日本最小規模のウイスキー蒸留所として知られる、滋賀県・長濱蒸溜所。
前編では2020年時点でのニューメイクをテイスティングしながら、蒸留所創業からの変化を、対談を通してまとめました。後編では、熟成後の原酒や目指すハウススタイル、そして長濱蒸溜所がリリースするブレンデッドウイスキー「AMAHAGAN」についても取り上げます。
メンバーは引き続き、蒸留所所長・マスターブレンダーの清井崇さん、蒸留責任者・ブレンダーの屋久佑輔さん、酒育の会代表の谷嶋、ウイスキーブロガーのくりりんさんです。
※本見学並びに対談は2020年に行われたものです。また、対談時はマスクを着用し、可能な限りオープンエアーな環境で実施する等、新型コロナウイルス対策も行いました。
「後編では熟成した原酒、蒸留所からのリリースにフォーカスしていきます。まずは今回準備いただいたサンプルについて、ご紹介いただけますでしょうか。」
「長濱蒸溜所のモルト原酒ですが、創業初期に蒸留された原酒から、基本とも言えるバーボン樽熟成(Cask #0049)のサンプル。後は対談前半で触れました、特徴的な樽であるKOVALカスク熟成(Cask #0614)や、ワインカスクでフィニッシュした原酒(Cask #0986)を用意させて頂きました。まずはバーボン樽熟成原酒からテイスティングください。」
「柔らかい口当たりから、バーボン樽由来のフルーティーさと麦芽風味。しっかりと樽香が備わっていますね。」
「前編で触れましたが、当時のニューメイクの印象は、柔らかいというか骨格が弱い部分があったと記憶しています。これが熟成を経て、さらに柔らかくなった印象ですね。3月にリリースされたシングルモルト3種にも共通するところでしたが、度数50%を感じさせない一方で、熟成による削りしろが少ないとも……。この時点で、熟成としてはピークにかかっていると感じます。」
「確かに10年単位での熟成は難しいかもしれません。ですが、決して悪い仕上がりというわけでもないと思います。」
「単体ではなく、例えばブレンドや、複数年にまたがる原酒を使ったシングルモルトなどを造っていく上で、バランスをとる役割として使える原酒かもしれません。一方で、前編で話題になった、粉砕比率を変えた後の原酒の仕上がりがどうなっているかも気になりますね。」
(2020年3月にリリースされた、長濱蒸溜所のシングルモルト・ファーストリリース3種。全て、3年熟成とは思えないほど樽由来のフレーバーがしっかりと出ており、気候、環境の違いが表れている。)
「同じバーボン樽ではありませんが、本日用意させて頂いたサンプルだと、シカゴにあるKOVAL(コーヴァル)蒸溜所の樽で熟成させた原酒が指標になると思います。熟成年数は約2年、同じノンピート仕様です。酒質の違いを感じて頂けると思います。」
「なるほど、フレーバーの方向性は同じですが、厚みというか、麦芽風味が樽香の中でしっかりと残っていますね。」
「熟成期間が違うので一概に比較はできませんが、このサンプルは麦芽風味の骨格がはっきりしており、熟成の余地も残していると思います。ただそれ以上に樽由来のフレーバーのベクトルも少し違うと思います。蜜っぽい甘みがあり、麦芽風味ともマッチしているような……。これは熟成環境由来か、あるいは樽の個体差ということでしょうか。」
「熟成環境については、長濱は冬寒く、夏暑い、寒暖差の大きい盆地気候です。また、琵琶湖がすぐ近くにあることで、湿度も比較的安定している環境にあります。そうなると、樽由来のフレーバーは平均して強く出る傾向があります。樽の違いについては、おっしゃるように通常のバーボン樽はバニラと華やかなオーク香が主体ですが、KOVALカスクはジャムのような、甘酸っぱさが出てきているように思います。」
