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蒸溜所を通して見る世界:コミュニティの中心の元紡績工場・ディーンストン蒸溜所

2012年8月、3度目のスコットランドへ行った際に、エジンバラ、グラスゴー、スターリングの中間という好立地にあり、ビジターセンターがオープンしたばかりのディーンストン蒸溜所を見学しました。

ディーンストン蒸溜所の歴史 

ディーンストン蒸溜所といえば、元紡績工場を改修して造られたことで有名です。ヘリテージツアーでは、その数奇な歴史について蒸留所の紹介動画と蒸溜所長との村の散策を通じて説明していただけます。

ディーンストン村は、第一次産業革命期の1785年に『産業革命の父』と呼ばれるリチャード・アークライトによって設立された紡績工場を中心に、産業コミュニティが形成されていました。最盛時には1500人が工場で働き、ナポレオン戦争時の貨幣不足においては独自貨幣を発行したり、1813年にはスコットランドで最初にガス灯を整備したりするなど、先進的なコミュニティがディーンストンにはありました。また動画では、モノクロ映像とともに賑やかだったころの村の様子について老婆が懐かしそうに語っています。

deanstonの町

動画を見た後に蒸留所長と一緒に町を散策しました。工場の動力用に作られた運河、工夫のアパートや責任者の立派な一軒家、紡績工場の備え付けの学校等を実際に見て回ると、この村がいかに立派で、また紡績工場がコミュニティの中心にあったことがわかりました。

しかし、コミュニティの要となる紡績工場は、第二次産業革命による軽工業の衰退や二つの大戦を経て廃れていき、それにともない村も過疎化していきました。そのような中、1965年に紅茶商であり工場のオーナーであるジェームズ・フィンリー社と、ディーンストン村から程近いタリバーディン蒸溜所のオーナーであるブロディ・ヘップバーン社が町興しとしてDeanston Distillers社を設立し、大戦後のブームに沸くウイスキー造りに参入しました。

このような歴史的な経緯もあり、蒸留所の建物はスコットランドの産業遺産として登録されており、昭和天皇によるスコットランド行幸の際にはこの地を訪問されています。
※その後、インバー・ゴードン社による買収、ウイスキー不況による閉鎖を経て、1991年から現在に至るまでバーン・スチュアート社傘下です。

村の散策が終わった後、欧州最大の水車「スピニング・ジェニー」がかつてあり、1949年からは水力タービンによる発電を行う発電室を見学しました。この蒸留所は、自社で必要な電力を賄うだけでなく、周りのコミュニティの電力も担っています。人生初の発電所の見学がスコットランド、それも蒸留所の中にあるものとは夢にも思いませんでした。

発電所内

ディーンストン蒸溜所のウイスキー造り

水力発電による電力供給、そして1960年代創業と比較的新しい蒸留所であることから、製造工程が電子化されているかと思いきや、その実態はまったくの逆でした。今でも7人の職人の経験によって造られており、製造記録もすべて手書きの帳簿で管理されています。この蒸留所の立ちあげ時の経緯から、設備投資において予算が限られていたためだと思いますが、今ではそれが彼らの矜持になっているのだと思いました。

大麦はすべてスコットランド産で、イーストも近隣から仕入れるなど、できる限りローカルコミュニティを意識しています。仕込みは古い形式のオープントップの大型糖化槽で、長い時間をかけて清澄麦汁を採り、発酵もコーテン鋼の大型の発酵槽(60000ℓ)8基で最低85時間かけて行うなど、数多くあるスコッチの蒸留所の中でも製造工程に長い時間をかけています。

また蒸留器も大型の間接加熱式のバルジ型4基で、ラインアームの角度も初留は水平・再留は少し下向きになっており、かつとても長いのが特徴です。

deanstonのスチル

これらの点から、ライトでフルーティー、かつモルティな原酒を造ろうとしていることが伺えます。60年代設立当時のウィスキーブームへ対応すべく、ライトなブレンデッド用原酒を大量に造ろうとした意図が見て取れました(今でも、台湾でメジャーな「スコティッシュリーダー」というブレンデッドウィスキーのキーモルトになっています)。

現在、約200万ℓ製造していますが、2000年からは年に1週間だけオーガニックのシングルモルトを製造しており、同蒸留所の人気の製品ラインナップになっています。

そして蒸留所見学のハイライトが熟成庫です。熟成庫はもともと紡績工場の心臓部ともいうべき紡績所でした。

熟成庫

紡績所は、木綿が温湿度で劣化しないように工夫されていることから一年中気温差がなく、そのため天使の分け前も2%を切るという理想的な熟成環境とのことです。樽は、ブレンデッド用原酒として使いやすいリフィルのホグスヘッドが中心ですが、シェリーやワイン、ブランデーなどの樽にてフィニッシュを行うことで、さまざまな製品をリリースしています。

そのような冷涼な空間において、蒸留所マネージャーからディーンストン12年を差し出され、目をつむって口に含みながら、頭で12を数えるように言われました。目をつむるとより感覚が研ぎすまされ、あまりの静寂さに耳鳴りすらします。そのような中で味わうウイスキーの香味は、青りんごの果実、穀物様、カモミール、蜂蜜等と素朴な優しさに溢れていました。そして、数え終わった後、蒸留所のマネージャーに言われました。

「今あなたが味わっているウイスキーは、今あなたが体感した時と静寂さを経て、造られてきたんだ」

再びコミュニティの中心へ

その後、スコットランドへ行く際には、この蒸留所にあるカフェで食事をしに寄っています。蒸留所はウイスキー愛好家だけでなく、おいしい昼食や紅茶の一杯を楽しみにきた人達で賑わっています。また蒸留所の従業員の多くが、ディーンストンの町で暮らしているそうで、そんな彼らによってディーンストン蒸溜所でクリスマス等の様々なローカルイベントが催されているとのことです。

様々な歴史を経て、元紡績工場は再びコミュニティの中心となっているようです

この記事を書いた人

Tatsuya Ishihara
Tatsuya Ishihara
サラリーマン業の傍ら、『なぜウィスキーが好きなのか?』という命題のもと、5大(+α)ウィスキー、テキーラ、ジン、焼酎等100箇所以上の蒸留所を見学。またその命題をみんなに問いかけた写真作品展「Why do you like Whisk(e)y?」を仲間とともに開催。
Tatsuya Ishihara
Tatsuya Ishihara
サラリーマン業の傍ら、『なぜウィスキーが好きなのか?』という命題のもと、5大(+α)ウィスキー、テキーラ、ジン、焼酎等100箇所以上の蒸留所を見学。またその命題をみんなに問いかけた写真作品展「Why do you like Whisk(e)y?」を仲間とともに開催。