日本でもっとも有名なスコッチモルトウイスキーと云えば、「ザ・マッカラン12年」でしょう。実際、日本国内でのスコッチモルトウイスキーの売り上げでは長らく1位となっていました。
シングルモルトのロールスロイス
マッカランは「シングルモルトのロールスロイス」とも言われ、その高貴で深いアロマ、しっかりとしたコクのあるフレーバーで、まさにキングの貫録を誇っています。
生産効率よりも品質を重視し、以前は使用する大麦も「ゴールデンプロミス種」のみ、また熟成に使用する樽は「スパニッシュオークのシェリー樽」のみと強いこだわりを持っていました。
以前よりいち早くシングルモルトの販売に舵を切っていたとはいえ、1999年当時は年間販売量15万ケースほどと、まだまだそれほど知名度があるブランドではありませんでした。知る人ぞ知る、スペイサイドの地酒だった訳です。この年、それまでの家族経営からハイランド・ディスティラーズ社、エドリントングループ社に参画することでブランド力を高め、現在ではその数100万ケースを超えるまでになりました。これにより世界中で楽しまれることとなり、確固たる名声を得ることになるのです。
ただ、このニーズの高まりにより12年・18年などの定番品が品薄となり、若い原酒と熟成した原酒をブレンドした年数表示の無い商品群をリリースすることになりました。この流れを受けて、新しい蒸留施設の建設に取り掛かることとなります。
圧倒的な存在感、マッカランの新蒸留所
構想6年、着工から3年半、総工費200億円もの巨費を投じて新たな蒸留棟が2018年5月に完成しました。その宇宙船のような流線型のドームが連なった建物は、今まで見たことのない、他の蒸留所のそれとは一線を画すものです。
英国鉄器時代(紀元前800年~紀元43年)の円筒形の石積みの建造物「ブロッホ(broch)」をイメージした、ロジャーズ・スターク・ハーバー&パートナーズのデザイン。その屋根には芝が植えられ、スペイサイドの景観を壊さないよう配慮がなされています。マッカランの象徴ともいえる「イースターエルヒーズ」との比較も大変興味深い造りになっています。
クレイゲラヒーの街からスペイ川を渡り、丘を登ってゆくと、数多くの熟成庫が規則正しく並んでおり、その広大な敷地に圧倒されます。熟成庫の間を抜けていくと、独創的な建物が目に入り、その傍らでは放牧されたハイランド牛が我々を迎えてくれます。
マッカランの歴史を巡る1階
建物の中に入ると、まず目に入るのがドーム状の天井。格子状に木板を組み合わせており、なめらかな曲線を支えています。
左手には、天井まで20メートルはあろうかという壁一面ガラス張りのショーケースがあり、1000本近いボトルが展示されています。その中には、歴代の18年がずらりと並び、ラリックのデキャンタに入った6リットルのマッカランMやマッカラン60年など、まさにマッカランの歴史を巡るよう。これを一通り見るだけでも小一時間はかかるでしょうが、一見の価値はあります。
モダンな2階で製造工程を見学
二階に上がると、製造工程の見学になります。
以前の蒸留棟では撮影がNGでしたが、こちらはOKとのこと。どうやら撮影され、SNSにアップされる効果を考えているようで、すべてがフォトジェニックに造られています。
全機器がワンフロアに見通し良く配置されており、製造に関わる人とすれ違うこともありません。製造は、1チーム3名・24時間稼働の3交代制。トータル9名で担っていますが、全てはコンピュータ管理で指令室のようなところで作業しているようです。所々に模型やパネルが用意してあり、造りのこだわりがわかり易いよう解説されています。
マッカランの麦芽、浄化槽、発酵槽、蒸留そして熟成
麦芽はコンチェルトとローカル品種であるモーメンタム種を使用。
仕込水は湧水を、冷却用にはスペイ川の水を使用しています。
浄化槽
ステンレス糖化槽は、モルトウイスキーとしては最大級の1バッチ17トン仕込みで、その巨大な佇まいに圧倒されます。現在1基ですが、もう1基分のスペースがとられています。湯の投入は4回、ここから60,000Lの麦汁を得ます。
発酵槽
ステンレス製発酵槽は、容量69,000Lが21基。リキッドイースト320ℓを加え、58時間程度かけてアルコール度数9%のもろみを得ます。
