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ジャパニーズクラフトウイスキーの現在 Vol.2:長濱蒸溜所編【前編】

昨今のウイスキーブームを追い風に、右肩上がりで増加する日本のクラフトウイスキー蒸留所。本企画では、創業または再稼働から3年という節目を迎えた蒸留所を中心に、創業時から現在までの変化、そして将来の展望を、関係者との対談やテイスティングを通じて紹介していきます。

第1弾三郎丸蒸留所編に続く第2弾は、滋賀県・長濱浪漫ビール株式会社が2016年11月から創業する、長濱蒸溜所です。

インタビュアーは前回に引き続き、酒育の会代表の谷嶋と、ウイスキーブロガーのくりりんさんです。

谷嶋

「長濱蒸溜所は日本最小規模の蒸留所として知られており、2020年に初の3年熟成のシングルモルトをリリースしたところです。AMAHAGAN等のブレンデッドウイスキーのリリースにも積極的ですね。これまで蒸留所の見学は出来ていなかったので、今回は対談と合わせて貴重な機会を頂けました。」

くりりん

「長濱蒸溜所は創業初期から定期的に見学させてもらっていますが、ビール醸造設備に併設される形でウイスキー設備が導入された、コンパクトな造りが特徴的ですね。また、通常の見学だけでなく、ウイスキー造りを体験できる1泊2日のツアーや、オンラインでのブレンド体験セミナーなど、様々な取り組みを行っている蒸留所でもあります。」

谷嶋

「今回は、蒸留所所長でマスターブレンダーの清井崇さんと、蒸留責任者かつブレンダーの屋久佑輔さんを交えた対談の機会を頂きました。日本最小の蒸留所としての工夫や、目指すハウススタイル、独自のブレンデッドウイスキーリリースも含めた、今後の取り組みについて話を伺っていきたいと思います。」

谷嶋

「本日はよろしくお願いします。」

清井

屋久

「よろしくお願いします。」

(当日の対談風景。左から、屋久佑輔さん、清井崇さん、酒育の会 谷嶋。くりりんさんはオンラインで参加。※対談は緊急事態宣言前に実施。蒸留所のロビー入口を開放状態にし、マスクを着用。)

谷嶋

「長濱蒸溜所は、元々長濱浪漫ビールとして、地ビールを造ってきた酒造なんですね。先ほど大変美味しく頂きました(笑)。今日はいつもとは違う酔いが入っていますが、ご容赦ください。」

清井

「ウイスキー以外に、現地でしか飲めない新鮮な地ビール、そして併設レストランのメニューも幣蒸留所の売りです。我々が魅力とする“ライブ感”を楽しんでいただけたようで何よりです。この長濱蒸溜所は、元々は江戸時代から米蔵だったところを改修し、ビールづくりが始まった歴史があります。蒸留所の正面に、川に繋がる階段があると思いますが、あれは米俵を運ぶための船着き場だったのだそうです。1996年からビール造りが始まり、そして2016年にウイスキーづくりのための設備を導入しました。」

谷嶋

「街並み、蒸留所の外観から日本的な歴史を感じます。一方で内装は洋風な要素もあり、レストランの雰囲気ともマッチしています。ビールとは異なるジャンルであるウイスキー造りを始めるというのは、どのような苦労があったのでしょうか。」

清井

「私は元々ビール製造に関わっていた人間でしたので、いざウイスキー造りとなってこれは大変だ……と。スコットランドの小規模な蒸留所を見学させて頂く等もしましたが、全てが初めて尽くしですから、未知の仕事を覚悟していました。しかし造ってみると、ビールとウイスキーは行程が途中まで同じで、乱暴に整理すれば後は糖化・発酵させたものを蒸留するかどうかなんですよね。なので、思った以上の苦労はなく、むしろ温度管理等でビールづくりの経験を活かすことも出来たと思います。」

(蒸留所に展示されている、ビールの製造工程とウイスキーの製造工程の違いの説明。糖化し、麦汁をとるところまでは同工程だが、そこからビールとウイスキーで工程が分かれる。)

くりりん

「確かにざっくりと言えばそうですが、実際は原料となる麦芽や酵母の処理の違いに加え、共通の設備を使用するとなると、都度洗浄も必要になるなど、現場的な苦労はあったのではないでしょうか。」

