Tasting 101
ココナッツ
ウィスキー、特にバーボンの代表的な薫りの一つココナッツ。甘美でどことなく乳製品を思わせる薫りだが、スコットランドやアイルランドでは春の野山に咲き乱れる黄色い小さな花、ゴース(Gorse/ハリエニシダ)がそっくりの薫りを放つことでよく知られている。海岸を散策中、潮風とともにどこからか甘いココナッツの薫りがするときなど、本当にハッとさせられるもの。
興味深いことにウィスキーのココナッツ臭の原因物質は実は50年近く前に同定されている。その名も「ウィスキー・ラクトン」。英語で乳糖をラクトースということからもわかるように、ラクトン類はクリーム様の薫りをもたらすことが多い。ウィスキー・ラクトンは当初はウィスキーから発見されたけど、その後、その由来が樽材であるホワイト・オークにあることがわかった。ウィスキーの熟成に関して、樽がもたらす香味成分の中でも最も初期に発見された化学物質の一つだ。
High Gravity
Yeast Harvest
酵母はプロ・アマ問わずビールづくりの中でも最も高い原材料の一つだけど、うまくすれば5回程は使い回しができる。使い回しというと聞こえが悪いけど、2回目以降の発酵の方がイキがいいと言われるほどだ。
問題は酵母の取り出しと保管。最近ではプロの醸造所と同じ逆円錐形のステレス製発酵槽を持っている人も多いはず。それならば底に酵母を抜くための栓があるはずだ。栓は通常サニタリー継手と呼ばれる形をしており、Mason Jarとはアダプターを介してぴったりと接続できる。これを使えば一切手を触れることなく、衛生的に酵母の収穫(yeast harvest)が可能だ。後はサニタリー継手専用の蓋で封をして冷蔵庫にとっておけばいい。もちろん、Mason Jarやアダプター、蓋などを圧力鍋で滅菌しておくのを忘れないように。
時代の証人
Charles Chree Doig
蒸溜に直接携わることのなかったチャールズ・クリー・ドイグだが、スコッチ蒸溜所のシンボル、パゴダ屋根を設計した人物としてウィスキー史にその名が刻まれていると言っていい。優美なこの屋根は、その役割を終えた現代においても蒸溜所、いやスコットランドを代表する造形美として愛され続けている。
1880年代前半から約25年に渡り100を超える蒸溜所の様々な施設・装置の開発・設計・施工を担ったドイグは、今で言えば蒸溜所の建設コンサルタントだった。その発明の一つが「ドイグ式通気口(Doig Ventilator)」と呼ばれる排気システムを備えた麦芽乾燥塔だ。
当時、製麦中の大麦や刈り取った麦わら、レンガといった湿度を含んだ大量の物体の乾燥をさせようと思えば、炉からの熱気を利用した巨大な窯、すなわちキルンを使用する以外なかった。電動換気扇など無い時代、排気は自然任せ。少しでも流れが悪いとあっという間にキルン内部の熱が上昇してしまう。干し草のキルニングなど常に失火の危険と隣り合わせだったと言っていい。好景気に沸き、蒸溜所の巨大化や新規建造が進んでいたスコットランドで、ドイグのキルンはその造形的要素が好まれたというよりも、全天候・全方向の高い排気機能が選ばれたのだ。
ドイグ以前のスコッチ蒸溜所のキルンがどんなだったかを知りたければ、イングランドのケント州に点在するオースト・ハウス(Oast House)を訪れてみればいい。今では中世の佇まいを残す住居として人気のこれらの建物は元々ホップ乾燥用のキルンだった。てっぺんには「カウル(cowl)」と呼ばれる風向きによって開放部が回転する尖塔型の通気口。これと同じものがスコットランドの蒸溜所でも広く使われていたわけだ。パゴダの名はドイグ本人がつけたものではないが、当時流行していたオリエンタル様式が「キリスト教修道士が被るフード」を意味するカウルからの脱却に影響した、という推測はあながち誤りではないかもしれない。