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蒸溜所探訪 Vol. 2「日本・岐阜 巳蒸留所」

ここ数年の世界的なクラフトジンブームは日本にも波及し、多くの蒸留所からさまざまなジンがリリースされています。ただ、ジンなどのスピリッツ専門の蒸留所は少なく、ウイスキーや焼酎、泡盛メーカーが造るジンというのが多くみられます。これはウイスキーや焼酎と比べて、小サイズであるジン専用のスチルやハイブリットスチルの普及が大きな要因のひとつと思われます。またウイスキーと異なり熟成期間が短いため、キャッシュフローの面でも優位といえます

その中でも、ひときわ異彩を放っているのが辰巳蒸留所です。茶色の試薬ビンという独特の見た目もありますが、その中身も他のジンとは一線を画しています。今回はその独特な<辰巳ワールド>をご案内したいと思います。

良水豊かな土地・郡上八幡

辰巳蒸留所は、岐阜県の中央部・郡上市八幡町にあります。一般的には郡上八幡と呼ばれ、長良川から分かれる吉田川を中心に広がる城下町です。この吉田川の南北で土壌が異なり、辰巳蒸留所がある南側は石灰岩や玄武岩主体の土地です。こちら側には多くの鍾乳洞があり、そこから良質な湧水が豊富に流れ出ています。辰巳蒸留所のすぐ裏には2ヶ所の水源からの流れが合流する場があり、谷間であるため暗く湿度の高い土地となっています。辰巳蒸留所ではこの犬啼川(いんなきがわ)の水を仕込水として使用しています。水温は年間を通じて14℃程度と安定しており、硬度も65度程度の中硬水(辰巳氏談・日本では中軟水に分類される)となっています。

蒸溜所裏を流れる犬啼川

この水は昔から良質と有名で、江戸時代には天然氷を造り殿様に献上する場でもありました。また、昭和40年代からは水道水としても使用されています。産業的にもミネラルウォーターやコンタクトレンズ洗浄液の水源として活用されていました。特に、この地はスクリーン印刷の発展に大きく寄与したメーカー(ミノグループ)があり、スマートフォンなどのタッチパネルの銀印刷技術で著名です。辰巳蒸留所の建物も、元々はスクリーン印刷機の部品工場だった森機械製作所のものを利用しています。

ちなみに辰巳氏がこの地に決めた理由は、フランスのアブサン生産地であるポンタルリエの風景に似ていたからです。

コンパクトな作業場

蒸留所のやや年季の入った建物に入ると、10数メートル四方程の作業場に3基の蒸留器と留液などを入れるタンク、ボトリング機などが並んでいます。作業場の右手にはバー「酒屋あぶしん」が併設されています。作業場から2階に上がると、ボタニカル選別台があり、ここにジュニパーベリーやニガヨモギなどの乾燥ボタニカルも保管されています。

今回仕込の終わった季節のボタニカルとして、ラベンダーが2種類ありました。ひとつは「4号・おかむらさき」。7月中旬からと遅咲きで、茎・穂とも長く、香料成分が多いのが特徴で、観賞用として主流の種類です。もうひとつは「3号・こいむらさき」。6月中旬からと早咲きで、茎・穂ともに短く蕾が大きいのが特徴で、近年栽培が増えている種類です。岐阜県揖斐郡池田町「ラベンダーファームあまおか」にて、今年6月3日と10日の2回収穫して、それぞれ4回の仕込を行っています。1日1回の仕込のため、4日間かけて蒸留を行うことになりますが、その間にラベンダーの乾燥が進み、少しずつ酒質の異なる原酒が得られます。今年は「こいむらさき」を主体に仕込を行い、770本ボトリングされました(昨年は600本)。

個性的な蒸留器

蒸留器は3基あります。

ヘッドがボール型の銅製ポットスチルが大小2基あり、これらは夕張メロンブランデーを造っていたスチル、大阪の大科工業製です。大きいのは容量1000リットルで、レギュラーリリースのジン専用にしています。マンホールが小さく中に入って洗浄ができないので(小柄な女性なら大丈夫らしいですが……)、ボタニカルとしてはジュニパーベリーのみを蒸留しています。加熱方法はジャケット型スチームで、1バッチで700~800本分を造ることができます。小さいものは容量30リットルで、試作用やボタニカルが少量の時などに使っています。加熱はガス直火で、1バッチは60~70本程度です。

ポットスチル小
ポットスチル大

もうひとつが、この蒸留所の特徴ともいえるカブト釜蒸留器です。3つのパーツ、ステンレス製の釜・杉材のヘッド・銅製のカブトからなる蒸留器です。鹿児島で芋焼酎を主に製造している大石酒造が復元改良したもので、鹿児島でもこの蒸留器で焼酎を製造しています。

カブト釜蒸留器

カブトはすり鉢状で、上に水を張ることでカブトに触れた蒸気を液体に戻し、ヘッドの中央にある受け口から取り出す仕組みです。ある意味、原始的な蒸留器といえるかもしれません。容量は200リットルで、主として季節のボタニカルを使用する場合に使います。加熱方法はジャケット型スチームで、1バッチで150~200本分を造れます。通常1アイテムについて600本を造るので、3~4日かかることになり、ボトリングなどを含めるとおよそ10日で完成となります。そのため月にリリースできるのが2アイテム程度となり、毎年同じボタニカルのものを造れない場合も出てくることになります。