屋久

「そうですね、細かい調整は必要でした。洗浄については、ビールの仕込みを行う前には、ピート香の影響などを取り去るため、発酵槽からパイプライン、全てアルカリ洗浄剤を使って1日かけて洗浄しています。ここは徹底している点ですね。もっとも、現在1週間の仕込みはほとんどがウイスキーで、月30回以上仕込むこともあります。設備もフル稼働している状態なので、麦汁仕込担当がタンク移送前に洗浄して麦汁を送っています。」

谷嶋

「実際に見学させて頂いて驚きましたが、“日本最小規模の蒸留所”の呼び名の通り、本当にコンパクトな環境で造られているんですね。吹き抜けの建屋で1Fにあるのが糖化槽、蒸留器。2Fにあるのが粉砕機、発酵槽。こうしてロビーからほぼすべての設備を一望できる、特徴的な配置だと思います。」

(ウイスキーの蒸留設備、ビールの醸造設備が1つのフロアに配置されている。出来たニューメイクは樽詰めされ、同蒸留所が保有する熟成スペースへと移される。このコンパクトなつくりは、まさにクラフト蒸留所という趣がある。)

屋久

「そうなんです。苦労と言う意味では、届いた麦芽を2Fに運んで、粉砕して、1Fに下ろして糖化し、2Fのタンクに移して発酵させ、発酵が終わると1Fの蒸留器にホースを繋いで流し込む……というアップダウンがあることでしょうか。また、蒸留されたウイスキーもスピリッツセーフがないので、桶に貯めて一定時間ごとに手作業でタンクに移しています。通常の蒸留所ならラインになっているところで人の手が入る、これも長濱蒸溜所らしさだと思います。」

くりりん

「まるでジェットコースターのようですね。各行程について、蒸留所独自の工夫や特徴というものはありますでしょうか。」

清井

「一つは蒸留器だと思います。ブランデーの蒸留に使われることが多い、アランビックタイプの蒸留器を使用しています。これは日本のクラフト蒸留所の中で、現在は長濱蒸溜所だけが使用しています。特徴としては、酒質がクリアで柔らかい、雑味の少ないものが出来るということで、その特性を活かして麦芽の味わいをメインに感じられるニューメイクを造っていきたいと考えています。それでは、今年のニューメイクを飲んでみてください。」

(長濱蒸溜所のポットスチル3基(写真上)と、蒸留されたばかりのニューメイク(写真下)。スチルは初留2基、再留1基で、加熱方式は間接蒸気。スピリッツセーフがないため、写真のようにスチルから流れ出るニューメイクを直に見ることが出来る。)

谷嶋

「おっしゃるように、麦芽由来の甘みがしっかり感じられるニューメイクですね。余韻にかけては香ばしく、ほろ苦いフレーバーもあります。発酵時間や1バッチ当たりの仕込み量などはどの程度でしょうか。」

屋久

「まずは麦芽400㎏からウィート1000リットルを第一麦汁として糖化。更に80℃のお湯をスパージングしてターゲット1900リットルの麦汁を作ります。発酵タンクに移した後、発酵は72時間。酵母はウイスキー酵母を使用しています。ポットスチルは初留釜が1000リットル2基で、発酵を終えたモロミは、1タンクから2つのスチルに分けて蒸留し、それらを1つに合わせて再留釜で蒸留します。最終的に1回の仕込みからとれるニューメイクは約200リットルで、バーボン樽1樽分となるため、“一醸一樽”という長濱蒸溜所のキャッチコピーにも繋がっています。」

谷嶋

「ビール醸造所なので、エール酵母を使っているのかと思いましたが、ウイスキー酵母(ディスティラリー酵母)なんですね。」

清井

「試験的に色々試してみましたが、安定した発酵と目指すフレーバーとの関係から、ウイスキー酵母を採用しています。」

(長濱蒸溜所の発酵槽(写真下)と、タンク内の温度管理パネル(写真上))

くりりん

「甘みもそうなのですが、全体的に芯のある味わいだと思います。自分が初めて見学させてもらったのが創業から半年あたりでしたが、この時は柔らかいけど、コシが足りないというか、風味がぼやけた印象がありました。間違いなく良くなっています。例えるなら、茹ですぎた蕎麦と、的確な時間で茹で上げて冷水で締めた蕎麦くらい違うと。」

屋久

「ありがとうございます。創業後から現在まで、蒸留所としてはいくつか変更してきた点がありますが、大きく変えたのが麦芽の粉砕比率です。ハスク、グリッツ、フラワーが2:7:1というのが一般的に知られている最適比率で、初期の長濱蒸溜所もその比率で仕込んでいました。ですが現在はグリッツ100%、0:10:0で仕込んでいます。」

