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あなたの知らないアメリカン・クラフト①:ノース・カロライナ

文:ジミー山内

クラフトの小宇宙 North Carolina

ノース・カロライナ。

アメリカ合衆国の地図をみて迷うことなくその場所を指差せる人はほとんどいないだろう。

“Sunrise from Courthouse Valley Overlook on the Blue Ridge Parkway”

「ノース」から北部の州をイメージするかもしれないが、これはあくまで南側に位置するサウス・カロライナ州との対比から。南北でいうと米国のちょうど真ん中、東西で言えば大西洋に面した東海岸の州。

1903年、ライト兄弟が世界初の有人動力飛行を成功させたのは大西洋からの強風で有名な同州沿岸のことだった。西には開拓者精神を育んだアパラチア山脈。その先にはアメリカン・ウィスキーで有名なケンタッキー州やテネシー州が広がっている。

日本人にはほとんど馴染みのない州かもしれないが、ノース・カロライナはアメリカン・クラフトのまさに小宇宙。

アパラチアはアメリカの密造酒ムーンシャインのゆりかご。

アシュビルは米国東部クラフト・ビールのショーケース。

ポートランドにデンバー、そしてケンタッキー。アメリカン・クラフトの聖地を名乗るところは多々あるけれど、そのルーツ・中身の両方においてノース・カロライナほどユニークで奥が深い場所はない。まさにアメリカン・クラフト・ムーブメントの写し鏡。

しかもそのポテンシャルは日本はもとい、アメリカですらまだほとんど知られていないというから驚きだ。

今回はそんなノース・カロライナからアメリカン・クラフトの現在をジミー山内と一緒に眺めていこう。

Charlotte:シャーロット

ノース・カロライナ最大の都市にして全米第二の金融都市シャーロット。でもアメリカ人にとってシャーロットといえば、なんといっても全米No.1カーレース、NASCARの聖地。

“Charlotte skyline from The Vue condos” (https://flic.kr/p/9irvEo) by James Willamor: CC BY-SA 2.0

一般市販車を改造したいわいるストックカーレースの最高峰であるNASCAR(注釈:現在は市販車ベースの競技は行われていない)は観客動員数で大リーグを抜き、王者アメフトに次ぐ超メジャー・スポーツだ。本部があるシャーロットはその誕生と深い関わりがある。それもアメリカン・クラフト・スピリッツの原点、密造酒ムーンシャインとの深い深い関係が。

アメリカ建国当時、余った穀物を醸造・蒸溜することで副収入源とするのは農民なら当たり前の行為だった。でも独立戦争の戦費返済のために初代大統領ワシントンが課したウィスキー税によって状況は一変してしまう。特に貧しかったアパラチアの開拓民は政府の強権的な振る舞いを嫌って暴動を起こすが、ワシントンが送った軍隊によって鎮圧。蒸溜酒造りは非合法化。

長く苦しい独立戦争を勝ち抜き、ようやく旧宗主国イギリスの圧政から開放されたはず彼らにとって、「人民の政府」による行為は裏切りそのものだった。彼らが受けた心の傷は深く、アパラチアに住む人々を意味する「アパラチアン」には今でも反権力・独立自尊といったイメージがつきまとう。

そんな彼らにとって蒸溜酒造りを禁じられることは権力による自由への不当な介入の象徴。ムーンシャイン造りは彼らがアパラチアンたるアイデンティティーそのものなのだ。まさに反骨という精神の酒ースピリッツーなのである。

アメリカン・クラフト・スピリッツはそれがウィスキーであれ、ムーンシャインであれ、はたまたジンであれ、多かれ少なかれその精神の上に成り立っていることをぜひ覚えておいてほしい。

大量消費社会となった近年でもムーンシャインはアパラチアンにとって伝統的な「家庭料理」であり続けた。

今でこそ家庭内での消費が一般的だが、貧しい山間部ではそれを生業にすることも多かった。警察に目をつけられないよう、一見普通だが中身を改造した配達車にムーンシャインを満載し、恐れを知らない若者たちが命がけで山道を駆け巡る。その高性能ぶりに警察車両は全く歯が立たず、押収した車で取り締まりに臨んだというほどだ。

やがて彼らは配達のない週末、その腕と車の性能を互いに競い合い始めた。これがストックカーレースの始まりだった。つまり、アメリカを代表するスポーツ娯楽産業はその根っこの部分でこの国のクラフト・ムーブメントと結びついているわけだ。

コラム:Junior Johnson

シャーロット観光の目玉、NASCAR殿堂博物館にその名を連ねるレーサーの中でも、生きるレジェンドとわれるのがJunior Johnsonだ。

“IMG_5988” (https://flic.kr/p/Ssins3) by rgbRandomizer: CC BY-SA 2.0

獰猛ともいえるドライビングによって数多くのタイトルを獲得し、監督となった以降も猛将として名を轟かせた。ストックカーレースの黄金時代を切り開いた文字通り歩くNASCAR。1973年には彼をモデルとした映画も作られている。題名は彼のあだ名でもある「ラスト・アメリカン・ヒーロー」。

しかし彼がレジェンドと呼ばれる本当の理由は、彼の生い立ち自体がストッカーレースの歩みそのものだったからだ。

実はJohnson一家はNCでも有名な筋金入りのBootlegger、つまりムーンシャイン密造者だった。一家は米国の密造酒取締史上最大と言われる1600リットル近い違法蒸留酒の差し押さえを経験している。もっぱら密造は父親が行い、Junior本人は車を駆って配達を担っていたというが、彼本人も密造で逮捕されている(運転絡みはゼロ)。

しかもそれすらレーガン大統領の恩赦によって帳消しとなったというのだから驚きだ。現在ではそんな彼の家庭に代々伝わるレシピで作ったという、Midnight Moonというムーンシャインが合法的に製造・販売されている。

一見すればMason Jarに入ったただのスピリッツだが、そのパッケージにも、その中身にもアメリカの歴史が凝縮されているわけだ。

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Asheville(アシュビル)

この記事を書いた人

谷嶋 元宏
谷嶋 元宏https://shuiku.jp/
1966年京都府生まれ。早稲田大学理工学部在学中よりカクテルや日本酒、モルトウイスキーに興味を持ち、バーや酒屋、蒸留所などを巡る。化粧品メーカー研究員、高校教員を経て、東京・神楽坂にバー「Fingal」を開店。2016年、日本の洋酒文化・バーライフの普及・啓蒙を推進する「酒育の会」を設立、現在に至る。JSA日本ソムリエ協会認定ソムリエ。
谷嶋 元宏
谷嶋 元宏https://shuiku.jp/
1966年京都府生まれ。早稲田大学理工学部在学中よりカクテルや日本酒、モルトウイスキーに興味を持ち、バーや酒屋、蒸留所などを巡る。化粧品メーカー研究員、高校教員を経て、東京・神楽坂にバー「Fingal」を開店。2016年、日本の洋酒文化・バーライフの普及・啓蒙を推進する「酒育の会」を設立、現在に至る。JSA日本ソムリエ協会認定ソムリエ。