「KOVALのバーボンは、ハーブ香や針葉樹のような独特のウッディさが個性にあるので、それが長濱モルトにも付与されているかと思いましたが、全く違いますね。近年バーボン業界では、樽の製法としてオーク材の乾燥に機械乾燥を用いた樽が流通しており、特にKOVALのようなクラフト蒸留所を中心に使われていると聞いたことがあります。従来の乾燥方法である自然乾燥に対して、機械乾燥は長い時間をかけないため、樽材内にあるフレーバーの残り方が違うのかもしれません。」
「KOVALカスクはまだ使い始めたばかりなので、今後の変化を見ていきたいです。とはいえ、総じて長濱の酒質には合っており、独自の個性に繋がってくれたらと思います。」
(長濱蒸溜所のKOVALカスク。売店のディスプレイスペースの足元に置かれている。長濱蒸溜所の熟成庫は別にあり、ほぼ全ての樽は専用の熟成スペースに置かれるが、こちらの樽にも中身が入っており、熟成が進んでいる。)
「続いて、モルトウイスキーのサンプルは最後となりますが、ワインカスクフィニッシュです。粉砕比率、バレルエントリーの度数を変えた後の原酒をバーボン樽で2.5年、赤ワインカスクで半年熟成させたもので、これも酒質の違いを感じて頂けると思います。」
「こちらも味わいがはっきりして、勢いがあります。また、酒質のクリアさ、オフフレーバーの少なさから、若さもあまり気になりません。」
「ワインカスクにありがちな過剰なウッディさもなく、上手くまとまっていますね。こうしたフィニッシュタイプも、長濱蒸溜所では造られているのでしょうか。」
「先ほど熟成環境の話がありましたが、酒質に加え、寒暖差の大きい長濱の気候から、スコットランドに比べて長濱蒸溜所の原酒は仕上がりが早い傾向があります。そのため、原酒の種類を増やしていく上では、ワインカスクやシェリーカスク、あるいはアイラ島のクォーターカスクなどを使ったフィニッシュも選択肢の一つです。実際、2020年11月にリリースしたシングルモルトシリーズ第2弾には、クォーターカスクフィニッシュがラインナップされています。」
「長濱蒸溜所がシングルモルトとして目指すキャラクターや、今後の展望を教えていただけますでしょうか。」
「テイスティングを通じてコメントいただいたように、まさに麦由来の甘さ、柔らかさですね。ここは大事にしていきたいと思っています。原酒については初期の頃に比べ、間違いなく良くはなったと思います。ただ、もっと洗練させていきたいですね。そのためには、様々なリリースを重ねて、長濱のハウススタイルを熟成後の原酒で確立させていく必要があると考えています。」
「本日のサンプルはノンピートで用意させて頂きましたが、この他、ライトからヘビリーまで3タイプのピーテッドモルトもあり、樽の種類と合わせて組み合わせは膨大な数になります。今はまだそれを模索している段階です。創業から5年目に入りましたが、勉強、学習の日々です。」
「模索、勉強、と言えばブレンデッドウイスキーのAMAHAGAN(アマハガン)はそうしたコンセプトのもとで誕生した銘柄ですよね。」
「はい、ウイスキーはただ蒸留し、仕込むだけではなく、ブレンドの行程があります。長濱蒸溜所はピートの強弱や樽の違いなど、積極的に原酒の造り分けを行っていますが、将来的に長濱蒸溜所のモルト原酒だけでシングルモルトウイスキーをつくる際には、ブレンド技術が不可欠です。将来に向けた準備の一環として、ブレンドづくりを行っています。」
「World Malt の表記の通り、構成原酒は輸入原酒と国産原酒ということですが、使われている輸入原酒含や、リリース毎の違いも教えてください。」