谷嶋

「え、それは凄い、というか思い切ってますね。」

屋久

「麦芽からなるべく多く糖分に変えたいということや、設備がビールと共用でウイスキー用の糖化槽とは形状が異なることから、蒸留所稼働後から試行錯誤を行い、最適な比率を模索していました。2017年末頃からだったと思いますが、現在の比率で仕込みを行っています。そういえば、くりりんさんからは、2018年のイベントの際に良くなったとコメント頂いていましたね。」

くりりん

「確かフレーバーのピントが合いやすくなったというか、純粋に味が良くなったと感じたことが印象に残っています。別の蒸留所の話ではマッシュタンの変更と合わせて粉砕比率を2:7:1に変えたら良くなったという話がありますが、それは設備によりけりで、逆もあるということでしょうか。」

(長濱蒸溜所の麦芽粉砕機(写真上)、マッシュタン(写真中央左))

(糖化を終えた麦芽の搾りかす(ドラフ)を払い出すのも手作業。この後、地元の農家に引き取られ、肥料として活用される。)

谷嶋

「設備や蒸留環境に合わせ、蒸留所ごとにベストな組み合わせを模索していくことが、独自の個性に繋がっていくのかもしれません。他に変わったと感じる要素はありますか?」

くりりん

「しいて言えば、香味で感じる苦みです。頂いたニューメイクはノンピートとのことですが、モルティーさとは異なる独特の苦み、香ばしさが、以前より強くなっているように思います。」

清井

「粉砕比率以外での変更点も勿論あります。例えば発酵時間ですが、60時間だったところが現在は72時間としています。また、蒸留器を2基から3基に増やしました。創業時は初留釜が1000リットル、再留釜が500リットルでしたが、再留釜も入れ替えて、3基全て1000リットルに統一しています。これによって仕込みの効率化が図れるようになりましたが、再留釜のサイズが変わったことは少なからず香味に影響しているかもしれません。後はスコットランドの蒸留所に倣って、再留器の洗浄をほとんどしていないということでしょうか。」

くりりん

「そういえば、いつの間にかスチルが3基になっていましたね(笑)。長濱蒸溜所はノンピートだけでなく、ピーテッド、ヘビリーピーテッドとニューメイクの作り分けもされていたと思います。ピーテッドの後でノンピートを仕込む際も、再留器の扱いは同様ですか?」

清井

「基本的にはそうですね。」

谷嶋

「所謂クライヌリッシュ方式ですね。再留なので不純物の影響は心配ないでしょうが、設備に染み付いたフレーバーが隠し味になって、奥行きに繋がるというのは愛好家の中でも度々語られていることだと思います。」

くりりん

「先日、ボイラーを新しくされたと思いますが、その影響はどうでしょうか。」

屋久

「元々あったボイラーはビール醸造所立ち上げからの20年選手で、温度が全然上がってくれないなど、好不調の波に現場としても苦労していました。新しいボイラーはまさに先日導入したばかりですが、温度の上がり方が早いので、影響はあると思います。まだ変更したばかりなので、違いはこれからしっかり見ていきたいです。」

谷嶋

「こうして紐解いていくと、創業時から約4年間で、様々な工夫や変化がありますね。ここまでニューメイクのテイスティングを挟みつつ、 蒸留所の製造工程を説明頂きましたが、最後に樽詰めについて教えてください。」

(アイラ島の蒸留所から取り寄せた、クォーターカスク。バーボンバレルよりも細長い形状が特徴。元々アイラモルトの熟成に使われていたこともあり、独特なピーティーさが染み込んでいる。)

清井

「蒸留後のニューメイクは68~70%弱ありますが、それを加水して約63%で樽詰めしています。創業当初は樽詰めを59%で行っていましたが、これも見直したポイントの一つです。」

屋久

「樽については、バーボン樽、シェリー樽、ミズナラ樽、ワイン樽があります。特徴的なものとしては、シカゴにあるコーヴァル蒸溜所で熟成に使用されていたコーヴァルカスクや、アイラ島の蒸留所からピーテッドモルトの熟成に使われていたクォーターカスクも調達して使用しています。今日はいくつかサンプルも用意していますので、後ほどテイスティング頂き、長濱の気候がどのように影響しているかも、感じていただければと思います。」

