全世界を席巻するクラフト・ビール・ブーム。
そもそもはジミー・カーター大統領が家庭でのアルコール醸造を許可したことがその発端と言われています。当初家々のガレージで細々と作られていたいわば「どぶろくビール」は40年の時を経てアメリカが世界に発信する最新のお酒文化へと成長を遂げました。
ここ2〜3年でアメリカのクラフト・ビール醸造所はさらに成長の度合いを増し、その数は6000に達しようかと言われています。また、ビール造りに欠かせないホップについても今年アメリカは遂に世界最大の生産国に踊り出ました。
ヨーロッパでもその影響は計り知れません。今ではフランスやイタリアといったそれまでビール文化が比較的薄い国々のみならず、ビールの聖地イギリスやドイツでも「クラフト・ビール熱」は目を見張るものがあります。
イギリスにはなんと1200以上のビール醸造所がありますが、その多くはナノ・ブリュワリーと呼ばれる超小規模ビール醸造所。アメリカのクラフト・ブームをダイレクトに受けた醸造所たちです。
IPAが牽引するクラフト・ビール ひるがえって日本でのクラフト・ビールはようやく助走が終わり、ブームへのスタートラインがようやく見えかけてきたといったところ。
日本での小規模ビールは1990年代の地ビール・ブームがその始まりでしたが、当時はヴァイツェンやアルトなどのドイツ系エールがその牽引役でした。
IPAとは何か?
一方、アメリカン・クラフト・ビールの主流は何と言ってもIPA。
インディア・ペール・エールの略ですが、その特徴はやはりホップ。イギリスが植民地インドに出荷するビールの日持ちを良くするために抗菌剤としてのホップを大量に加えたものが起源、とも言われています。
伝統的なブリティッシュIPAが苦味を特徴とするのに対して、アメリカのIPAはどちらかと言えばホップのフレーバー重視。特に最近はこの傾向が顕著です。
さらにアメリカのIPAは度数が高い!イギリスのIPAのほとんどは5%以下。セッションと呼ばれるアルコールが低めなものは4%弱。一方のアメリカンIPAの平均値は6%強に達しようかとしています。中にはさらに高めのDIPA(Dはダブルの意味)やXPA(Xはエクストリームの意味)なんていうのもあります。
こうなるとアルコールや麦汁のパンチが凄いため、効かせるホップの量もハンパではありません。ホップ好きのことを「ホップ・ヘッド」なんて呼んだりしますが、流石に少し飽きがきたようで、ここ最近はセゾンなどのベルギー系ビールやビール酵母以外の発酵が加わったサワー・ビール、バーボンなどのウィスキー系の樽で寝かせたバーボン・エールなどが流行しています。
これらもやがて日本に来襲すること間違いなし!海の向こうの出来事と言わず、アンテナを張って待ち構えましょう!
クラフト最新トピック
アメリカクラフトビール業界でここ数年話題になったトピックを幾つか取り上げてみましょう。
1.SMaSH
単一の麦芽と単一のホップ(SMaSH。Single Malt, Single Hop)だけで作られるビールのこと。
もともと自家醸造家の間で広まったこのスタイル。当初は初心者向けと考えらていたのですが、いやいや相当奥が深い。いわばビールのミニマリズム。麦芽は何を選ぶか、ホップは何か?酵母は何をチョイスするか?
ビール造りもさることながら、レシピに醸造家の感性がくっきりと映し出されるのがこのSMaSHなのです。最近では日本でも麦芽を一定にしてホップだけ替えたSingle Hopシリーズのビールが多いですが、SMaSHはある意味でその極みといえるかも。
2. Hopb Hash
最近のホット・アイテムがこれ。
単にホップを乾燥したものはリーフと呼ばれますが、酸化によって劣化しやすいため、アメリカではペレット・ホップが一般的。
取れたホップを粉砕して、目の粗いザルで裏漉しし、それを固めたペレット・ホップは見た目はまるでドライなペットフードのよう。その時ザルにこびりついた大量のカスをこそぎとったものがホップ・ハッシュ。苦味やアロマの素となるオイル分がギュッと凝縮された、まさにマグロならぬホップのすき身。取れる量も非常に少なく超貴重品なのです。
油分が多いためにあっという間に酸化してしまうため扱いも難しく、ビールもあまり出回らないのですが、やっぱり一度は試してみたいですよね。
3. Wet Hopping
ホップの収穫期である秋、朝採れの生ホップを出来がり直前のビールに投入するのがこのwet hoppingという手法です。いわばホップの活け〆。
採れたてのホップはオイルたっぷりで扱うその手はもうベタベタ。そんなオイルが酸化する前、できることなら収穫日の午後までには仕込むことが望ましいとされています。
生のホップは緑茶の香りに近い成分を多く含んでいて、wet hoppingのビールは独特の草っぽさがアクセントになります。よほど仲のいいホップ農家が近所にでもいない限り小規模なクラフト・ブルワリーには手が届かない垂涎のアイテムですが、購買力のある比較的大きめのクラフト・ビール・メーカーならそれなりに製品が出回っているので、日本上陸も期待できるはず。
4. Brett
ホップ・ヘッドと呼ばれるIPA好きがするアメリカでは、その反動からかここ数年サワー・ビールが大流行。
もともとはランビックやグーズに代表されるように大陸ヨーロッパの伝統的なビール・スタイルです。
そもそも冷蔵技術やパスツールの低温殺菌法が確立する以前のビールは多かれ少なかれ酸っぱかったといわれますが、これはビール酵母以外の野生酵母やバクテリアによる発酵を抑制できなかったから。これを雑菌による異常発酵と見るか、それとも新たな味わいの創造と見るか。
