History in a glass No 9
有次 カクテルグラス
京都、錦市場に450年以上の歴史をもち、料理用具(主に包丁)を扱う老舗がある。
有次(ありつぐ)。
和食の料理人であれば、誰もがその名を知る。有次の包丁を初めて手にしたのは13年前、特注の氷切り包丁を贈られての事だった。かねてからの有次好きの私にとって、この時の感動を忘れる事は出来ない。鋭利な片刃の短刀。使いこなすまで時間が掛かるが、慣れると他の物は使いたくなくなる。道具は職人にとって必要不可欠である。
さて、バーテンダーも自身で誂えたグラスをお客様に提供出来たら、どんなにも愉しいであろうか。茶人の器の境地である。クリスタルグラスを本気で造るとすると、労力も、資金も、時間も掛かる。しかしながら、金属のグラスであれば、何とか制作出来るかもしれない。かつて銀器でカクテルグラスを作られた、かの有名なバーテンダーがおられる。
クリスタルやガラスでなくとも、カクテルグラスは作る事ができる。ガラスに比べ、金属は冷たさを保っていられるので、ショートカクテルには向いている。
写真のグラスは銅で作られた、有次のビスポーク。有次は銅製品も数多く扱っており、丁寧な手作業を行っている。「打ち出し」と呼ばれる技術があり、金槌で全体を打ち締める熟練の職人技で、グラスが強くなり風合いも出てくる。もちろん割れる心配もない。日本伝統の機能美は、使う毎に深まってゆく(手入れは大変なのだが)。
ショートカクテルは2オンスの世界で、その容量のグラスは今ではあまり見かけなくなった。この銅製カクテルグラスの容量は70ミリに設計されていて、カクテルを注ぐと、ちょうどエッジ部分の少し下に液体が入るようになる。
2オンスグラス主流の時代、グラスの縁ギリギリまで表面張力を使って注ぐという、パフォーマンスもあったが、今では行う人も少なくなったかもしれない。