.jp/pianobarez/
1954年生まれ。大阪・北新地のバーUK・オーナーバーテンダー、バー・エッセイスト。新聞社在職中から全国のバーを巡りながら、2004年以来、バー文化について自身のブログで発信。クラシック・カクテルの研究もライフワークとしてきた。2014年 の定年退職と同時に、長年の夢であった自らのバーをオープン。切り絵作家の故・成田一徹氏没後に出版されたバー切り絵作品集『NARITA ITTETSU to the BAR』では編者をつとめた。