谷嶋

「大変詳しく説明頂きありがとうございました。それでは前編はいったん区切りとして、後編では熟成後の原酒、長濱蒸溜所のオリジナルブレンデッドであるAMAHAGAN等をテイスティングしつつ、今後目指すハウススタイル等をテーマに対談頂きたいと思います。」

番外編(長濱浪漫ビールレストラン)

長濱蒸溜所、もとい長濱浪漫ビール醸造所にはレストランが併設されており、醸造所併設だからこその新鮮な地ビールと、地場の食材を使ったメニューを手ごろな価格で楽しめることから、地元の方々で賑わう人気のスポットです。

地元での人気に外れなし。ウイスキー蒸留所を見学した後は、ビールと料理に舌鼓と行きましょう。大手ウイスキーメーカーを含めても、レストラン併設の蒸留所は少なく、クラフトウイスキー蒸留所となれば希少な存在。是非合わせて楽しんでほしいですね。

スタンダード銘柄である長濱エール(写真中央)は、ホップをしっかり効かせたIPAタイプで、麦芽のコクと香ばしさ、柑橘類を思わせる苦みと爽やかさが余韻に残る、飲み応えと味わい深さが魅力。この他、ピルスナー、ヴァイツェンがスタンダードラインナップにあり、シーズンごとに限定醸造銘柄も楽しめる。

長濱蒸溜所の名物となっている、近江牛入り焼きカレー。ボリュームがあるのでランチメニューとして人気があるが、締めの一品にも。

長濱浪漫ビールのビールを衣に使ったフィッシュアンドチップス。ザックザクの衣に、ほくほくぷりぷりの白身魚。タルタルソースをたっぷりつけて。ここに鮮度抜群のビールとくれば、気分はイギリス!?

近江牛のステーキとたたき。この他、ユッケ、ハンバーグなど、滋賀県のご当地食材とも言える近江牛メニューが充実している。柔らかい肉質と、脂の旨みが抜群。

対談も終わりに差し掛かり、人気メニューをリサーチする、抜け目のない谷嶋代表。。。

次回、後編は熟成後の原酒や目指すハウススタイル、そして長濱蒸溜所がリリースするブレンデッドウイスキー「AMAHAGAN」についても取り上げます。

【後編】を読む

取材協力

清井崇(略歴):長濱蒸溜所 製造本部長/マスターブレンダー。地ビールブームの中、ビール職人を夢見て 1998 年入社。2016 年スコットランドの蒸留所視察を経て、同年長濱蒸溜所にてウイスキー事業を開始。酒類製造部門全体を統括している。

屋久佑輔(略歴):長濱蒸溜所 ブレンダー。バーテンダー時代を経て 2017 年長浜浪漫ビール入社、入社当初は仕込み・蒸留をメインで担当、現在はブレンダーとしてレシピ設計や体験型セミナー等、ウイスキーの奥深さを伝えている。


長濱浪漫ビール・長濱蒸溜所

概要:1996 年、地元長浜市の企業、市民各位が株主となり、近畿では3 番目となるクラフトビール醸造所として創業。2016年11月にはウイスキー蒸留設備が稼働し、日本最小クラスの蒸留所ともなる。「100 年後にたくさんの方々に喜んでいただけるようなウイスキー造り」を目指し、長濱ならではの味わい、蒸留所としての魅力を楽しんでもらえるようなリリースを目指す。

Official WEBサイト

この記事を書いた人

谷嶋 元宏
谷嶋 元宏https://shuiku.jp/
1966年京都府生まれ。早稲田大学理工学部在学中よりカクテルや日本酒、モルトウイスキーに興味を持ち、バーや酒屋、蒸留所などを巡る。化粧品メーカー研究員、高校教員を経て、東京・神楽坂にバー「Fingal」を開店。2016年、日本の洋酒文化・バーライフの普及・啓蒙を推進する「酒育の会」を設立、現在に至る。JSA日本ソムリエ協会認定ソムリエ。
谷嶋 元宏
谷嶋 元宏https://shuiku.jp/
1966年京都府生まれ。早稲田大学理工学部在学中よりカクテルや日本酒、モルトウイスキーに興味を持ち、バーや酒屋、蒸留所などを巡る。化粧品メーカー研究員、高校教員を経て、東京・神楽坂にバー「Fingal」を開店。2016年、日本の洋酒文化・バーライフの普及・啓蒙を推進する「酒育の会」を設立、現在に至る。JSA日本ソムリエ協会認定ソムリエ。