Tasting Vocabulary 101
導入
エディンバラにあるスコッチ・モルト・ウィスキー・ソサエティで樽選びに携わっていた時、一番苦労したのが品質評価のためのテイスティング表現だった。
特にソサエティはそのユニークな表現に定評があり、「甘い」や「スモーキー」はもちろん「土っぽい」といったレベルでも甚だ不十分。大胆かつ視覚的な想像を喚起することが求められた。ここから「用務員のロッカーの匂い」等の数々の名(迷?)表現が生まれたのだ。
ウィスキーは他に比べても甘みに関する表現が多く、必ずといっていいほど幼少期に親しんだ駄菓子などの表現が出てくる。
子ども時代を日本で過ごした自分にとってソサエティのテイスティング・パネルは完全なる異文化コミュニケーションの場。この連載では、自分の経験を元に、本場で多用される表現のうち、我々には想像し難い現地の食べ物や薬品などの表現について紹介しようと思う。
実際に体験できずとも、表現内容が何であるのか・どのように使われているのかを知ることができれば、邦訳されたウィスキー・テイスティングブックなどのさらなる理解に必ず役立つはずだ。
High Gravity
自家醸造の国から
カリフォルニアの週末。
3月初めに始まるサマータイムを皮切りに、ぐっと陽が延びる。真っ青な海に向かって沈む夕陽を背景にシトラスを基調とするカスケードホップが効いたエールを喉深くへと押し込む。
ドライホップらしい爽やかなトップノート。ドライホップのテクニックは様々だが、自家醸造家にとって最近気になるのはやはりHop back。
煮沸タンクから発酵タンクにワートを流し込むその過程で500ml程度の容器に充填したホップの中をワートが通過する。チョイスはホールホップかそれを固めたプラグホップ。取扱いが簡単で酸化の心配も少ないペレットホップは、ワートの通過中に泥上になってしまい、この目的には適さない。温度が低い分、苦味の主成分であるα酸がホップから溶出する可能性は少なく、ホップが持つ様々なアロマを鮮やかに引き出すことが可能になる。
時代の証人
Thank you, Jimmy!
禁酒法時代、市民がアルコールを手にするほぼ唯一の手段は自家醸造だった。もちろん非合法。
それから約50年。Jimmy Carterの英断によって連邦レベルで自家醸造が許可されると、自家醸造はアメリカン・ライフの一部となって急速に大衆文化に織り込まれていく。
「自宅ガレージで週末クルマを弄るのが大人の嗜み」とされていたアメリカで、もはや一般の人々が手に負えないほど複雑になったクルマに代わる格好の趣味というわけだ。
週末、そこかしこのガレージから流れ出るワートの薫りの甘美なこと!その後、1982~1983年にカリフォルニアやワシントン、オレゴンといった西海岸州でレストランが醸造所を兼ねることが許可されるようになると、一気にクラフト・ビール文化が花開くことになる。
「やってみなはれ」を地で行く起業立国、アメリカ。現在全米では2000近いクラフト醸造所が存在するが、その9割が自家醸造から始まったという。
クラフト・ビール・ブームは全米に「ご当地」文化をもたらし、さらにクラフト蒸溜所、そしてヨーロッパにおけるクラフト・ムーブメントの発端となり世界的なアルコール文化再興の源流となった。