海外から毎年の様に足を運んでくれる常連客から「フィディックサイドインのジョーはまだ元気でやってるかい?」とよく訊かれる。僕はその都度「元気にやってまっせ~、僕も昨日ジョーのところで2,3杯やって来ましたよ!」と言い返していた。日本から来た方達も会った事があるのではないだろうか。
そのジョーが先日9月24日に88歳でこの世を去った。
この夏に体調を崩すまでは、8年前に妻のドロシーが亡くなった時に店を3日間閉めた以外は、クリスマスや正月でも1日も休む事もなく一人で店を守ってきたクレイゲラヒの象徴的人物である。僕はいつもハイランダーインのお客さんに対し「クレイゲラヒを満喫するのなら向かいの大きなホテルの中にあるクエヒバーもそうやけど、特にチョット行ったところにあるフィディックサイドインには是非行った方が良いですよ!」と薦めていた。ジョーはそれほどの魅力の持ち主であった。
晩年の彼に、村の人達は積極的に力を貸していた。庭の手入れが必要ならば誰かが芝を刈り、また時には食材の買い出しまで率先してやっていた。客で飲んでいた僕も、忙しい晩はグラス洗いを手伝ったこともある。そんなジョーも村人の好意に甘えていただけではない。
ジョーにはこんな美談がある。ジョーの所有していた小さな土地を、誰かが高額でも良いので譲ってほしいと言ってきた。交渉の末、土地を手放したジョーは、支払われた金額を4等分にして地元の施設に全てを寄付をしたのである。その一つが今、我が息子が通う小学校である。「子供もいないのに沢山あってもしょうがない」とよく言っていたのを思い出す。
体はそれなりの80代だったが頭の回転はとてもシャープで、そのユーモアは一級品と言ってもいいだろう。店には「良いサービスは私の気分と、あなたのマナー次第」という走り書きが、店の見えづらい所に貼ってあった。音楽もなく手巻き時計の音と、冬ならば暖炉がパチパチと音を立てるだけの賑やかなパブ。1919年から続く長い歴史に幕を閉じたのだ。
「ジョー、そっちでドロシーと仲良くね。」
画像:“Joe behind his bar at Fiddichside Inn, Scotland” (https://flic.kr/p/HmeLb3)by travelmag.com. CC BY-NC-SA 2.0