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蒸溜所を通して見る世界:日本と繋がるコロラド州の最初期のクラフトディスティラリー ストラナハンズ蒸留所

Malt Whisky Year Bookには世界の蒸溜所を紹介するページがあり、その内の一つをネット検索していたところ、クリスマスシーズンに発売される限定ボトルがあることを知りました。当時住んでいた場所から1泊2日で行けることから、日本から持参したジャパニーズウィスキーをクリスマスプレゼントとして見学してきました。ということで、コロラド州デンバーにあるストラナハンズ蒸溜所です。

コロラド州の歴史と日本の繋がり

予約したストラナハンズ蒸溜所のツアーまで時間があり、一方でデンバーでの滞在時間は限られていたことから、その土地の歴史を触れるべくコロラド歴史博物館を見学してきました。

コロラド州はアメリカ内陸部にあり、ロッキー山脈国立公園を有する、平均標高2000メートル超にもなる山岳州です。ロッキー山脈ということで緑豊かなイメージを勝手に抱いていましたが、木もまばらな乾燥したエリアでした(あとで知りましたが、ここはケッペンの区分においてはステップ気候とのこと)。そのような地において、多くのネイティブアメリカ人が住んでおりましたが、1706年のスペイン領有宣言を皮切りに、フランス、アメリカ、メキシコ(スペインから独立)と様々な争いを経て、最終的には1846年の米墨戦争後に、アメリカの領土となっています。また南からはメキシコ人による移牧、東からは金鉱発掘によるゴールドラッシュに伴う欧州系アメリカ人の流入等もあり、コロラド州はまさしく『人種の坩堝』となっています。おかげでデンバーの空港に誇らしげに描かれていた壁画の意味が、よくわかりました。

コロラドの風景
デンバー空港の壁画

人種の多様性に関する展示を見終えて太平洋戦争の展示エリアに到着した時、大いに驚きました。日系移民の収容キャンプの展示があったからです。太平洋戦争開戦にともない、各地で住んでいた日系移民が強制的に追放された中、日系移民を受け入れ、同じアメリカ国民として人権を守ろうとした州知事がいたこと、迫害された日系人がアメリカへの忠誠を示すべく、志願して欧州戦線で戦ったこと等※…このように、コロラド州は多様な民族という縦糸に、アメリカへの敬意と誇りという横糸で織り成されていると知りました。※その忠誠に報いるべく、のちの大統領から公式謝罪があり、アメリカ国籍を以って報いられたそうです。

日本人収容所の展示

歴史の感慨に耽りつつ、路面電車を乗り継いで蒸溜所に到着しました。そして、用意しておいたジャパニーズウィスキーをクリスマスプレゼントとして渡すと、大いに喜ばれ、ツアーに招待して頂きました。

ストラナハンズ蒸溜所の歴史

1998年消防団に所属していたウィスキー愛好家であったジェス・グラバー氏が火災鎮火の際に、被災した建屋のオーナーであり、同じくウィスキー愛好家であったビール醸造者ジョージ・ストラナハン氏と出会ったことが、蒸留所設立のきっかけとなりました。そこで当時のアメリカでは珍しかったシングルモルト造りについて意気投合し、2004年にストラナハンズ蒸留所が設立されました。なお、コロラド州では最初期にできたクラフト蒸溜所になります。

ストラナハンズ蒸留所

設立当初はストラナハン氏が作った醪を隣の建屋でグラバー氏が蒸溜することでウィスキーを造り始めましたが、ストラナハン氏がアメリカ西部へ移転するに伴い、グラバー氏は廃業したビール醸造所を買収し、今はその施設を活用しながらウィスキー造りを行なっています。

その品質により名声を得たことで一時期は海外展開も行っていましたが、2010年にアメリカの大手スピリッツ会社であるProximo社に買収されてからは、アメリカを中心に事業を展開しています。

ビール造りを踏襲するウィスキー造り

このような歴史のため、ウィスキー造りとしては一部特殊な工程を踏んでいます。

使用する麦は、コロラド州の一般的な大麦に加え、ビールのように3種のロースト具合の異なる大麦を使って複雑味をだしています。原料を粉砕し麦汁を作った後に、ビール同様に煮沸釜において殺菌を行い、同じくビール造りで使うワールプールで麦汁と残留固形物を分離させることで、清澄麦汁をとっています。

4種類の麦
ビール用設備だったマッシュタン

その後、8基ある2万ℓ強のステンレス製発酵槽で、アルコール収量より香味成分を追求したイーストを使い、6日と長時間発酵させることで8%のアルコールを作ります。発酵完了後、醪は蒸溜工程に回しますが、発酵槽の底に残っている酵母は、ビール同様に次回の製造において使うべく回収しているそうです。

このように、もともと醪をビール醸造所に委託していたことから、現在のウィスキー製造工程においても踏襲されていることがわかります。

コロラド州ならではの蒸溜・熟成

作られた醪は、ケンタッキー州のヴェンドーム社製のハイブリッドスチルで蒸溜されます。なお、この蒸溜所が”Mile High City“(標高約1マイル=1600メートル)にあるため、自然と減圧蒸溜になります。