「スコットランドのハイランドモルトを中心とした輸入原酒と、長濱蒸溜所のモルト原酒をブレンドしています。2018年に第一弾をリリースした後、同じレシピで造ったブレンドを赤ワインカスク、ミズナラカスク、山桜カスクと、異なる樽でフィニッシュしたものが第2弾以降のリリースとなります。また限定品として、長期熟成の輸入グレーン原酒を使用したものや、ブレンドレシピの異なるテストバッチ等もリリースしています。」
(これまでのAMAHAGANリリース。AMAHAGANの由来は、長濱をローマ字表記で逆さから読んだもの。昨今注目を集めるジャパニーズウイスキーの定義に関する議論を考慮し、長濱蒸溜所のシングルモルトとは明確に区別したデザイン、表記となっている。)
「AMAHAGANのスタンダードをテイスティングするのは久しぶりです。ハイランドモルト由来と思われる、特徴的なフルーティーさがありますね。モルト100%なので飲み応えもあり、若さも目立ちません。加水でバランスもとれており、素直で美味しいブレンドだと思います。」
「嫌なところが少ないですよね。価格的にも手ごろなのでハイボール等でも使いやすそうですし、様々なフィニッシュのベースとなっているのも納得です。」
「リリースから約2年経過しましたが、徐々に知名度も上がり、人気も出てきたという印象です。また、第3弾となるミズナラカスクフィニッシュが、World Whisky Award 2020でカテゴリーウィナーを受賞するなど、世界的なコンペティションでの評価を得ることが出来たのも後押しになりました。」
「こちらが第3弾のミズナラカスクフィニッシュです。ノーマルなAMAHAGANとも比較してテイスティングしてみてください。」
「ミズナラ樽は使い方が難しく、特に愛好家が求めるフルーティーな香味は長期熟成でなければ出てこないと言われています。ですが、このブレンドはミズナラ樽由来のスパイシーさが上手く馴染んでいますね。」
「100%ミズナラ樽での熟成によるフレーバーとは若干異なりますが、バーボン樽熟成の華やかなフルーティーさと、ミズナラ樽の熟成で初期に感じられるスパイシーな香味は親和性が高いのかもしれません。また飲み比べることで、どこまでがベースのブレンド由来で、どこからがフィニッシュに用いた樽のフレーバーなのか整理できます。意識して飲み比べたことはありませんでしたが、これは勉強になります。」
「AMAHAGANのリリースを通じて、感じたこと等はありますでしょうか。」
「長濱蒸溜所は、熟成段階にある独自のモルト原酒に、輸入原酒を含めると多くの原酒を扱っています。ブレンドに関しては屋久から話してもらいますが、日本の原酒とスコットランドの原酒の質の差のようなものは感じますね。」
「当たり前の話かもしれませんが、やはり同じ原酒といっても微妙にキャラクターが違うので、同じブレンドを作るということは本当に難しいと感じています。ほんの少し配合を変えるだけで、全く異なる味わいに変化するケースもある一方で、原酒同士が馴染まず、ちぐはぐしたウイスキーが出来上がってしまうこともあります。」
「逆に、できたと思っても数日置いたら全く違うキャラクターになることも珍しくありませんよね。」
「変化の予測は経験がものを言う世界ですね。蒸留所の見学を通じて、モルトウイスキーの製法を学ぶことは出来ますが、ブレンドは実際にやってみるしかありません。悩ましいですが、それに関わることが出来る作り手としての楽しさみたいなものもあります。また、くりりんさんは長濱蒸溜所でプライベートリリースにも関わられているのでご存じと思いますが、レシピづくりは少量で試作するため、ほんの数mlのずれが、1タンク作る場合は何十倍にも広がるため気を抜けません。」
「目指すブレンデッドウイスキーをつくる上での品質管理や、工夫のようなことはありますでしょうか。」
