今や、産地別の味を楽しんだり、風味の違いを楽しむ嗜好品としてその地位を上げてきたチョコレート。
マヤ文明の時代から長く続くチョコレートの歴史からすると、初期は飲み物であったということをご存知の方も多いのではないだろうか。今回はこの飲み物としてのチョコレートに焦点を当てて、味わいを紐解いていきたい。
時代と共に変化するチョコレートの形
現在のように砂糖と共に固められた固形のチョコレートは、19世紀初頭にイギリスで生まれたとされているが、それ以前は焙煎したカカオ豆の胚乳部分(カカオニブ)をすりつぶし、そこにミルクや湯を加えて溶き伸ばし、砂糖やバニラで甘さや香りをつけた貴族の飲み物としてヨーロッパで楽しまれていた。
風味は現在我々が味わうことのできるチョコレートやココアドリンクと近いもので、カカオ豆を焙煎することで生まれる香ばしさ、カカオ豆中の油脂の濃厚さも相まって香り豊かで甘美な飲み物だったといえる。
さらに歴史を遡ると、16世期にカカオがスペインに持ち込まれるまではメソアメリカの先住民たち、とりわけ王族や戦士たちの飲みものとして重宝される精力剤のようなものだった。
アステカの王が1日に50杯も飲んでいた「ショコラトル」は、蜂蜜で甘みをつけ、バニラ、シナモン、こしょう、クローブ、唐辛子、アチョーテ(食紅)などで香りと色をつけたものとされ、媚薬としての効果を期待して飲んでいたようだ。
これを器から器へ、いわゆる「スローイング」のようなことをして泡立てて飲んでいた。
カカオ豆中には渋みのもととなるポリフェノールが多く含まれるが、この泡立てによって空気と触れ、ポリフェノールが酸素と結合することで口当たりよく渋みも抑えられていたのだと推察できる。
また、カカオ豆をすり潰して飲み物として味わう場合、やはり重要なのはカカオ豆を焙煎する、つまり熱を入れることだ。
当時はカカオの発酵をコントロールする技術は難しかったはずだが、現在のように管理されて適切な発酵を経たカカオ豆であっても焙煎、ローストなしでは独特の渋みや青臭い風味が強く、そのままではなかなか食用には適さない。
焙煎によってどんな変化が起きるのか
先日、弊社(株式会社Airgead)でチョコレートの共同研究を依頼している弘前大学にて、焙煎していないカカオ豆と焙煎しているカカオ豆の揮発性物質を比較し、焙煎によってカカオ豆の香りにどんな変化が起きているのかを調べてみた。
すると、焙煎前のカカオ豆中にはヘミテルペン類と呼ばれる「青臭さ」に相当する成分が多かったのに対し、焙煎後では同成分が著しく減少していた。焙煎により、カカオ豆の風味は非常に味わいやすいものとなることが成分的にも明らかとなった。
飲み物としてチョコレートを味わう場合に重要な要素は、カカオ豆を焙煎しヘミテルペン類を減少させ、なおかつ泡立てることによって空気とたくさん触れさせてポリフェノール類をマイルドに感じさせることである。
メソアメリカではそこに様々なスパイス類を入れて精力剤や媚薬として飲まれており、またヨーロッパでは砂糖やバニラ、ミルクを加えて貴族のぜいたくな飲み物として広がっていった。
飲み物としてのチョコレートにアレンジを
19世紀以降ではすり潰したカカオ豆の中から油脂分だけを取り除いたものがココアパウダーとして身近に存在していて、お湯やミルクなどで簡単に溶くことができるようになった。チョコレート風味の飲み物といえばココアドリンクを思い浮かべる方が多いはずだが、もともとの飲むチョコレートに比べると味わいとしてはやはり淡白になっている。
現在は小規模なクラフトチョコレートメーカーも世界的に多く生まれ、様々な産地、農園のカカオ豆が多くの商社に流通し、世界各国を飛び交うようになった。価格は高いが、品質の良いカカオ豆が比較的手に入りやすい時代とも言える。
このようなタイミングで今一度、伝統的な手法でつくる飲み物としてのチョコレートにアレンジを加え、BARの提供するドリンクとして扱ってみても面白いのでは無いだろうか。