標高が高いことから気圧が下がり、その分水やアルコールの沸点が下がります。そのため、沸点の高いフーゼル油等の雑味があまり含まない原酒をとることが出来て、クセのないスッキリしたニューメイクに仕上がります。

ハイブリッド式蒸溜器(初溜)

それらは55%まで加水されていますが、その際に使う水は、ロッキー山脈のミネラルウォーターですが、水源が近くにないことから、PET素材のウオータータンクで買っているのには驚きました。また昔は樽詰めする際には、ガソリンスタンドの給油ノズルを使っていたそうです。これらの発想に私は、プラクティカルなアメリカらしさを感じました。

写真⑧

樽詰めに使用した給油ノズル

そしてアメリカのウィスキーらしさを追求すべく、スコットランドのシングルモルトで一般的な古樽ではなく、レベル3でチャーされたアメリカンホワイトオークの新樽で熟成させています。なお、一部製品や限定のウィスキーについては、シェリーやワイン等、様々な樽で追熟させています。

熟成においても、標高の影響を受けます。水とアルコールの沸点が低いことから、天使の分前も高くなってしまいます。そこで、4つの温湿度調整の異なる熟成庫において保管し、天使の分け前を平均8%に抑えています(管理しなければ標高とステップ気候による乾燥により、15%にもなるとのこと)。

写真⑨

熟成庫

このように造られたウィスキーは、2〜5年熟成された樽20丁をブレンドし、47%まで加水されたのが主力製品となるストラナハンズ・オリジナルです。

ボランティアによるボトリング

ユニークなのが、一部ボトリングにおいて、ウィスキーを地元に定着させるよう、作業ボランティアを抽選で募っているそうです。選ばれた人は、蒸溜所見学後にボトリングとラベル貼りを行います。なお、ラベルにコメント欄があり、参加者が好きな言葉を手書きで書くことができます※。なお、ラベルの貼り方については水平に貼ると粗が目立つことから、未経験者のことをふまえて斜めにしているとのことです。その後、ボトリングしたボトルを一本とアメリカの昼食らしくピザが贈呈されるそうです。

※現在は、コメント欄に書くのは中止されているそうです。

なお、この企画はとても人気で、順番待ちのリストがとても長くなっているそうです。

(私も登録してみましたが、数年経っても未だに当たったことはありません…)

唯一無二の限定ボトル?

見学終了後に、主力製品となるストラナハンズ・オリジナルと4年熟成超のソレラ式で熟成されたダイアモンド・ピークをテースティングします。味わいは、共通してスムースでキャラメル、黒糖やブラックチェリー、シナモンとオーク感のバランスのとれたウィスキーになっており、2年熟成の原酒が入っているように思えませんでした。

その後、ギフトショップにおいて目当ての蒸溜所限定のウィスキー”Snowflake(雪片)“を買いにいったところ、全て売り切れとのこと。一番に購入することができた方は、12月の寒さであるにも関わらず、三日前から蒸溜所の前にテントを張って、仲間と共にウィスキーを飲みながら待っていたそうです。そして1600本リリースで蒸溜所でのみ販売され、一人二本の購入制限があったにも関わらず、オープン早々完売したそうです。

蒸溜所のバーで限定ウィスキーをオーダーした際に、改めて逃した魚の大きさを痛感しました。ポートやマディラ等でフィニッシュされたそのウィスキーは、フレッシュでアイスワインを思わせるようなベリー感溢れる甘美な味わいだったからです。

失意に浸りながら、覚悟を決めて寒い外に向けてドアを開けようとしたところ、蒸溜所のスタッフに呼び止められました。

「まだ日本語を勉強中なんですけど…クリスマスプレゼントです。」

手渡されたストラナハンズ・オリジナルのラベルを見て、私は初めて日本との繋がりを知ったこの地において、世界で唯一のボトルを入手したのだと実感しました。最高のクリスマスプレゼントを片手に温まった心のお陰で意気揚々として帰途につきました。そのラベルのコメント欄に書かれた一言、

『ありがとうございます!』

この記事を書いた人

Tatsuya Ishihara
Tatsuya Ishihara
サラリーマン業の傍ら、『なぜウィスキーが好きなのか?』という命題のもと、5大(+α)ウィスキー、テキーラ、ジン、焼酎等100箇所以上の蒸留所を見学。またその命題をみんなに問いかけた写真作品展「Why do you like Whisk(e)y?」を仲間とともに開催。
Tatsuya Ishihara
Tatsuya Ishihara
サラリーマン業の傍ら、『なぜウィスキーが好きなのか?』という命題のもと、5大(+α)ウィスキー、テキーラ、ジン、焼酎等100箇所以上の蒸留所を見学。またその命題をみんなに問いかけた写真作品展「Why do you like Whisk(e)y?」を仲間とともに開催。