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High Gravity:ビールスタイルにあった水の創り方[ウォーター・アジャストメント]

前回はビールの仕込みの際に使用する水について、ベースになる水がどのような状態なのかを調べる方法を書いた。

参照
水質分析表とビールスタイルに合った水作り

今回はそれを使って、ビールスタイルにあった水をどのように創り出していくのかを見てみよう。とはいうものの、水の調整は本当に奥が深い。ここではあくまで雰囲気を味わってもらうために、主な「塩」の役割について触れてみよう。

カルシウムの役割

仕込み水に含まれる成分のうち、おそらく最初にトピックに上がるのがカルシウム(正式にはカルシウムイオン)だ。カルシウムは水のpHを下げる(つまり酸性)はたらきがある。

マッシング中、麦芽内のデンプンは酵素の力でより小さな糖分に分解されていくけど、pHが高いと麦芽の外皮などに含まれたタンニンが溶け出してしまい、渋くエグみがある麦汁ができてしまう。それを防ぐのがカルシウムの大きな役割だ。また、カルシウムは麦芽から溶け出たタンパク質を凝集させて沈殿させる力がある。タンパク質はビールの濁りの原因となるため、カルシウムを加えることで結果的に透き通ったビールが造りやすくなる。また、活動が終わった酵母は澱(オリ)となってゆっくりと発酵槽の下に沈殿していくが、酵母の種類によってはなかなか落ちていかないものもある。

ビール酵母メーカーのサイトでは、各酵母の沈殿のしやすさに関する情報が必ず掲載されている。沈殿しやすいビールは清澄度が高い反面、その傾向があまりに強いと、まだまだ麦汁に糖分がある段階で酵母が下に沈んでしまい、発酵が止まってしまう可能性があるからだ。

カルシウムは酵母の沈殿を助ける働きがあるので、使っている酵母の性質やビールのスタイルとの兼ね合いで、その濃度を調整することが重要になってくる。ちなみに低温で長期間ゆっくりとした発酵が必要なラガー系ビールでは、カルシウム分がほとんど含まれていないことが一般的だ。

希望する仕込み水のカルシウム濃度に比べて手持ちの水のカルシウム分が少ない場合、日本では融雪剤として利用されることの多い塩化カルシウムや、工芸でおなじみの石膏(硫酸カルシウム)などを使用する。融雪剤や石膏と聞くと、そんなものがビールに入っているのかとびっくりするむきもあるかもしれないが、これらは水に溶けた状態ではそれぞれカルシウムイオンと塩化イオン、硫化イオンに分かれるので全く問題ない。それでも心配なら食塩を考えてみるといい。水に溶けた食塩はナトリウムイオンと塩化イオンに分かれている。

味わいを左右するその他の要素

ビールづくりに関する水の成分として次に重要なのが硫化イオン。硫化イオンはビールの苦味やキレ感を増す作用があるため、ホップ感を鮮やかに引き立たせてくれる。

カルシウム同様、ラガーにはあまり多く含まれないが、ホップ由来の苦味がウリのIPAには、その味わいを際立たせるため、高い濃度で硫化イオンが含まれているケースがほとんどだ。

お次は硫化イオンとペアで語られることの多い塩化イオン。塩化カルシウムはビールのまろやかさや口当たりを向上させる作用がある。ただし苦味やキレ、そして口当たりを両立させようとして塩化イオンと硫化イオン両方の濃度を高めてしまうと、やたらに「ミネラルっぽい」味わいとなってしまって、むしろ飲みづらくなってしまう。何事も中庸が肝心というわけだ。

その他にもカルシウムほどではないにせよ同じくpH低下やビールの清澄度、味や苦味を引き立たせる作用のあるマグネシウム、麦芽感に丸みを与えてくれるナトリウム(食塩の主成分)、カルシウムとは逆にpHを上げる作用のある炭酸水素ナトリウム(重曹)などがビールの味わいや品質に関係する成分として知られている。

ビール造りで特に奥が深い水の調整

現在では各ビールのスタイルに合わせ、推奨される成分濃度が公表されているが、手元にある水を使ってそれをどうやって達成するのかはなかなか難しい。例えば、カルシウムやマグネシウムなどが高い濃度で含まれている硬水を、高度な濾過装置を通さないままラガーに適した低カルシウム・低マグネシウムの仕込み水へと変えることは不可能だし、軟水の水を相手に石膏だけを使用して、キレキレのIPAを作ろうと高硫化イオンの仕込み水を作ることも難しい。硫化イオン濃度を増そうとどんどん石膏を溶かしていくと、カルシウム分がやたらに高くなってしまうからだ。

カルシウム分が高すぎるとビールはチョークのような粉っぽいものになってしまう。そんな場合は、カルシウム分を含まず硫化イオンを添加できるような物質を加える必要がある。欧米でよく使われる入浴剤「エプソムソルト(硫化マグネシウム)」はそんな物質だ。

さらに、各成分の相互作用を考えることも重要だ。例えば、IPAの鮮やかな苦味には実は硫化イオン濃度そのものよりも、硫化イオンと塩化イオンそれぞれの濃度の比率の方が重要だと言われている。その比率は2:1から4:1。これを達成するため、ベースとなる水に対して石膏や塩カル、エプソムソルトにニガリ、食塩、さらにはチョークなどを駆使する必要があるわけだ。一方、最近大人気のHazy IPAは全く真逆の1:3辺りが柔らかで充足感のある口当たりをもたらしてくれると言われている。

というわけで、一般的にはほとんど知られていないが、ビール造りの中でも特に奥が深いのがこの水の調整なのである。

この記事を書いた人

ジミー山内
ジミー山内
ウイスキーアドバイザー。米カリフォルニア在住。アメリカン・ウィスキー及びクラフト・ビール関連業界に深く携わる一方、日本で気鋭のクラフト・ブルワリーであるTokyo Aleworksを創設。スコットランド在住時はScotch Malt Whisky Society本部で樽選定員として数多くのモルト・ウィスキーを世に送り出している。
ジミー山内
ジミー山内
ウイスキーアドバイザー。米カリフォルニア在住。アメリカン・ウィスキー及びクラフト・ビール関連業界に深く携わる一方、日本で気鋭のクラフト・ブルワリーであるTokyo Aleworksを創設。スコットランド在住時はScotch Malt Whisky Society本部で樽選定員として数多くのモルト・ウィスキーを世に送り出している。