Tasting Vocabulary 101
セメダイン
スコッチにせよバーボンにせよテイスティング・ノートではいろんな単語を目にするけど、「どんなにグラスに鼻を突っ込んでもなかなかイメージできない」と嘆いている方も多いだろう。おそらく匂いとして感じとっているのかもしれないが、特定の物に結びつけるのは難しいもの。でも、一度その匂いと名前が結びついたら忘れられないのがこれ。
日本では「セメダイン臭」というのがよく知られているが、イギリスやアメリカでは”nail polish remover”(除光液)や”paint thinner”(塗料うすめ液)という表現が一般的。特徴的な匂いの原因はこれらに共通して使われている有機溶剤(solvent)の酢酸エチル。実は全く同じ物質が醸造過程でも発生している。本来、沸点が低い酢酸エチルは蒸溜の早い段階で揮発してしまうはずだが、スピリッツに残ってしまうことも少なくない。匂いの原因物質が同じならイメージしやすいのも当然かも。
High Gravity
Canning
ホーム・ブリューイングに色々と使える瓶製缶詰のMason Jarだが、実は缶詰の原型にかなり近い。「缶詰(canning)」はナポレオンが新たな軍携行食を公募懸賞したのが始まり。密閉容器を加熱殺菌するという今から考えれば当たり前の方法だが、当時の缶詰はガラス製。
Mason Jarが革新的だったのは、キャップをリング状の外蓋と円盤状の内蓋に分けた点。内蓋を瓶にのせ、スクリューリングで締める。それを食中毒原因菌の中で最高の耐熱性があるボツリヌス菌が死滅する121℃で15分ほど熱するわけだ。
アメリカの圧力鍋はここまで高温高圧ではないため、専用の鍋を使用する。加熱後、冷めると瓶内の圧力が下がって内蓋が押し込まれ、密閉完了。こうなれば外蓋は外してしまおう。これで何年も保存可能な缶詰の出来上がり。次回はMason Jarのホーム・ブリューイングでの具体的な使い方を見ていこう。
時代の証人
Fritz Maytag
自家醸造が合法化された’70年代末以降、数多くのホーム・ブリューワーたちがプロを夢見たが、その誰もが一度はその背中を追いかけた人物がいる。
Anchor Steam社のFritz Maytagだ。アメリカを家事の重労働から解放した偉大な洗濯機メーカーMaytagの御曹司だったが、若くして独立。新たなチャレンジを求め1965年、廃業を決めた当時最後の独立系ビール醸造所・Anchor Steamを買収、再建に乗り出す。
醸造とは無縁の彼だったが、持ち前の探究心で直ぐにその肝を体得。今でこそ「醸造所の清潔さ=ビールのクォリティ」というのはホーム・ブリューワーでも良く知る「事実」だが、彼がまず取り組んだのは日々の清掃だったという。
地元に根ざした少量生産、アメリカ初のIPAやバーレー・ワインのレギュラー販売、季節限定商品などなど、その後のアメリカのクラフト・ビールは同社によって切り開かれたといっていい。
当時ほとんどの消費者はエールに馴染みがなかったが、厳しい低温管理が要求されるラガーは家庭はおろか、文字通りの零細企業である黎明期のクラフト醸造所にとってもハードルが高かった。そんな中復活させたのがラガー酵母を管理の楽なエール発酵温度で醸造したカリフォルニア伝統のスチーム・ビール。世にエール・スタイルの素晴らしさを知らしめただけでなく、高度な醸造技術を駆使した大手相手にまともに対抗せずとも消費者を魅了することができることを証明した功績は計り知れない。現在のクラフト業界はまさに彼の背中を見て育ったわけだ。
実は彼は相当な日本通。10年ほど前に彼と話をしたことがあるが、こんな話が印象に残った。「1952年、僕はバイクで欧州を旅したんだが、翌年日本を一周しているんだ。浜松とか色々回ったっけ。あの頃は未舗装の道がまだ多くて、こんな国と戦争をしたのかと感慨ひとしおだったよ。」そうやって彼の車の中で聞かせてくれたのは盲僧琵琶だった。