台湾のウイスキーは、ここ数年で世界的な名声を得るようになってきました。そのような中、私たち愛好家にとって、『南投』といえばウイスキーと直結するかもしれません。ですが、現地の台湾の人からすれば、ウイスキー以外のことも思い浮かべるそうです。南投蒸溜所に行って・見て・聞いた世界について書かせて頂きます。
南投蒸溜所の歴史
南投蒸溜所のオーナーは、創業1898年の台湾政府による臺灣菸酒股份有限公司(TTL)で、傘下に10以上の蒸留所やワイナリーを持つ老舗の酒類メーカーです(WTO加盟の2002年まで、酒とたばこを専売)。
南投蒸溜所は、1978年に南投酒廠(ワイナリー)の一部に設立されました。台湾のフルーツの価値向上を目的として設立されたワイナリーの主力製品は、フルーツワインやブランデーでした。蒸留所に入ってすぐ右手に目立つ奇抜なワイン樽の建物があり、それが見て取れます。ただ、その向かいに展示してあるステンレス製の蒸留器を見て、ここに何が起きたのかを知りました。
台湾人の『南投』を印象づける出来事、それが1999年9月21日『921大地震』です。南投酒廠のある南投県を震源地として発生した地震で、マグニチュード7.6と大きく、台湾において20世紀最大の地震になりました。そのため、南投酒廠でもブランデーを貯蔵した熟成庫も炎上する等壊滅的な打撃を受け、その損失は40億NTD(約150億円)にまで上ったそうです。
当日は、運よくスコットランドでウイスキー造りを学んできた製造の方に蒸留所内を案内して頂きました。展示されている傷んだブランデー用のステンレス製蒸留器や、生産エリアに高い木が1本しかないのも、不必要に広い従業員駐車場も、全て震災の傷跡だそうです。
南投酒廠が経営危機を迎える中、活路を見いだそうとしたのが、台湾国内で流行り始めていたウイスキーでした。時の工場長が、スコットランドの大学で学んだこともあり、ウイスキー造りに活路を見いだすべく、2008年に従業員食堂を改修して稼働開始したのが南投蒸溜所です。
南投蒸溜所の製造方法
南投蒸溜所の製造方法は、クラシカルなまでにスコットランドの方式ですが、南投県が亜熱帯気候に属すため、一部工程をローカル仕様にカスタマイズしています。
大麦はスコットランドの様々な精麦会社から入札を行って調達しています。ベースとなるウイスキーはノンピートですが、2014年からはピーテッドの大麦も仕入れています。糖化についても、3回麦汁をとり(3回目は次のバッチ用と混ぜる)、8基12万ℓのステンレス発酵槽でディスティラーズイーストを使って発酵させています。発酵は季節に応じて酵母の活性具合が異なることから60~72時間と幅があり、必要に応じて温度管理を行っています。
そして、蒸留器の導入の経緯については、中古の蒸留器で開始したグレンフィディック蒸溜所のように本場スコットランドを彷彿させるようなエピソードがあります。TTLは、海外の蒸留器を導入して蒸留酒の製造を試みたことがあったそうですが、うまくいかず倉庫で10年以上放置していたそうです。
5000ℓのストレートヘッドの初留釜は、花蓮ワイナリーにあったイタリア・フィリッリ社製で、コウリャン酒を作るために導入したグラッパ用の蒸留器、4000ℓと2000ℓのストレートヘッドの再留釜は、桃園ワイナリーにあったスコットランド・フォーサイス社製で、白酒(バイジョウ)を造るため導入した蒸留器です。それらの構成のバランスをとるために、新たにスコットランド・フォーサイス社から8000ℓのストレートヘッドの初留釜を導入しています。そのため、サイズも形状もメーカーもバラバラという何とも珍しい蒸留器の構成になっています。なお、蒸留器には熱帯の暑さに対抗すべく、1基の蒸留釜あたり2基のコンデンサーを導入して冷却させるという台湾ならではの設備になっています。
蒸留の際、ハートは70~75%で採取開始して64%でカットし、平均70%のアルコールのニューメイクを得ます。ピーテッド原酒の場合は64%以下と、より長めに採取します。10月から翌4月の7か月をかけ、40万ℓのアルコールを生産しています。スコットランドのキルホーマン蒸溜所を少し下回るぐらいの生産量です。ちなみに、同じ台湾のカバランは最大950万ℓ製造可能です。
私が見学している際に、スピリッツセーフから直接ピーテッドのスピリッツを飲ませて頂きましたが、その味わいはアルコール度数の強さを感じず、モルティーで上品なスモーキーさ、そして青りんごを思わせるフルーティーさがありました。
南投蒸溜所のウイスキー
南投蒸溜所は、酒類業界での長い歴史によるコネクションから様々な樽を使用しており、約15,000丁貯蔵しています。
バーボン樽は、見ただけでジムビーム・メーカーズマーク・ワイルドターキー・フォアローゼスと名だたる蒸留所の樽がありました。シェリー樽(バット)も、シーズニングだけでなく、ソレラシステムで使われていた樽も多く保有しています。新樽についても、ケンタッキー州Independent Stave Companyの最高クラスである “The Coopers Reserve”を使用しており、また蒸留所内でも小規模ながらクーパレッジがあるなど、改めて樽に力を入れていることがわかりました。
また、自社内のワイナリーの樽や果実のリキュールをつけた樽など、南投蒸溜所でしかできない樽をもっているのも強みです。
それらの樽に、59.5%のニューメイクを詰め熟成させていますが、熱帯気候らしく天使の分け前は8%前後と高く、3年経過すればしっかり熟成されたウイスキーに仕上がります。
2007年までは、TTLとして外国の原酒を使ったウイスキーを販売していましたが、2013年からは現在の定番商品となる3~5年熟成の原酒による「オマー」を発売しています。「オマー」は、スコットランドの製造方法を踏襲しているため、敬意を表してゲール語の「琥珀」を冠しています。
その後、ピーテッドや新樽、ライチや梅等の様々なリキュールを熟成させたフルーツカスクや、南投蒸溜所内で育成したBlackQueenという品種を使ったワインのカスク、そして台湾初の年数表記のウイスキーなど、様々なリリースを行っています。また、中華民国総統の就任にあたり、2015年そして2020年に記念ボトルが発売されるのも国営らしいです。
それらウイスキーには、コアなファンがついており、新製品がリリースされる度に、争奪戦が繰り広げられるそうです。
南投蒸溜所の将来
そんな起死回生の策だったウイスキー造りですが、2013年のウイスキーの発売から世界的な賞を受賞し、経営の立て直しに成功しました。また、現在の蒸留所が1978年設立と古く、また設備の老朽化もあるため、2023年に向けて大幅な改装を計画しています。その将来のイメージ図を見せて頂きましたが、蒸留棟が西洋の大学や城のような建物に計画されており、また蒸留器も増設を予定しているとのことでビックリしました。TTLのウイスキー造りの本気度が伝わってきます。
今後もカバラン蒸溜所と切磋琢磨しながら台湾ウイスキーの名声を高めていくことになると思われるため、その動向に目が離せません。
※本原稿の作成にあたり、南投蒸溜所の愛好家である西村貴志氏から蒸留所スタッフに、一部製造工程に関する情報確認をして頂きました。この場を借りて感謝申し上げます。