製法は大きく分けて2つ。
一つは酵母による発酵の前に乳酸菌によって酸性度を上げる方法。一般にケトル・サワーと呼ばれています。
もう一つは伝統的なサワー・ビールの製法。ワイン樽などに麦汁を詰め、ビール酵母と他の微生物などとの共生発酵によって造り出されるこのビール、酵母と微生物のオーケストラによって作り出す味わいは複雑でときに官能的。特に通称ブレットと呼ばれる微生物は動物小屋のような獣臭を作り出すことも。
「ファンキー」と表現されることが多いですが、日本人にはその奥に感じられるウマミの方に親近感があるかも。
5.NE Style
最後のはこの1〜2年でアメリカ西海岸でも急激に広まった新しいビール・スタイル。基本はIPA。
NEはNew Englandの略、つまりアメリカ北東部スタイルという意味です。通称Hazy Beer。
Hazyは濁ったという意味の英単語ですが、その名の通りグラスの向こうが見えないほど白濁しているのが特徴。オシャレなカフェ・バーで出てきたら、搾りたてのグレープフルーツ・ジュースと見間違えてしまうかも。
でもこれ、あながち間違いでもないのが面白いところ。よく出きたHazy IPAならありがちな苦味も少なく、むしろ爽やかな甘味や柑橘系や南国系フルーツの薫りがこれでもかと押し寄せてきます。クラフト・ビールの奥深さを確信させてくれる一杯になること間違いなし。
Brew Pub(ブリューパブ)事始め:スマートなパブのマナー
クラフト好きならやっぱり本場アメリカのブリューパブを訪れてみたいもの。
日本のバーともイギリスのパブとも違うあの開放感やフレンドリーさを一度は体験したいですよね。とは言うものの、遠い異国の地。言葉も文化も異なる場所で見知らぬ店に飛び込むのは勇気がいるのも事実。そこで、ちょっとしたノウハウをここでご紹介。ここに上げるアドバイスの多くはブリューパブのみならず、全米(もっと言えば欧米の多くの国々)のバーやレストランでも通用するから、憶えておいて損はないはずですよ。
1.バーカウンターでのオーダー
ビールのリストは多くの場合バック・バーの上に掲げられているから、カウンターに近づく前にそれを見て何をオーダーするかをまず決めましょう。
飲みたいビールが決まったらカウンターへアプローチ。混雑しているときは幾重にも人だかりが出来ているかもしれませんが、辛抱強くスペースができるのを待ちましょう。
カウンターの端はテーブル席にサーブするウェイターがやり取りするスペースになっている事が多いので、空いているからといってそこに陣取るのは要注意です。 バーテンダーはすぐには気づいてくれないかも。ひょっとしたら後から来た客がバーテンダーの注意をさらって、さっとオーダーしてしまうことも。でもめげないで。どうやってその人がバーテンダーの気を引いたのか、そのテクニックを盗み取る良いチャンス。
日本では手を上げ、声を出し従業員を呼びますが、アメリカのみならず欧米ではこれは無粋とされています。よく見れば彼らのオーダーは実はバーカウンターへのアプローチから「おもむろ」に始まっているはず。
2. Tab のオープン・クローズ
Tabのオープン・クローズ バーで最初の一杯をオーダーしたなら、バーテンダーから「open/start a tab?」や「open or close?」なんてことを聞かれるかもしれません。
何のことはない、勘定払いかキャッシュ・オン・デリバリーかを聞かれているのです。
勘定払いの場合は、「open, please」と言ってクレジットカードを渡せばOK。カードは最後に勘定を締めるまでバーテンダーが預かってしまいます。オーダーのたびに名前を聞かれるか、向こうが顔を覚えていれば勝手に処理してくれるのでラクチン。
支払いをするときには「close my tab, please」と告げるだけ。都度払いなら単に「close it, please」とカードを渡すか、現金で支払うかのどちらか。
3. チップの払い方
チップ アメリカはチップの国。
ウェイターなどはチップを貰って初めてその地域の最低賃金を上回る事ができるようになるなど、チップをあげないというオプションはほぼありえません。
バーテンダーの場合は必須ではないものの、やはりエチケットとして置いておきたいもの。ビールを一杯ずつ都度払いするなら、そのたびに$1をカウンターに置いていくというのが妥当なところ。
4. 野外飲酒
北米でともかく心においておくべきルールは野外での飲酒。公共スペースなら完全な違法行為。
ビール醸造所併設のタップ・ルームにありがちなオープンガレージや裏庭のような場所でも「No Alcohol beyond this point(これより先、アルコール持ち出し禁止)」などの警告があるかもしれません。
特に最近はフードトラックが目の前の通りに横付けされて、そこで食べ物を買ってバーで食べるというスタイルがとても一般的。そんな時、思わずグラスを片手にフードトラックに向かってしまい、従業員から叱責されることも。バーも営業ライセンスがかかっているから真剣です。
ともかく屋根のない空間に出るときは十分ご注意を。
5. 身分証明書
海外で通用する日本の身分証明書と言えばおよそパスポートしかないのですが、これを常時携帯するか、ホテルのセーフティーボックスに入れておくかは意見が別れるところ。
だけどバーに行こうとするなら携帯するより他ありません。アメリカでの未成年飲酒への取り組みは日本では信じられないほど厳しいのです。特に週末や近くに学生街があるような場合、バーの入り口でイカツイ男たちがどんな老人だろうと有無を言わさず身分証明書の提示を求めることも。