「初めにウイスキーのコンセプトを固め、サンプルでピックアップした原酒の個性を1から5段階評価で分類し、8角形のチャート表に落としこんでいきます。次にブレンドを造っていきますが、目指すべきブレンドにフルーティーさが足りない場合は、フルーティーさが特徴の原酒をブレンドし、他の原酒ともかけ合わせるなどして、チャート表上で狙い通りのフレーバーとなる図形になるよう照らし合わせていきます。データで一つの指標を作り、実際にブレンドしてデータと官能評価での違いをすり合わせていくことに取り組んでいます。」
(長濱蒸溜所では、AMAHAGANをオクタブカスクに詰めた、蒸溜所限定のハンドフィルも用意されている。熟成度合いによって味が変わるため、その時その時で異なる味わいが楽しめる。蒸留所訪問記念や、お土産用に嬉しい工夫である。)
「蒸留所限定のリリースや、WEBでのブレンドセミナーなど、AMAHAGANを軸にした取り組みも行われてきていますね。今後はまだリリースされていないタイプのレシピとして、例のアイラ・クォーターカスクでのフィニッシュなども計画されているのでしょうか。」
「長濱蒸溜所は、自社でボトリングのラインを持っているだけでなく、関連会社との協力で、蒸留所としての規模以上に色々なことに挑戦出来るのが強みだと思います。AMAHAGANの今後については、スモーキータイプのリリースは需要もありますし、選択肢の一つではあります。他方で、我々はモルトウイスキーの蒸留所であり、AMAHAGANは試行の一環ですから、現在の比重としては原酒を増やすことを重視したいですね。」
「色々詳しくお話いただきありがとうございました。最後に、長濱蒸溜所として今後に向けた取り組み、あるいは愛好家に一言いただけますでしょうか。」
「いつも長濱蒸溜所を応援頂きありがとうございます。2020 年は、蒸留所として初のシングルモルトのリリースを実現するなど、節目の年となりました。2021 年には長濱蒸溜所として初のヘビーピーテッドモルトの 3 年熟成品のリリースも予定しています。対談内容にある通り、日々我々のウイスキーも進化しています。是非長濱蒸溜所にも足を運んでいただき、長濱クラフトウイスキーと長濱蒸溜所のライブ感を楽しんでいただけたらと思います。」
「長濱蒸溜所のウイスキーに関心を頂きありがとうございます。現場でウイスキー造りに関わる上では、どのようにすれば愛好家の皆様に美味しいと思って頂けるウイスキーをつくれるかを考え、挑戦と勉強の日々を過ごしています。ジャパニーズウイスキーが注目を集め、AMAHAGAN もアワードを頂く等評価されてきていますが、我々としては世界に通用するウイスキーの実現はまだこれからという想いです。今後も初心を忘れず、皆様に愛される長濱ウイスキーを目指していきたいと思います。」
「ウイスキーのリリースだけでなく、独自のイベント、取り組みの企画なども含めて今後の活動を楽しみにしております。本日はお忙しい中、ありがとうございました。」
取材協力
清井崇(略歴):長濱蒸溜所 製造本部長/マスターブレンダー。地ビールブームの中、ビール職人を夢見て 1998 年入社。2016 年スコットランドの蒸留所視察を経て、同年長濱蒸溜所にてウイスキー事業を開始。酒類製造部門全体を統括している。
屋久佑輔(略歴):長濱蒸溜所 ブレンダー。バーテンダー時代を経て 2017 年長浜浪漫ビール入社、入社当初は仕込み・蒸留をメインで担当、現在はブレンダーとしてレシピ設計や体験型セミナー等、ウイスキーの奥深さを伝えている。
長濱浪漫ビール・長濱蒸溜所
概要:1996 年、地元長浜市の企業、市民各位が株主となり、近畿では3 番目となるクラフトビール醸造所として創業。2016年11月にはウイスキー蒸留設備が稼働し、日本最小クラスの蒸留所ともなる。「100 年後にたくさんの方々に喜んでいただけるようなウイスキー造り」を目指し、長濱ならではの味わい、蒸留所としての魅力を楽しんでもらえるようなリリースを目指す。