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アメリカ・アブサン史 Herbsaint

アメリカ・アブサン史を語る上で外せない地域がある。ルイジアナ州ニューオリンズ。そこは18世紀、フランス植民地帝国時代の首府であった。クレオールと呼ばれるフランスやスペイン系移民の子孫が作り上げた街であり、今日でもフランスを思わせる文化が色濃く漂う街である。

19世紀フランスにおいて隆盛を極めたアブサン。言わずもがな、フランス文化の影響を強く受けるニューオリンズでもアブサンは大いに普及していた。カクテル文化の国アメリカでは、お洒落にアブサンフラッペや、ベーススピリッツにアブサンを混ぜ合わせるカクテルなど、創意工夫をこらしたアメリカらしい自由な発想でアブサンは使用されていた。

1912年にアブサンの主原料ニガヨモギの成分であるツヨンの問題で、アブサンはアメリカ国内で禁止となる。その数年後には、歴史的な大いなる実験【禁酒法】1920年〜1933年が。長らくアメリカ市場におけるアブサンは陽の目を浴びることはなかった。そして、禁酒法解禁。ニューオリンズ市民より再びアブサンの渇求があった。そこに現れたのが、J. Marion Legendre氏が立ち上げたニガヨモギを抜いたアブサン代用品【Legendre herbsaint】である。これはアブサンの代用品であるパスティスとほぼ一緒であるが、ここニューオリンズでは【herbsaint】である。2007年のアメリカ国内におけるアブサン解禁まで【herbsaint】は重宝される。

今でもニューオリンズでのクラシックなBarではabsintheではなく、あえて【herbsaint】を使うBarが多く存在する。それはニューオリンズ生まれの呼称であり、ニューオリンズのBar文化の歴史の一端を担うからである。彼らは誇りを持っている。

この記事を書いた人

鹿山 博康
鹿山 博康https://ameblo.jp/kayama0927/
1983年生まれ。20歳の時にバーテンダーを志す。2013年7月独立し、アブサン・ジン など薬草酒を中心としたバー、Bar BenFiddichを開業する。自身の畑を外秩父の麓・ときがわ町に所有し、そこで採取したボタニカルをカクテルに使う。2015年ボタニスト・ジン・フォリッジ・カクテルコンペティション 優勝。2016年『drink nternational』より、「AsiaBest Bar 50」にて21位に選出される。
鹿山 博康
鹿山 博康https://ameblo.jp/kayama0927/
1983年生まれ。20歳の時にバーテンダーを志す。2013年7月独立し、アブサン・ジン など薬草酒を中心としたバー、Bar BenFiddichを開業する。自身の畑を外秩父の麓・ときがわ町に所有し、そこで採取したボタニカルをカクテルに使う。2015年ボタニスト・ジン・フォリッジ・カクテルコンペティション 優勝。2016年『drink nternational』より、「AsiaBest Bar 50」にて21位に選出される。