蒸留
初留釜は容量13,000Lが12基、再留釜は容量3,900Lが24基、従来の形状をそのままコピーしたものが新しく設置されています。
マッカラン蒸溜所では、以前から他の蒸留所とは異なり、初留釜1基に対して再留釜2基対応で、新しい蒸留棟でもそれを踏襲しています。これは、小さい再留釜を使用することで、銅との接触効率をより高め、フルーティー且つリッチで重厚な原酒を得るためです。
初留ではアルコール度数20%の初留液を得て、再留ではアルコール度数72~68%をミドルカットとして取り出しています。
製造キャパシティは、年間1500万LPA(100%アルコール換算時の容量)。
熟成
熟成に使用する樽は、スペイン北部産オーク製が98%、残り2%がアメリカ・オハイオ州産などのオーク製です。バーボン樽はヘブンヒル蒸溜所のものを使用しています。12年物は、ファーストフィル原酒がほとんどで、セカンドフィル原酒は少し使用する程度。これら使用済の樽は、ハイランドパーク蒸溜所やグレンロセス蒸溜所にて再度使用されます。
樽詰めは1日400樽(週5日実施)ほど、現在54棟の熟成庫に33万樽が熟成中。色調整のカラメルは添加していません。
効率・機能性を追求した画期的なレイアウト
この新しい蒸留棟の特徴は、何と言ってもその内部レイアウトにあります。
蒸留施設を4つの円の連なりにしており、そのうちの1つを巨大な糖化槽に(現在は半円分のスペースのみ)使用しています。残り3つの円には、それぞれ7基の発酵槽・4基の初留釜・8基の再留釜・1基のウォッシュレシーバー(発酵槽よりやや大きい槽)があり、地下に大小7つほどのレシーバーも組み込まれています。
内側に、ネックを外側にした12基の蒸留器が
初・再・再・初・再・再・初・再・再・初・再・再
の順に円状に並び、その外側に発酵槽やレシーバーがさらに円状に並んでいます。つまり、トータルで36基の蒸留器、21基の発酵槽がコンパクトに配置されているのです。
通常は、糖化槽→発酵槽→蒸留器の流れに沿って部屋が別れていたり、あるいは直線状に並んでいますので、大規模な蒸留所ではそれなりのスペースが必要となります。さらに、モロミや留液は長いパイプで移動させますので、移動時の継時変化や洗浄などについても配慮が必要となりますが、このレイアウトではモロミや留液の移動が少ないと考えられます。
これらを踏まえると、今回のマッカラン蒸溜所のレイアウトは大変画期的なものといえ、ただその見た目のフォトジェニックさだけではない、効率や機能性を十分に考慮したものであると感じます。
これからのマッカラン
マッカランは熟成樽の異なる3種類のラインナップと、年数表示は必要とのリサーチ結果から12年熟成品をベースにしています。昨今、ノンエイジ商品が広まりつつある中、確固たる信念を持ってこのような商品展開をしています。
以前のマッカランは美味しかった、最近のは今ひとつ……という話も多く耳にします。また、生産量を増やすと品質は落ちるものだ、ということもよく言われます。ただ、他のスペイサイドモルト5、6種類と飲み比べてみると、やはりマッカランには他のブランドにはない明確な個性を感じることができます。心地よいシェリー樽のニュアンスと熟した黒系果実の風味、しっかりとした重厚なボディ感とが相まって、この上ない満足感が得られます。やはりマッカランはマッカランでしかないのです。
スタンダード品について、再度そのクオリティーを見直す時期が来ていると思います。それなりの金額で、どこでも簡単に入手できることのありがたみを忘れてはいけません。メーカーはもちろん、スコッチが大変高かった税制改正(平成元年)以前からのインポーター、酒販店、愛好家など様々な人々の力があって、現在のこの状況がつくられているのです。素晴らしいお酒が身近にあることに感謝を忘れず、楽しみましょう。
2020年のスコットランドツアーは「スペイサイド編」です。今回レポートしたマッカラン蒸溜所についても訪問する予定です。ウイスキー好きなら一度は訪れておくべき蒸溜所ですので、是非ご参加いただければと思います。詳細は7月頃、酒育の会HPに掲載いたしますので、そちらをご覧ください。