多くのビアスタイルは英国やドイツやベルギーなどヨーロッパを起源とするものが多い中、カリフォルニア・コモンはアメリカを起源とするめずらしいビアスタイルです。
カリフォルニア・コモンの始まり
事の始まりは19世紀中ごろ、カリフォルニアで金が発見された事です。この知らせで30万人もの人がカリフォルニアに一気に押し寄せました。1848年にはたった200人しかいなかったサンフランシスコは、6年後には人口36,000人の都市になっていました。
一夜にして地域経済が変わり、ビールの製造者にとって巨大マーケットが出現しました。東部から低温で発酵させるラガーイーストを持ってやってきたブルワーは、カリフォルニアがかなり温暖であることに気づきます。サンフランシスコでは決して雪は降りません。しかたなく、通常より高い温度で発酵させてビールを造り始めます。こうして生まれたのが、カリフォルニア・コモンです。
スチームビールとアンカー社
カリフォルニア・コモンは、歴史的にはスチームビールと呼ばれていました。日本に長年輸入されているアンカースチームを思い出す人も多いでしょう。アンカー社は数多くのスチーム専門ブルワリー(そもそも昔のブルワリーはいろんな種類のビールを造ってはいなかった)の一つでしたが、1920年の禁酒法によって、アメリカではすべての醸造所がクローズします。1933年4月の禁酒法撤廃で復活したスチームブルワリーはアンカーただ一つだけでした。
これも1960年代、巨大メーカーのマーケティングには勝てず、閉鎖の危機を迎えていました。1965年、大手白物家電メーカー「メイタグ」の創始者の孫で若いスタンフォード卒業生のフリッツ・メイタグは、サンフランシスコにあるノースビーチのレストラン「オールド・スパゲッティー・ファクトリー」の常連でアンカースチームを飲むのを楽しみにしていました。ある日、店員からアンカーが閉鎖されることを聞き、びっくりしてブルワリーを見に行ったメイタグは一目で気に入り、数千ドルで51%の株を買い、とりあえずアンカーを倒産から救います。
初期のクラフトビールの始まり
最終的にすべて買い取ったメイタグは、1971年に100周年を記念してアンカースチームの瓶詰めを開始します。同時に限定ビールとして、4つのビール、「ポーター」、「リバティーエール」、「オールドフォグフォーン」、「クリスマスエール」を発売します。これは初期のクラフトビールの始まりとも言える出来事です。
その後アンカーは蒸留所を開設し、ライウイスキーやクラフトジンを発売します。
2010年メイタグは引退、2017年サッポロホールディングに買収されます。
アンカー社はクラフトビール初期に多くのことを成し遂げましたが、一つ困ったこともしています。それは「スチーム」を商標登録してしまったことです。これにより、アメリカではスチームビールに「スチーム」という名前が使えなくなってしまいました。なので、スタイル名は「カリフォルニア・コモン」となっています。
※冒頭の画像は最近造った「サクラ スチーム」(日本は商品にスチームという名前をつけても大丈夫です)