カブト部は本体に載せているだけ
中央下部の管から留液が出てくる

多様なベーススピリッツ

辰巳蒸留所では、様々なベーススピリッツを使っています。

ジンには福岡県久留米市の「杜の蔵」が造っている酒粕焼酎『吟香露』を、アブサンには鹿児島県の「大石酒造」の芋焼酎『蔵純粋』をメインに使っています。そのほかに米焼酎や、岐阜県特産チコリ焼酎などを組み合わせています。オレンジキュラソー用には東京・清澄白河「フジマル醸造所」の『メルロー粕』を仕入れて、グラッパを造り、ベースとしています。

他にはない独特なボタニカル

辰巳蒸留所では、様々なボタニカルを使ったジンやアブサンを造っています。その季節に採れるボタニカルを農家からオファーされて購入しています。花ではカモミール・オレンジフラワー・金木犀・ラベンダー・蕗の花など。果実では洋ナシ・桃・ソルダム・ブラックベリー・リンゴなど。そのほか、煎茶やワサビ・赤丸薄荷・ホップなども仕込んでいます。また、酒造で使われることはおそらくここでだけだと思われるのがタイワンタガメ。昆虫食専門のレストランとコラボしたジンで、洋ナシや青リンゴのフレーバーもしますが、昆虫独特の香味も感じられます。フェイスブックにその仕込時の写真が掲載されていますが、なかなか刺激的です(虫が苦手な方は見ない方がよいでしょう。ちなみに昆虫なので正確にはボタニカルではないのかもしれません)。

ほとんどのボタニカルは農家からのオファーですが、柑橘類だけは指定したものを仕入れています。

ジンのメインボタニカルであるジュニパーベリーはマケドニア産を使用していますが、岐阜県多治見周辺の山にも自生しており、植林も検討しています。アブサンのメインボタニカルであるニガヨモギはブルガリア産の乾燥したものを使用していまが、こちらも蒸留所近郊の農家に栽培を依頼していて、近いうちに国産100%にできるようです。ニガヨモギの収穫は8月から9月上旬くらいで、フレッシュなものからはより柑橘系のニュアンスが強く感じられます。

独自の製法

辰巳蒸留所のジンは、他のジンとは異なる製法を用いています。

一点目:ボタニカルの香味を抽出する際の蒸留方法

多くのジンでは、以下の2種類の方法のどちらかを採用しています。

①浸漬法 

ベーススピリッツにボタニカルを1~2日間浸け、その後加熱し蒸留する方法。

しっかりとした香味のジンができる傾向にあります。

②蒸気抽出法・ベーパーインフュージョン法

スチルのヘッドなどにボタニカルを入れる金属製のバスケットを設置し、釜に入れたベーススピリッツを加熱して、その蒸気をバスケットに通すことで抽出する方法。

すっきりとした軽やかな香味のジンができる傾向にあります。

辰巳蒸留所では、ボタニカルを釜に詰めてベーススピリッツを加えると、直ぐに加熱し蒸留抽出をします。ボタニカルの抽出を考えると、①と②の中間のような方法と言えるでしょうか……。この方法ですと、ボタニカルが直接加熱されることで複雑でしっかりとしつつも軽やかな香味が得られ、時間的に効率よく稼働させることができます。

また、辰巳蒸留所のジンやアブサンはアルコールを感じにくいのですが、この要因の一つとしてカブト釜蒸留器の構造が挙げられます。木製のヘッドに銅製のカブトを乗せるだけですので、通常のスチルが密閉系であるのに対して微妙に隙間があることにより、そこからツンツンとする香気成分が抜けていくと考えられるからです。もちろんそれだけではないと思いますが……。

二点目:ベーススピリッツ

通常は、アルコール度数96%程度のニュートラルスピリッツを使用します。ここまで高アルコールにしますので、原料由来の香味はなくなってしまい、麦でも糖蜜でも米でもあまり変わらなくなります。これを60%程度まで加水して抽出に使います。また、いくつかのジンではアルコール度数を上げないでベースの個性をあえてしっかりと残すものもあります。リンゴのブランデー・カルバドス、泡盛や芋焼酎などをベーススピリッツとするジンです。

辰巳蒸留所は後者寄りです。ジンの場合はベーススピリッツに酒粕焼酎を使いますが、その度数は30%台後半です。これを仕入れたままで使用しています。また、ボタニカルに合わせて、チコリ焼酎(必ず2~4%程度加える)や米焼酎などを選びブレンドしているのも、ほかでは見られない手法です。アブサンもアルコール度数40%程度の芋焼酎をそのまま使用し、こちらもチコリ焼酎などを加えています。ただ、出来上がったジンやアブサンからはベーススピリッツそのものの個性をそれほど感じません。ボタニカルとの相性が良いのか、ミドルカットの具合がちょうどよいのかもしれません。

