スコットランド一の大金持ちは誰か?
毎年5月に英主要新聞紙The Timesが発表する英国長者番付『Sunday Times Rich List』によれば、2020年のトップはデンマーク人Anders Polvsenだという。なぜスコットランドでデンマーク人? と訝しく思う方もいるかもしれないが、Polvusenはスコットランドではかなりの有名人だ。
Anders Polvsenの経歴
彼がまだ10代の頃、家族とスコットランドを訪れてその美しさに魅了されて以来、Polvsenは同地の不動産を購入し続け、今や同国最大の地主であるだけでなく、エディンバラの最も有名な百貨店である「Jenner’s」を所有している人物としても知られている。
その彼が、突如今年の『Sunday Time Rich List』に(しかもスコットランドのトップとして)名を連ねたことはちょっとした驚きを持って受け止められた。なぜなら去年まで彼の名前がリストに現れたことはなく、これまで同長者番付は純粋な不動産を参考にしないのではないかと考えられてきたからだ。
長者番付とグレンフェディック
それでは、去年までの同長者番付において同国一位を占めた人物は誰なのだろう?
その人の名はGlen Gordon。2014年から2019年まで6年連続でスコットランド一の億万長者として君臨した人物だ。彼の名を聞いてピンとくる人はほとんどいないだろうと思うが、彼の「ひいひいおじいさん」、すなわち高祖父が「William Grant」という人物だと言えば、Gordonの資産がウィスキーに関連していることに感づいた人もいるかもしれない。
そう、Glen Gordonは、かのGlenfiddichやBalvenieなどを所有するWilliam Grant & Son’sの会長であり、高祖父William Grantは、すばり創業者その人である。
スコットランド一のお金持ちがウィスキー業界から輩出されているところがいかにも同国らしいといったところだが、これだけの国際ブランドが未だに創業者一族によって維持されているというのも、少なくとも欧米では驚くべきことかもしれない。
グレンフェディックとバルヴェニーの転機
創業者William Grantは、現在GlenfiddichやBalvenieが蒸留所を構える、Dufftownに農家の子供として生まれている。1839年のことだ。
当初は靴職人を目指したり、石切場で事務をしていた彼だったが、やがて地元Mortlach蒸溜所で経理として働くこととなる。次第に蒸留業に興味を持った彼は、決して多額ではない同蒸溜所からの給料をコツコツと貯め、自身の蒸留所を開くチャンスを狙っていたようだ。
転機は1886年。現在はCardhuとして知られるCardow蒸溜所が数年前に行った蒸留所の改修によって払い済みとなった古い蒸留機材を売り出すことを聞きつけたGrantは徒歩で蒸留所まで乗り込み、非常に良い条件でまるまる一式を購入することに成功。これを基に1887年の年末に自身の蒸留所であるGlenfiddichを創業している。
原酒供給から自社生産・販売への舵切り
事業はすぐさま軌道に乗ったようで、そのわずか5年後の1893年には第二蒸留所であるBalvenieを近所に創設。当時、ほとんどの蒸留所は原酒をブレンド用としてウィスキー商に供給することで経営を成り立たせており、Grantにとってもそれは同じことだった。
ところが1898年、Grantの顧客であった英国最大のウィスキー商Pattisonsが大規模な粉飾決済の末に倒産。ウィスキー業界全体を揺るがす大事件となり、Grant自身もやむなく原酒供給としての蒸留ビジネスから自社による生産・販売へ舵を切ることとなる。
これが現在でも有名なブレンデッドウィスキーGrant’sや、世界で初めてブランド化されたシングルモルトであるGlenfiddichの誕生へとつながり、現在に続く英国最大の独立かつ家族経営のウィスキー会社へと成長したのだ。