三点目:ボタニカルの組み合わせ方

多くのジンでは、ボタニカルを数~10数種類使用しています。ロンドンジン・タイプではすべてのボタニカルを一度に仕込みます。また、最近流行のクラフトジンでは、1種類か数種類のボタニカルごとにジン原酒を造り、それをブレンドして仕上げるものも多くみられます。ローカルなボタニカルを特徴的に使用するのですが、その多くは短い期間にしか入手できないため、通年での仕込は困難です。そのため、入手できる時期に一年分の原酒をまとめて造り、ブレンドすることで対応しているのです。

辰巳蒸留所のレギュラー・ジンは、ボタニカルとしてはジュニパーベリーのみで造っていますが、十分に複雑で柑橘様のアロマも感じられます。現在は、銅製スチル大とカブト釜の原酒を1:2の割合で合わせています。

それ以外の季節のボタニカルを使用したジンでは、基本的にジュニパーベリーとそのボタニカルの2種類のみで仕込んでいます(果実などでは2~3種類のボタニカルを合わせる場合もあります)。そのため、ボタニカルの個性を素直に感じることができます。

辰巳蒸留所では、蒸留の際にミドルカットをするのですが、前ロットの前留分と後留分を加えて蒸留するのも特徴です。ですので、正確にはそのボタニカルのほかに他のボタニカルも少し混ざることになります。混ぜるにあたり邪魔にはならないように配慮していますが、これがよりふくよかで複雑に感じられる要因のひとつなのかもしれません。

最後に、周年記念でリリースしているボトルについて。これはその一年間に造った全てのジンを混ぜたもので、ボトリングの際に余ったものをすべてまとめておいたものです。辰巳さんの一年間の仕事のすべてが詰まっているボトルといえます。

自然体/自分の飲みたい物を造る

辰巳祥平氏は2019年現在、32歳。東京農大卒業後、国内外のさまざまな醸造所・蒸留所を8年間巡り、3年前に29歳で郡上八幡に移り住み、2016年12月に創業しました(スピリッツ免許取得は2017年6月)。

辰巳祥平 氏

初リリースは2017年の9月で、ラベルには初年度の「1」を入れています。ラベルの数字は年度を表し、各ロットを明確に区別できるようにしています。酒造免許をとった夏至あたりのタイミングで数字を変えます。ラベンダー・ジンがその年度の最後、ラベンダー・アブサンがその年度の最初となっています。

辰巳さんは穏やかで柔らかい印象で、変に力んでいたり、マニアックな感じはありません。実直に自然体でお酒と向き合っていて、過度に無理をしないマイペースで着実に個性豊かな酒を造りだしています。以前、5シーズン勤務していた大石酒造でカブト釜蒸留器の可能性に魅せられ、これで洋酒を造ってみたいと思っていたそうです。

また、ワイナリーや日本酒蔵、焼酎メーカーで勤務していたので発酵についても経験や知見がありますが、あえて蒸留工程のみに特化した酒造りを選びました。自分一人で作業をするので、無理なく良いものを造るための判断です。そこで選んだのがジンやアブサンであり、現在のブームに影響されてはじめた訳ではありません。

個性的なジンやアブサンを数多くリリースしていますが、「自分が飲んでみたいものを造っている」とあくまで自然体です。また、ベーススピリッツの供給元への感謝も忘れてはいません。その負担についても製造に係っていたため理解しているからです。ボタニカルの入手についても、より良いものを提供してくれる農家などとの信頼関係があるからこそ可能で、ここにも辰巳さんの人柄がみられます。

試飲アイテム

ジン

①レギュラー(ジュニパーベリー100%)

②ラベンダー2018

③タイワンタガメ

④オレンジフラワー(夏の代表的な花として)

⑤きんもくせい(秋の代表的な花として)

キュラソー

①オレンジキュラソー(グラッパ・ベース)

アブサン

①レギュラー(無色透明)

②薄荷(無色透明)

③バイソングラス(蒸留後、浸漬により緑色に着色)

この記事を書いた人

谷嶋 元宏
谷嶋 元宏https://shuiku.jp/
1966年京都府生まれ。早稲田大学理工学部在学中よりカクテルや日本酒、モルトウイスキーに興味を持ち、バーや酒屋、蒸留所などを巡る。化粧品メーカー研究員、高校教員を経て、東京・神楽坂にバー「Fingal」を開店。2016年、日本の洋酒文化・バーライフの普及・啓蒙を推進する「酒育の会」を設立、現在に至る。JSA日本ソムリエ協会認定ソムリエ。
谷嶋 元宏
谷嶋 元宏https://shuiku.jp/
1966年京都府生まれ。早稲田大学理工学部在学中よりカクテルや日本酒、モルトウイスキーに興味を持ち、バーや酒屋、蒸留所などを巡る。化粧品メーカー研究員、高校教員を経て、東京・神楽坂にバー「Fingal」を開店。2016年、日本の洋酒文化・バーライフの普及・啓蒙を推進する「酒育の会」を設立、現在に至る。JSA日本ソムリエ協会認定ソムリエ。